52.毒泥棒と景色を置き去りにする木箱
百人ほどの子供達が集い、静かに話を聞いている場所があった。
ここはクラーグ魔導学院の、教室である。
教師と思われる者が、ある魔法を使えるようにと課題を出す。
「「「キュア・ポイズン…?」」」
これは解毒魔法の一種で、名の通り毒を消し去る事が出来る。
効果の幅は狭いが、初心者から熟練者まで、とりあえずは欲しい魔法である。
特にダンジョンなどを目標とするのであれば、必須レベルだろう。
しかし地味すぎる魔法ゆえ、学生からの人気は低い。
「回復魔法を使えるんだから要らないよ」
「アイテムでも治せて、その方が安全」
色々と意見が出るが、真の理由は、他の魔法を鍛えたいという思いだ。
卒業時、一番得意な物を披露して、その結果に応じて社会的地位が貰える。
それ以外の小技は"無いよりは良い"程度の扱いになってしまう。
その辺を分かっているようで反抗しているのだ。
「今後はフォレスト・ダンジョン入場の際に使います」
「「「…」」」
実はフィーリからの依頼で、この魔法を習得する事になった。
代わりに利用料の値引きを提示すると、学院上層部が食いつき、了承した。
世の中はそんなもんである。
「一か月後に使えるかテストします。出来なかった者は入場出来ません」
「「「はーい…」」」
自分の将来を発掘できる場所の為、渋りながらも承諾する子供達。
元々使える者は少し有利になった。
…
「キュア・ポイズンって、どうなったら成功なんだ?」
「えっ?」
「成功した感じになるんじゃないの?」
憶える事自体は簡単なキュア・ポイズンだが…
"本当に効いているのか"の判断は、素人には厳しい。
発動すると、結果に関わらず、対象者が僅かに淡く光るだけだ。
「だったら、毒になれば分かるでしょ?」
「確かに…」
「実験室に、ポイズン・オキシックの毒ってやつがあったのを見たよ」
「こっそり使って試そう!」
論理的には正しいが、失敗した時のリスクがある。
この毒は、そこそこ慣らした冒険者でも治療不可能な猛毒だ。
大人でもその場で治療出来なければ死んでしまう。
なお、解除するには、毒のレベルを上回る解毒魔法を使う必要がある。
最近フォレスト・ダンジョン産の珍しいアイテムが手に入るようになったため…
この学院でも素材を買取り、研究を始めだした。
多数買い集めた結果、倉庫が不足したため、管理が甘くなっている。
「これだ!厳重注意って書いてあるから間違いない!」
「たくさん持ち帰るとバレちゃう。今回は一つだけ」
「よし、誰も居ない。逃げよう!」
これが事件の始まりになるのだ。
…
「無い!あの瓶が無い!」
「ええー!見つかっちゃったの!?」
「でも先生に見つかったのなら、呼び出されるでしょ…?」
「うーん…探して見つからなかったら、知らなかった事にしよ!」
「よし、これであいつらが叱られて、俺達は自由に実験できる」
「さすがアニキ!」
「で、その毒は…?」
「おかしいな?ここに入れといたはず…」
「先生、予定通り手に入れました!」
「良い子だ、これで借金が消える。では瓶をここへ」
「はい!…あれ?」
「まさか工事業者が学生経由で毒を盗んでいくとは思うまい」
「だな。学院から離れてしまえば、こっちのもんよ」
「あとは指定の場所で渡せば、多額の…って、毒はどこだ?」
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一方【迷いの森】では、試作を重ねていた乗り物の試運転が始まっていた。
シュオオオオ…
バシュゥ!
「早い!早すぎる!もっとゆっくり!」
「あははは!たーのしー!」
「衝突…死…」
パペット三人組が乗っているのは、以前ベチュラが運転していた木箱の大型版だ。
車輪が無くなった代わりに、低空を超高速で飛べるようになった。
魔力の膜が搭乗者を守っていて、中で立っていても平気だが…
箱の深さは腰の辺りまでで、外が丸見えなので、速度によっては気絶覚悟だ。
速度は内側に付いているレバーで変えられる。
言うまでもなく、今は最高速度だ。
停止している物体を視認する事が難しい。
そんな速度で、森の木々の間をすり抜けているのだ。
数分耐えた後、終点に着くと、全員が木箱から降りる。
「「はあっ…はあっ…」」
男性陣は衝突した時のことを考えてしまい、精神がすり減っている。
「も、もう一回だけ…」
「「…」」
怯まないどころか新しい娯楽を見つけてしまったリコラディア。
しかし、男性陣の無言の圧力に屈し、今日の所は諦める。
『今までの最速、三分だ』
終点には大きめのベチュラが生えており、そこで会話できる。
別に最高速度を試して欲しかった訳ではないのだが…
リコラディアの悪乗りによって、図らずもデータが取れたようである。
「ずっと快適だったから、このままでも大丈夫だと思うわ!」
今回は、この森の住人や、客人を乗せるための調整を行っている。
ベチュラは回答を聞くと、再び何かの作業に入り、喋らなくなる。
「おい、大丈夫か?」
今回降りた終点はフォレスト・ダンジョン前だ。
死にかけている男性陣の後姿を見た冒険者の一人が、話しかけてくる。
「ってお前達は!」
振り返ったパペット三人組は、見た事のある顔に驚かれる。
実は、このダンジョンの噂を聞き付けた勇者パーティだ。
今回は戦士風の男性、ウォードが話しかけていた。
それに気付き、他のメンツも集まってくるが…どうも以前と様子が違う。
敵意が無い事を確認してから、少し話すことにした。
聞くと、敵である暗黒騎士を倒すための修行で、ダンジョンへ行くようだ。
「以前俺達に勝ったお前達から、このパーティの弱点を聞きたい」
「出来れば…あの時の対処方法も…」
勇者パーティの四人は、今のままではダメだという事が分かり…
恥を忍んで、レベルで負けていた三人組から情報を集める。
終わった後、経験値だと認識していた三人組は、それを伏せ、話して行く。
…
「「「「…」」」」
当時の頭では、何をしていても負けていた事に驚愕を隠せない四人。
しかし光が見えてきたようで、自分達でもダメ出しして行き、改善する。
ダンジョンに潜るのはやめ、冒険者の話を聞いて回る活動をする事にしたようだ。
勇者パーティの面々は不器用に感謝を述べる。
「せめてもの礼に、これを受け取ってくれ」
勇者焼きという謎の特産品を渡される。
クラーグでは一般的な焼き菓子で、そこそこ保存に向き、お手頃な価格だ。
ただし水が無い時に食べてはいけない。
クラーグでは勇者の名が付く品が大量に出回っており…
勇者鎖鎌や、勇者爆弾などの、全く勇者要素がない物まである。
ただし、売っている者も分かって売り出している。
「こんなふざけた商品がある」という風評を利用して客を寄せているのだ。
一行はお土産を手に、魔女の住居へ"歩いて"戻る。