58.妖精の森
【迷いの森】にある魔女の住居では、主のフィーリがとても暇そうにしている。
計画が進まないので急にやる事が無くなってしまったのだ。
暇潰しなのか、掌で植物の種を転がしている。
自動化が進みすぎると仕事が無くなるのは、自身も例外ではないのだ。
パペット三人組は次なる修行の場も見つけているので、用意を済ませる。
「もう手慣れて、完全に冒険者ね」
フィーリは素早く準備を済ませた一行に感慨深さを感じていた。
言うなれば、独り立ち出来るようになった子を見ている感覚である。
「お陰で、もうそろそろ中級冒険者になれそうだ」
「マデイラでは熟練冒険者って事にされたけど…」
「何であそこまでの差があるか疑問ですね」
普通のギルドでは、実力だけならギルドの役職に就けるレベルである。
「黒爪では、尖った才能の子を更に尖らせて、過酷な育成をしているから…」
「「「やっぱり」」」
黒爪では、最初期の教育はフェイリアが行っている。
最低限の生活能力と戦闘力を同時に鍛えられ、付いて行けない者は自動的に死亡する。
自身の命が掛かっているため、案外脱落者は少ないのだそうだ。
育成のメインは、育った者をキツめの依頼に行かせての経験蓄積になる。
ただ、想定外の方法として、喧嘩でレベルアップしている者も居る。
悲しい事に、施設弁償代とセットにする事で素晴らしいレベルアップ効果を生んでいる。
「それはそうと、今日も黒爪?」
「いや、【妖精の森】とやらに行ってみようかと話してた所だ」
今回は依頼を受けずに、三人組だけで探索してみるのだ。
中級冒険者が近いという事で、パーティ人数が集まらなかった時の予行練習だ。
「何もしないけど、付いて行っても良い?」
「もちろん」
「お姉さまと遠足!」
「そういえば久しぶりの組み合わせですね」
暇を持て余したフィーリが同行する事になった。
しかし、一行の想像とは少し違っていた。
「はい、じゃあグレイスはお留守番」
そう言うと、指先から光の玉みたいな物が現れ…
三つに分かれたと思うと、それぞれ三人組に触れて消える。
見た目は変わらないが、目の前に居るのは久しぶりのグレイスだ。
『今日は好きにしてて良いわ。食事はいつもの所ね』
「良いのですか!」
聞くまでもなくダメな生活をするつもりである。
早くも本とお菓子を持っており、横長の椅子に寝っ転がって読み始める。
久しぶりに会いたかったはずが、やはり会いたく無くなった一行は、出掛ける。
まずは馬車を借りに、ギルド【黒爪】へ向かう。
…
入り口には、シャドウ・パペットと謎の人物が居る。
「えい!」
「よくぞここまで来た!これより会話は意味を成さぬ…死合うのみ!」
「えい!」
「ヒャーハッハ!おめーはここまでだぜ!」
「えい!」
「我が糧となれ」
シャドウ・パペットを必死に調整しているのはティスラだ。
善悪を手っ取り早く教え込むために、様々な人格を入れてみたが…
メインとなる人格が不適合ばかりで調整を繰り返している。
ちなみに、全て女性の人格である。
「あ、皆さん!今日はこの子の調整で…他の方も出かけてしまってます!」
丁度、メンバーが集まらない状況が出来上がっていたようである。
「馬車を借りても良いか?」
「今日中に戻れるなら、どれでも使って大丈夫です!」
厚意に甘えて馬車を借り、【妖精の森】入り口へ行く。
…
「「「ここが、妖精の森…」」」
『成長を見せてもらうわ。静かにしているから頑張ってね』
ここでフィーリが活動を開始する。
今も三人組に憑りついたような状態で姿は見えないが…
凄まじい速度で魔力を練り、外に向けて放出したり、取り込んだりしている。
一行は聞いても理解できない事が分かっているので、とにかく進む。
さほど時間も掛けずに、最初の生物と遭遇する。
「ダーダー!アージー!モダ!」
なんと、小鬼族である。
持っていた小さな刃物を構えながら声を上げる。
「アママ!ミネ!」
遠くから回答らしきものが返ってくる。
すると、小鬼族はあっさりと来た道を引き返し、走って行く。
「ギギの仲間か?」
「だったら刃物なんて出さないでしょ?」
「追ってみましょう」
…
追跡を続けると、木造の壁のようなものが現れる。
これは小鬼族の拠点を守る壁である。
すぐ側に開けた入り口があり、中に居る小鬼族がこちらを見て構えている。
「敵意が無い事を伝えたいが…」
「絵なら伝わるかも」
「あ、それならこれが…」
グリンは、小鬼族から貰った地図を取り出し、よく見えるように掲げてみる。
「ダナ ニウ テテ?」
小鬼族の老人のような者が近くに来て、地図を眺める。
その端に書かれた模様を見て、興奮した様子で構えていた者達に何かを話し出す。
すると、小鬼族達は武器をしまい、大人しく座る。
老人のような者は、奥のテントに行き、何者かを連れて来る。
「仲間達、久しぶり」
「「「!?」」」
そこには、人語を話し始めたギギが居た。
第二の拠点を作ったら戻ってくると約束していたらしく、それが今だったのだ。
この当初の拠点は、長旅に耐えられない老人や子供等を纏めているようだ。
そこに最低限の戦闘員が待機している。
当面はここの防衛力を上げつつ、馬車等で少しずつ移住していく計画だ。
「ダーダー!アージー!ノ!エベ!」
遠くから声がしたと思うと、急に場の雰囲気が変わる。
同時に殆どの者はテントに飛んでいき、顔だけ出している。
「敵、強いの来た。訓練?」
「ああ。どんなのが居るか知らんが…挑んでみる」
「任せなさい!」
「一応鑑定からで…」
「アママ!ミネ!」
一行が戦う決意をすると、ギギは遠くのものに指示する。
すると、さほど間を置かずに声の主がこちらに走ってくる。
「兵器、見せる。ポム!ノ!チャー!」
何かを指示すると、帰って来た小鬼族が弓のようなものを構える。
暫く待つと、入り口の外、左側にそれを発射する。
ドガァァァ!
「「「!?」」」
「隙、作った」
以前ギギとの戦いで見た、足元を爆発させるコンボだが…
威力がその比較ではなく、周囲が焼けている。
そしてその中に、もがき苦しむ何かが居た。
「今のうちに鑑定!」
########
種族:ヴェノム・スパイダー Lv70
技能:
<粘着糸> 短時間、対象に【毒】【回避不可】付与
<安楽針> 物理単体攻撃 Lv55 異常状態の相手に威力大幅上昇、低命中
<着脱式甲殻> 最初のダメージを半分にする
########
「強いが、使い捨てスキルは剥がれたぞ」
「まだ隙があるうちに行くわ!」
「回復メインで行きます」
蜘蛛のような外見の虫は起き上がり、緑色の液体を口元で混ぜ始める。
「ここは俺が食らって引き付ける。そのまま頼む!」
クエラセルはわざとヴェノム・スパイダーの注意を引くように近寄り…
執拗に頭部に攻撃する。
すると予定通り、大量の糸のようなものがクエラセルに絡まり、地面に倒される。
「これなら気にせず当てれる!フレイム・スロワー!」
「ギシー!ギリッ!」
ヴェノム・スパイダーは、強いだけの原生生物なので、火は苦手のようだ。
火を払うようにバタバタしている。
「風の魔法石で糸を切ります!」
怯んだところで魔法石を使い、糸を取り払う。
クエラセルにもダメージは行くが…
ポイズン・リバース スキルで、毒ダメージ分回復するので問題ない。
「ギッ!」
「おっと!」
ヴェノム・スパイダーは、口内に隠し持っている針でクエラセルを攻撃する。
しかし顔を向けて近付いて来ては、やる事がまるわかりである。
その後、ヴェノム・スパイダーは、また緑色の液体を口元で混ぜ始める。
実は行動がパターン化されており、これを延々繰り返す。
…
「相手の戦術を無効化できたのもあって、思ったより楽だったな」
「程よい感じだったわね!」
「魔法石、なかなか面白いです」
Lv差により体力が多く感じたが、難なく戦闘を終えた三人組に、
ギギを含めた小鬼族が寄ってくる。
「見事。良い、勝負」
「「「ウー!」」」
小鬼族だけで倒そうとすると、結構な量の物資を使ったうえで被害が出る。
それを未然に防いだことで英雄扱いされ、もてなしを受ける事になった。
その後、道を憶えた三人組は引き上げるが、ギギはまだ残るらしい。
…
そして馬車を帰し、魔女の住居へ戻る。
『格上を倒しちゃうなんて、本当に強くなったのね。これからも期待してるわ』
「改めて言われると、なんだか照れくさいな」
「更にやる気が上がったわ!」
「流石に怖かったですが、何とかなって良かったです」
そして扉を開けた瞬間…
「「「うわっ…」」」
食い散らかした後、飲みかけの茶をこぼした状態で寝ている、ダメ生物が居た。
『好きにしろって、そういう意味ではなくて…』
同情した三人組は、疲労した体に鞭を打って掃除の手伝いをした。