41.概念の理解力とそれぞれの道筋
オープンから一日経ったフォレスト・ダンジョンでは、新たなメンツが増えている。
"やさしい"のダンジョンに潜っている、クラーグ魔導学院の学生だ。
「ダメだ…分からない」
「えー、嘘でしょ?じゃあ、一足す一は…何?」
「…分からない」
「普段どうやって買い物してるの?」
話しているのは、魔法の成績上位組グループの子供達だ。
学年の上位十名のみで構成され、特別講習等の特典を受けられる。
「計算を知らないんだと思う。これなら分かるかな」
「この石ころと、あそこの石ころ、合わせていくつ?」
「…たくさん?」
別の一人が親切に教えに来るが、さっぱり分からないようだ。
普通の生活であれば、乗算や除算までは理解できるレベルのはずだ。
「魔法だけ凄いのかな…?」
「もういいや、他の所行こうよ」
悩みながら孤立してしまう少年。
ダンジョンの様子を見に来ていたフィーリが、その様子を見て話しかける。
「何かあったの?」
「えっと…一足す一が分からないんです」
解決のヒントが欲しいようで、恥を覚悟で聞きに行く。
「…水一滴に、水一滴を足すと?」
「うーん…」
それを先程の問答と似たような例で答えさせる。
「一でもあるし、二でもあるし、他にも…」
大いに悩む少年に、フィーリは話を続ける。
「なるほど、賢いのね」
「えっ?でも、皆は簡単に答えられて…」
実はこの少年、とんでもなく発想が豊かなのだ。
水滴を足し合わせると、一纏まりの水になる。重さは二滴分。
蒸発すれば無くなり、気体となった水分を数とするなら、大幅に増える。
「今から言う事を憶えれば、その悩みは解決するわ」
「同じ分類の物は、必ず一つ増える」
少年はハッとした顔になる。
「水一滴同士なら、同じだから二つ」
「この石ころと、あそこの石ころは…"石ころ"だから二つ」
「出力が違う火は…"広がる熱"と見れば…二つ!」
何かが繋がったようで、少年は人のいないところに手をかざす。
「ツイン・ファイア!」
同時に二つの火が地面に落ちる。
すると辺りが静かになり、先ほど離れていた学生達が慌てて走ってくる。
「あれは何!?」
「どうやったんだ今の!」
先程の状態が嘘のように、人に囲まれる。
しかし、少年は人を押しのけ、フィーリに深々と頭を下げる。
「ありがとうございました!」
ある課題を与えられたとき、考え方次第で答えは様々である。
これを"とりあえず統一"して、優先すべき事を教えて行くのが教育である。
件の少年はこの枠から大きく外れてしまったので、理解されていなかったのだ。
大きな枷が取れ、次の高みへ進む。
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一方、パペット三人組は、それぞれ別の仕事をしていた。
「こんなに木材を集めて、どうするんだ?」
「新兵器、"家"を作るんだ!」
「兵器…なのか?」
小鬼族の拠点で木材運びを手伝っているのは、クエラセルだ。
晴れて森の仲間入りを果たした、カラニグラと会話している。
何度か会話したことで、"先輩"に慣れたようだ。
話を聞くと、拠点の外周を囲むように、入り口が一つしかない家を建てるというのだ。
「この家は全て、床の中央に穴を開ける」
「小鬼族のサイズにすれば、この穴を通って奇襲や撤退が出来るって訳だ」
侵入者用の対策を考え始めたのだ。
この森では必要ないかもしれないが、遠征に出ると拠点の防御力は重要だ。
余裕のある今のうちに開発してしまおうという考えで、ギギの了承も取った。
「ただ、侵入者を攻めるにはパンチ力が足りないというか…」
案を練っていくうちに出て来た問題点がある。
小鬼族自体のステータスは低いため、この家で相手を撤退させる作戦が奇襲しかないのだ。
「その時は、敵が多数入り込んでる前提だな…なら、こういうのはどうだ?」
「技術的に出来るかどうかは、全く分からんが」
クエラセルが余っていたメモを貰い、絵を描く。
これは魔法石を発射する装置である。
小鬼族が範囲魔法を使えれば、侵入者が多くても対策出来ると考えたのだ。
遠距離なので、家を壁にして撃ち込む応用も出来そうだ。
「お、さすが先輩…早速試してみる!」
カラニグラは慌ただしく走って行くが、輝いているように見えた。
…
一方、グリンは…思い切った行動をしていた。
ダンジョンの見回りを終えたフィーリと合流し、住居で話している。
「邪神の情報が欲しい…?」
引き返せない所まで来ているので、フィーリの邪神情報を貰いに来たのだ。
フェイリアに教えて貰っている事を伝える。
「はい…些細な事でも、情報が必要なんです」
「邪神自体はフェイリアの方が詳しいから、別の方を話してあげる」
フィーリは、人差し指を立て、水の球体を作る。
「例えば水。使っても海が無くならないのは、どうして?」
「空気だってそう、色んな所で消費されているのに無くならない」
思いの外スケールの大きそうな話に、身構える。
しかし話を進めたいようで、答えを言われる。
「正解は、別のものに変換されているからよ」
「水に泥を落とすと、泥水になるけど…泥水を濾過したら水になるでしょ?」
グリンは、分かったような、分からないような状態になる。
「さて、マナも使っても無くならない」
「何になる?そして何をしたら元に戻るか…分かる?」
「うーん…マナは魔法になって…」
グリンが頭を抱えてしばらく経ち、答えが出ないでいると、回答が出される。
「マナは、使うと邪神のエネルギーになります」
「えっ!?」
とんでもない回答が出て来た。
つまり、マナを使えば使う程に状況が悪化するのだ。
「逆に、どうやってマナに戻すと思う?」
「邪神がエネルギーを使えば、マナに戻る…?」
苦しい答えを出すが、全く外れではなかった。
「今はフェイリアが邪神からエネルギーを吸い取って、使っているの」
「使うと、"魔神"のエネルギーになります」
「魔神?また知らない存在が…」
グリンは困惑するが…フィーリは小さく笑って、指先から光のようなものを出す。
「これを鑑定してみて」
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種族:魔神【木霊】 Lv360
技能:???
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「え、魔神!?」
「はい、その魔神がエネルギーを使うと、マナに戻る…そういう仕組みなの」
グリンはかなり有力な情報を手に入れたが…
ますます手出しできる世界ではない気がしてくる。
…
リコラディアは…何者かに捕まっていた。
手に入れた紫蝶の短剣の情報を確認するため、ギルド【黒爪】に来ていた。
「新人さん、久しぶりね」
「うっ…」
歓迎会の時、手つきが危なかった女性だ。
それ以来苦手意識がある。
「あの時はごめんね。可愛い子とお酒があると、止まらないの」
悪意は無かったようで、謝り…何かを渡してくる。
ネックレスのような金属製の品だ。
「お詫びの印に、"お手柄"あげちゃう」
「え?これ、どうすれば…ってちょっと待って!」
女性は、「またね~」と言いつつ走って行き、人ごみの中へ消える。
入れ違いで、シルヴィアが現れる。
「おや、新人さん。もしやそれは!」
「このネックレス?」
訳も分からず持たされた品を、シルヴィアの腰に下げられている呪剣が鑑定する。
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品名:呪いのネックレス
特性:
<呪い> 全属性耐性上昇、男性のみ秒間隔で即死級ダメージ
<女好き> 防御力大幅上昇、呪いの効果上昇
<一蓮托生> 【防具破壊無効】付与 装備者の意思で外せない
<特定通話> 自身の意識を女性へ伝えられる
<誓い> 女性が綺麗な程やる気が出る
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「こ、これいらない!シルヴィアさんにあげる!」
「受け取る前提ですが…装備したくはないですね…」
危ない匂いを感じ、嫌悪感をあらわにする二人。
『何か言おうとしてるが、恥ずかしがって喋れないみたいだぞ』
「「ええ…」」
とりあえずネックレスは封印し、紫蝶の短剣の情報を聞くが…
リコラディアにしか心を開いていないらしく、良い情報は得られなかった。