38.エターナル・茶器
「お前ら勇者パーティを倒したんだってな。やるじゃねえか」
パペット三人組と喋っているのは、食事を済ませたボルドーだ。
ギルド【黒爪】の依頼カウンター近くのロビーで遭遇した。
のんびり会話するような流れだったが、場の空気が変わる。
「トースが来るぞー!」
「酔っぱらいと、"刑務"がある奴は死ぬ気で逃げろ!」
「「「やべえ!」」」
急にバタバタと移動し始める問題児達。
「すまん、俺も逃げる!またな!」
ボルドーまでどこかに行ってしまい、珍しく人気のないロビーが出来上がる。
残った者も居るが、隅の方で目立たないようにしている。
「な、何だ…?」
「一気に静かになっちゃった」
「誰か来るようですが」
暫く待つと、入り口から全身真っ黒な装いの少年が現れる。
黒くない部分は、髪で隠れていない顔の左半分と、手袋だけである。
派手さは無いが、高級店で販売されているような服と帽子を身に着け、身なりは良い。
パペット三人組に気付くと、近くまで寄り、一礼する。
「僕はサブマスターのトース。よろしくね、新人さん」
パペット三人組も習って名乗るが、疑問が消えない。
「サブマスター?クオさんは?」
「ああ、彼女は一般メンバーに降格されてしまったんだ」
何となく察していたが、リコラディアはあえて聞きに行った。
トースと名乗った少年は、やれやれといった感じの動作をする。
「ところで、今普通に話しているけど、僕が怖くないのかい?」
「怖いって…その眼か?」
外見で一番浮いているのは瞳の色で、様々な色に輝いて見える。
それ以外は、髪型が特殊な者にしか見えない。
「確かに眼を怖がられる時があるけど、そうじゃない」
「これだよ」
持っていた黒いステッキを見せるが、三人はピンとこない。
「ふふ、面白い新人さんだ。聞いていた通り可能性を感じるよ」
トースは笑顔になり、エターナル・クエストと書かれた依頼書を三人に見せる。
エターナル・クエストとは、命を捨てに行くような難易度の依頼である。
不死身なら達成できるという意味と…永遠に帰らない人の二つの意味を持つ。
「道中の話し相手と素材運びを手伝って欲しいんだ」
「一人では退屈で、別の意味で死んでしまうよ」
討伐対象を見た三人は固まってしまう。
ギルド内で警戒対象として名前の挙がっているものの依頼だ。
・【マッド・ゴースト】五十体討伐
→ローズ・クレストのティーカップ
マッド・ゴーストはLv200を超えている個体で、そろそろ大量発生の時期のようだ。
この被害を減らす為、増殖しきる前に減らすのだ。
「報酬がティーカップですか…?」
「遠回しに僕を名指ししている依頼だね。今すぐにでも欲しい品でね」
なんでも、茶を冷めにくくする効果を持ったティーカップなのだという。
高級店のオーダーメイド品だが、お得意様しか注文できない。
"その程度"の難易度だと思っているのだ。
道中は守ってくれるとの事なので、着いていく事にする三人。
「準備しておいで。ここで待っているから」
「ホット・ティー」
トースは、少し欠けたティーカップに魔法で茶を淹れ、香りを楽しんでいる。
…
一行は、暢気に話しながら、【夢幻の湿地】へ到着した。
明らかに分かるほどの濃い泥の臭いがする。
マッド・ゴーストが発生している証拠である。
常人がこれ以外に察知できる手段はない。
しかしトースは変わらず話し続け…笑いながら歩いて行く。
時折ステッキで地面を何度か叩く以外は、歩きっぱなしだ。
「あはは、面白い所に住んでいるんだね」
住んでいた所の話を聞きたいということで、過去にあった話をしている。
なかなかウケが良く、たまに詳細を聞いたりする。
そうやって話していると、特定のコースを一周したようで、入り口に戻ってくる。
「さて、楽しいお散歩は終わりだよ」
「「「え…?」」」
一度も戦闘しないまま終わってしまった。
「【黒杖】!」
そう言うと、トースが持っていたステッキが巨大化し、異様な気配が漂う。
「な、なんだあの気配は…」
「うっ…」
「あれ?もしかして…」
二人は異様な雰囲気にやられるが、グリンは既に体感しているので耐えている。
ステッキは少し離れた所に浮かびあがる。
「【黒檻】オープン!」
ステッキの浮かんで居た辺りの空中に黒い煙が広がったと思うと…
ビチャビチャッ!
謎の物体が大量に落ちて来る。
「今落ちて来たのが、全部マッド・ゴーストだね」
「既にシメてあるから、触っても大丈夫だよ」
とても大きな顎のようなものに、小さなヒレが多数付いた生物が横たわっている。
「ヒレみたいな部分が化粧品の材料になるらしくてね。無傷だと良い値で売れるんだよ」
「ちょっと面倒だろうけど、全部ちぎって運んでくれるかい?」
一行は、マッド・ゴーストの全身を見るという、何気に珍しい経験をした。
しかし、暫く泥の臭いと戦うことになると気付くのは後の話だ。
「あの…もしかして、トースさんも邪神ですか?」
「正確には、"邪神の欠片"をたくさん取り込んだ存在…といった所かな?」
「オトルスによく落ちていて、それを拾って使っているんだよ」
秘密の話で、グリンの邪神情報が増えていく…
なお後日、一連の報酬として、1000アグラを受け取る事になった。
ゲームでは、トース編で家具や小物を買い込めます。
超高い割には部屋の物品が変わるだけですが…
ちなみに元々は邪神関連エピソードの使い捨てキャラだったのですが、人気が出たので大出世してます。
戦闘面では、スキルに邪神の力を埋め込める、割と分かりやすいやつです。
作中では使われませんが、彼を生物鑑定すると、即死級ダメージで返されます。