99.食前の運動
「もう準備は粗方終わっているようですね」
「早くも飲み始めてるやつが居るぞ」
ここはクラーグ領、王都すぐ側にある大通りである。
普段は大型の馬車等が往来する、かなり広めの場所だ。
しかし、今回は露店のようなものや人だかりで道が狭くなっている。
「そうそう、森の三人組にも招待状を出しておいたぞ。別に良いよな?隊長」
「はい、クラーグの様々な文化に触れる機会になれば良いのですが」
歩きながら話しているのは、シルヴィアとボルドーである。
動けない程の大怪我をしていたのが嘘のようだ。
二人は、暫く歩いた後、大きな建物の前で歩を止める。
そこには門番が待機しており、こちらに話しかけてくる。
「シルヴィア殿、連絡は受けております。中へどうぞ」
えらく業務的な会話で、雑談すらなく中へ通される。
もう一人の門番は、離れた所にある見張り台に向かい、サインを送る。
これは、来客が不審人物ではない事を伝えているのだ。
二人は遠慮なく、建物の中へ進む。
「相変わらず堅苦しい所だな。知ってる奴くらい通せよ!」
「まあまあ、彼らも仕事ですから」
建物中でも確認は続き、暫く歩くごとに受付のようなものに止められてしまう。
そこでは、常駐している者に書類を渡し、判を貰わねばならない。
普段から大人しく待てない者には拷問である。
「次はこの書類と、三番目に受け取った書類を…」
「まだあるのか…」
…
全ての受付を通過した二人は、慣れた様子で歩き回り、一つの部屋へ入る。
そこには、傷跡が多数ある年配の男性が待っていた。
「おお、二人共よく来てくれた。まあ座ってくれ」
男性は、既に用意していた茶と菓子をテーブルへ置く。
ここまでの雰囲気とは違い、少しゆるい感じである。
「話と言うのは、言ってしまえば恒例のアレなんだが…」
「遠征の適性試験ですね」
「うむ。しかし最近は遠征任務が減り、参加枠を絞ることになってしまった」
男性は目を瞑った状態で、残念そうに天井を見上げる。
遠征の参加資格は主に実力だが、そもそも参加枠の上限がある。
どれだけの強豪が集まろうとも全員が参加出来る訳ではないのだ。
「参加出来なかった者達には、私が特別訓練を付けていたんだが…流石に歳でな」
「今まで出来てたのが驚きだぜ」
「逆に言えば、それだけ騎士団の戦力が低下している。これでは民を守れない」
残念そうにしていた男性は、今度は拳を握り、力を込めている。
感情が表に出やすい人物のようだ。
「そこで、我々の出番という訳ですか」
「その通り。生意気な若造をボコボコにして鍛えてやってくれ」
「元団長とは思えない発言だな。けど、分かり易くて良いぜ!」
実は、ここはクラーグ騎士団の本部である。
かなり広大な土地を余す所なく使っており、屋外の訓練所や休憩スペースも存在する。
当然ながら、恩恵を受けられる騎士は強者揃いである。
二人がそんな場所へ訪れたのは、騎士団の仕事を手伝う為である。
本来は雑用を行うはずだったのだが、戦闘能力に目を付けられている。
「お任せください。ただし、厳しく行きますが」
「助かる。早速だが、遠征に出られなかった者達の所へ案内する。着いて来てくれ」
…
一行は建物から出た後、少し離れた場所にある、開けた訓練用の場所へ案内される。
馬を使った訓練を行ったとしても、何の不自由もないような広さである。
待機を命じられていたのか、井戸や日除けが存在する場所に整列して待つ者達が居た。
元団長と呼ばれていた男性が近くへ行くと、先頭の者が真っ直ぐに腕を上げ、大きな声を出す。
「全員、揃っております!」
「うむ」
「本日も基本セットの鍛錬で宜しいでしょうか?」
「それなんだが、先にこの二人を紹介する」
シルヴィアとボルドーが簡単に紹介され、その後団体の代表も挨拶する。
「今回は、実戦形式とする。この二人を相手に、どこまで戦えるか見せて貰おう」
綺麗に整列していた者達に動揺が伝わって行き、若干隊列が乱れる。
「その…我々は三十名おりますが…」
動揺の理由は様々だが、先頭の者は勝てる前提で居るようだ。
何かの間違いではないかと言いたげな表情をしている。
騎士達は一般的には高レベルであり、Lv50程はある。
「めんどくせぇなあ。こいつを見ろ!ロック・スタンプ!」
痺れを切らしたボルドーは、最近習得した魔法を披露する。
ロック・スタンプは、Lv80の土属性範囲魔法である。
暫く魔法を眺めた後、話が再開される。
「見て分かったと思うが、この人数差は妥当な判断だ。むしろお前達が不利かもしれん」
「「「…」」」
「後は各々の判断に任せるが、昼食の時間まで耐えきる事。以上」
特に何の指示も出さないのも教育の一環である。
遠征では各々の判断で危機を乗り切らねばならない。
その為の訓練も兼ねている。
「第三隊、準備完了!参ります!」
「いつでもどうぞ」
「遠慮なく掛かってきな!」
かくして、二対三十の戦いが始まった。
「氷の力、我が剣へ!氷結剣!」
「隙が多すぎます。魔氷剣!」
「ぐあっ!」
騎士達の訓練が始まると同時、早速怪我人が現れる。
「負けて終わりではない!勝てるまで立ち上がらせる!」
「…傷は塞がりました」
「よし、行け!」
ダメージを受けた者は、元団長の男性が回復し、直ぐに突撃させる。
体で憶えさせる、まさに地獄の特訓である。
「風翔突!」
「速さは良いが、力が入ってねぇ、ぞっと!」
「ごはっ!」
二人共かなり加減しているのだが、それでもかなりの戦力差だ。
…
「時間だ!そこまで!」
「「「あ、ありがとうございました…」」」
騎士団は時間厳守の為、規定時間になれば直ちに次の行動を起こす必要がある。
遠征帰りより酷い状態の三十人は、昼食と休憩へ向かう。
「二人共、実に素晴らしい剣捌きだった。彼等の良い見本となるだろう」
元団長の男性は、嬉しそうな表情で納得している。
シルヴィアの隙が無い属性剣、ボルドーの小細工を許さない破壊力。
どちらも全く違うタイプだが、それぞれの強みがあるのだ。
話のキリが良いタイミングで、騎士が四人こちらに走ってくる。
「屋外訓練所の交代時間で…あっ!」
全員同じタイミングで食事を取ると混雑するため、時間をずらしている。
この騎士達は早めに昼食へ行った者達だ。
しかし、それだけでは無いようで、騎士達は兜を取る。
「暗黒騎士…ではなく、シルヴィア…さん…?」
「ああ、勇者パーティの…」
「ライザです」
現れたのは、すっかり騎士団の一員となった勇者パーティである。
ライザが先頭に立ち、代表として話をする。
勇者パーティからすれば、敵だった存在が先輩かつ客人というややこしい状態だ。
「丁度良い所に。この四人は、遠征の新人枠を勝ち取った者達だ」
「暗黒騎士戦と比べれば、簡単でした」
遠征メンバーの選考は、殆ど実戦形式の勝敗で決まる。
騎士は大抵属性剣か、それに近い技を使うのだが…
先にシルヴィアの属性剣を経験する事で、戦いを有利に進める事が出来たのだ。
「皆さんは、まだまだ強くなれます。遠征の成果が楽しみですね」
「必ずや、期待に応えてみせます!」
勇者パーティは、雑用から解放された事もあるが、やる気である。
訓練の時間になってしまった為、今回はあまり話せないまま別れる事になってしまった。
「隊長、まだかー。腹が減ったぞ」
「そうでした、まずは昼食にしましょう」
騎士団の食事は、値段の割には美味いというコスパ重視の価格設定だ。
シルヴィアとボルドーにとっては、思い入れのある味である。
食事の後は、かねての予定通り雑用の手伝いとなる。