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海飾り  作者: 深瀬 空乃
序章
3/4

出港

 その日の朝一番の船の出港する時間、船着き場はキリュウの知り合い数人がやってきていた。次、いつになるかは分からない帰郷の日を待つ彼らは、思い思いにキリュウに別れを告げる。昨日のアウラとトーカの結婚式の宴の名残もあり、皆少し眠たそうだ。勿論、キリュウだって眠い。

 そんななか、時計塔が六の刻を告げる鐘を鳴らした。灯台も兼ねるあの塔は、意匠の凝らされた細工が目立つものだがこう薄暗く、遠い場所ではわからない。あの模様の貝細工でもあれば良いのに、などと商人魂あふれることを考えたキリュウは、薄く微笑んでまたアウラたちへと視線を戻した。出港のときはもうすぐだ。

「それじゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい、ちゃんと連絡寄越してよね」

「わかってるって。トーカも、ヒュラ貝の品をありがとう。アウラのこと宜しくな、気が強くて素直になれないだけで、ちゃんとトーカのこと好きだからさ」

「……キリュウ、余計なこと言わないで」

「はは、分かってますよ。アウラちゃんと、家のことは任せてください」

「トーカまで!」

「そりゃよかった。頼もしい義弟ができてうれしいぞ、おれは」

「あんたが頼もしい兄であればもっといいんですけどね」

「そうぴりぴりしてると、皺がふえるぞ?」

「……キリュウ、殴られたいの?」



 船からは朝日がよく見える。ロウ半島へ向かう船のなかで、キリュウは口角をあげた。キリュウとしては、今までに見たどの宝石よりも美しいと思うのは、太陽のひかりや透き通った海の水、流れていく氷山の一角なんていう自然ばかりだった。甲板にあった樽に座り込んでいたキリュウは、そっとそのひかりに手をかざす。

 いっそこのひかりを瓶詰めにでもして持ち歩きたい。まぁそんなことをしたらそれはそれで詰まらないのだろうとキリュウは思う。手の届かないものだから美しく感じる、そんなこともあるもんだ。

「きれいだ」

「そうだな。船の上で見る朝陽は格別だ」

「たしかにな。ここだと海に反射するひかりも綺麗だもんな」

 返す刀で返事をしてからふと、独り言のつもりだったのだと思い出す。なんとは無しに自然に返された言葉に、そっと横を見る。そこにいたのは紺色の髪を高いところでひとつくくりにした、狐目の男性だった。色白で細身で、まるで女性みたいだ。アリドランで作られた絞り染めの布で無造作に纏められた髪をして、そこらでよく見かけるような体格をしたキリュウとは似ても似つかない。感性は似ているようだが。

 本当に似た感性をしているのか確かめたくなったキリュウは問うた。

「なあ、たとえばだけど。この綺麗な朝日を瓶詰めに出来るとしたら、あんたはそうして持ち歩きたいと思うか?」

「……妙な質問だな。しかし、そうだな……私だったら、遠慮しておくよ。朝陽は朝陽で見るから良いものなのだろう」

「お、そうか」

「そういうお前はどうなんだ」

「おれも遠慮するかな。朝日を瓶詰めにしたって綺麗さが薄れちまう」

「そうか」

 本当に似た感性を持っているやつらしい。満足したキリュウは、再び景色の観賞をはじめた。もとよりこの男が明確な目的のもと人に質問をすることなどないに等しい。しかしそうは思わない紺色の髪の男は、怪訝そうな顔で問い返してきた。

「………なあ、お前はなんでそんな不思議なことを聞くんだ、なにかの宗教の問答か?」

「え? いや、ちがうけど。ただの興味だよ」

「興味?」

「ああ。おれと似てる感じ方のやつだな、と思ったからそれを確かめただけ。そういうあんたこそ、なんでいきなり話しかけてきたんだ?」

「……? お前が先に話しかけてきたんだろう?」

「いや、おれのひとりごとに返事してきたのはあんただぞ」

「…………そうか、独り言だったのか。すまない、話しかけられていると思った」

 真剣に申し訳なさそうな顔をする男に、キリュウはきょとんと阿呆面を晒した。なぜ唐突に謝られたのか分からないのだ。数秒して、男が不思議に思うころ、キリュウはやはり理解しないまま口を開いた。

「……ん? なんであやまるんだよ? 別になにも悪いことしてないだろ」

「いや、ひとりで景色を楽しみたかったかと思ってだな……」

「そんなこと気にしてたのか。ひとりで景色を楽しみたいだの、そんなことないから安心しろよ、えーと……」

 と、そこまで言ってから、キリュウは彼の名前を聞いていないことを思い出した。そういえば、と名乗ろうとしたキリュウが口を開く前に、男がキリュウより少しだけ高い声で言った。

「ネルダだ。吟遊詩人をしている」

「ネルダか。おれは露店商のキリュウ。ロウ半島に行くのか?」

「ああ」

「じゃあしばらくは一緒だな。こういって話してるのもオラダーン様のお導きかもしれないし、仲良くしようぜ、ネルダ」

 慣れない海神の名を噛みながらも言ってのけたキリュウに、ネルダがふっと笑いを漏らす。握手を求めて左手を差し出したキリュウに、ネルダの節の目立つひとまわり小さな手が答えた。

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