46.得する者、毒される者、疲れる者、上がる者
ある情報の前提条件ををばらまき忘れていたので丁度良いタイミングでした。
ここで撒いておきます。
【迷いの森】すぐ近く、トリナムでは、早くも他領の名のある商人達が来ている。
冒険者から情報を買っている者がやって来たのだ。
お互いに素早く金と情報を交換できるため、
そこそこの規模であれば大体同じ事をしている。
まずは、新商品を入荷したばかりの【きらきら屋さん】だ。
謎の男性グループが品物を見て感動している。
「ああ、綺麗だ」
「ここは素敵な場所だね」
「一日中居たいくらいさ」
彼らは宝石店を営んでいる、人間族の富豪達だ。
残念ながら全員四十代を過ぎている中年の集まりだ。
そんな者たちが子供のように目を輝かせているので、妙な光景である。
「昨日仕入れたばっかりの、こんなのもあるよっ!」
「「「こ、これは…!」」」
店長のピナは、ブレイズルビーを取り出し、中年たちに見せる。
ブレイズルビーは溶岩から出した後に保護していないと輝きが落ちていく。
最悪、温度変化でヒビが入ったりもする難しい素材だ。
それを全く損傷無しで、輝きが強いまま保管している。
中年たちは見つめ合い、全員が無言で頷く。
「このブレイズルビーを全部売ってもらえるか?」
「8億アグラになりまーす!」
「取引成立だな。取引契約書の名義は、サイト家で頼む」
「え?あの有名な…?」
サイト家は、ゼクト領の所得ランキングでトップに君臨する。
その資金力で宝石店を展開したところ、これが大ヒットした。
今訪ねているのはサイト家の三兄弟で、一人一店舗を持つ。
なお、超高額商品のやり取りは、揉めないように契約書でやり取りする。
「サイト家長男、アンダル=サイトだ」
「同じく次男、カル=サイトです」
「三男の、アノー=サイト。今後ともよろしく」
とんでもないお得意様が出来たようである。
トゥインクル・オッサニーアという宝石店で、男女問わず人気店なのだが…
人気が出過ぎて、買われない前提の"魅せ商品"が完売してしまった。
今回はその補充に訪れたのだ。
お互いに名乗った後、取引を済ますと、中年たちはいそいそと帰る準備をする。
「また来てねー!」
今後、色んな意味でとんでもない装飾品が展示される事になる。
…
「ズバシュー屋さんは、四時間待ちでーす!」
「たましい屋さんも、四時間待ちでーす!」
装備品を扱う二店は、冒険者と商人が入り乱れ、まず入る事が難しい。
店長たちも短期間でこんな事になるとは思っていなかった。
収入は良いが、おいおい増築していく計画が台無しである。
…
一方、人は多いが比較的安定しているのは、【どろみず屋さん】だ。
メニューは少なく、どろみず、濃縮どろみずの二種だ。
後から増やしたのか、軽食メニューに"どくぶつ"という物がある。
「どろみずと、どくぶつです。どうぞごゆっくり」
「待ってました!これが無いと、一日が始まらないんだよな」
「ふふっ、いつもありがとうございます」
店長のイリスは、手際良く注文の品を配って行く。
既に常連が多いようで、すぐに口へ運び、腹へと消える。
しかし忘れてはいけないのは、見た目が完全に泥水な事だ。
そして新メニュー、どくぶつは…
紫色のドロっとした物に、赤い何かが溶けている。
それがボコボコと泡立ち緑色の煙が立ち上がる。
先程注文した者は、美味しそうにその物体を食べる。
「マスター、これは本当に大丈夫なんでしょうか」
「お、おそらく…」
ここには、ギルド【ワークプレイス】の者が集っている。
フラックの紹介なのだが、彼は今居ないので、全員初見だ。
濃縮どろみず、どくぶつのセットである。
凄まじいインパクトに、全員が身構えている。
「こっそり鑑定…」
怖くなったメンバーは、店長に見つからないように鑑定する。
########
品名:濃縮どろみず Lv110
材料:ジゴク・ベリー、マヤカシ・ナッツ、グリーン・ワーム
用途:強壮薬(全ステータス大幅上昇)
産地:どろみず屋さん
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品名:どくぶつ Lv60
材料:ヴェノム・スパイダー、ブラッディ・イートン
用途:強壮薬(体力自動回復)
産地:どろみず屋さん
########
「「「「!?」」」」
口に入れるべきではないと思われる材料が出て来る。
効果は凄まじいようだが、益々口に入れ辛くなった。
「フラックの紹介なので、大丈夫…のはず…!」
マスターのジールメントは男を見せ、どろみずを飲む。
「これは…重みのあるコクが…美味しい」
次に、どくぶつを口に入れる…
「甘い!?」
そして交互に口に入れる事によって、ループする事を発見する。
メンバーは暫く眺めているが、体調は問題なさそうである。
すっかりハマってしまったジールメントを見て、それぞれ口を付ける。
「美味しい!もう材料が何でも良い…」
「もう体調調整のドライフルーツとはお別れするか」
結局それぞれ追加注文して、良いお客さんになってしまった。
どろみず、どくぶつの効果は一日ほど続くので、
ダンジョン攻略には欠かせない存在だ。
「またどうぞー」
なお、一番高い濃縮どろみずが、二万アグラである。
これで儲けを出しているので、他は一般人でも通える値段だ。
…
そして静かに思えた、【シムトピ屋さん】だが…
建物内部では、店長のスライムがフル稼働していた。
一瞬で遠距離の相手に伝言を送れる店なのだが、案外忙しいようだ。
「最後は、この内容を送って頂戴」
特にルールを定めていなかったので、貸し切りにされてしまっている。
顧客の女性は、遠距離の相手に伝言を送り続けている。
『勇者、勇者、聞こえていますね?今あなたの頭の中に語り掛けています』
『北の洞窟に、ある物を封印してあります』
『それを使って世界を…私に出来るのはここまでです』
送り終わった瞬間、スライムはベチャっと潰れる。
相当に疲れたらしい。
「あら?オホホ…つい楽しくなって送り過ぎてしまったようだわ」
この女性は、クラーグ領の"人材育成プロジェクト"の女神担当である。
有望そうな若者に意味ありげなメッセージを送っている。
「…」
女性はお金を置いて出ていくが、あまりの疲労に金額を数えることも出来ない。
まずルールを作るべきだと学習したスライムだった。
…
一番安定しているのは【オーク屋】さんだ。
やっている事は全く変わりないが、相変わらず盛況だ。
女性客向けというのもあり、混みすぎる事がない。
今日は珍しい客が来ている。
「ほう、人間族の騎士か。ならばアレしかあるまい。来い」
「へへ…どんな顔になるか、楽しみだ!」
女性はオーク二人に連れていかれ、椅子に座らされる。
「これがお前の未来だ。ククッ、楽しんでくれ」
「そんな…」
「諦めな!ツイン・イクイップ・チェンジ!」
女性の抵抗も空しく、謎の魔法が発動し…
「こんなはずでは…」
「うむ、これで男だけでなく、女にも好評だろう」
『よっし!』
着替えたシルヴィアが現れる。
本人は可愛い服が良かったのだが、職人の目によって候補から外された。
スカートにパンツを合わせた、カッコイイ系の重ね着スタイルだ。
落ち着いた色合いで、露出は皆無である。
「この服が似合う者は本当に少ない。サービスで二日持つようにしてやろう」
色々とあきらめたシルヴィアだが…
ギルド内での人気度は上昇したようである。