琥珀色の手紙
アウラは、胸元に輝く海飾りを見つめた。現在時刻は十二の刻をすぎたころ、婚儀を明日に控えた娘が起きているような時間ではない、隈が出来てしまう。しかしそれでも、アウラは自分の部屋でそれを見つめていた。というより、海飾りをいれる箱だといって手渡された琥珀色の箱を、と言ったほうが正しいかもしれない。この琥珀色の漉き紙もジャラウドのものだと言うのだから驚きだ。
アウラの部屋には、幾つもの宝飾品、装飾品が壁に天井に飾られていた。竹で編まれた異国の幸運のお守りや、黒い真珠のあしらわれた腕輪。銀色の鎖と紫水晶の首飾りなど、全てがアウラの好きな色、好みの意匠のものばかり。真ん中に深紅のスピネルの嵌め込まれた天秤などは、アウラお気に入りの飾りもののひとつだ。キリュウの感性は相変わらず磨きあげられているな、とアウラはしみじみ思った。
そのなかでも彼女がお気に入りなのは、どの宝飾品でもなくとある手紙だった。木の留め具で壁に張り付けてある、帰郷を知らせる手紙。キリュウ独特の、右肩上がりの少し乱雑なその字の書かれた漉き紙は、琥珀色をしている。幾つもの転送を経て届くためか、途中で何かあったらしく、右端が焦げている。
アウラは、キリュウからの手紙は中身に寄り、とっておいたりおかなかったり気分次第だ。けれどこの時は、キリュウの手紙に目を引かれた。今までに見たことの無いような美しい漉き紙。こんなもの、どこで手に入れたのだろう。できるならまた、この漉き紙で手紙がほしいとすらアウラは思っていた。
ある意味叶ったと言えるその願いに、アウラは口角をあげる。それから筆をとり、鳥賊墨の入った瓶を取り出す。それから、二枚の紙を取り出して悩んだ。一枚は薄い空色の漉き紙、アリドランに来た露店商から買ったとっておきの品物だ。もう一枚はこの地で作られた、薄茶色の漉き紙。どうしようかと悩んだ末、アウラは空色の漉き紙をもとあった場所へと仕舞い込む。
(折角なら、アリドランのものを送った方がいいよね)
そんな思いで、アウラはこの海飾りと漉き紙をつくりだしたジャラウドへのお礼の手紙をひと文字ひと文字篆刻するように綴りはじめた。
「アウラ、おめでとう。幸せにな」
「ありがとう。もっと頻繁に顔見せてくれると嬉しいんだけどね」
「はは、努力するよ」
母親拘りのの花嫁衣装を身に纏ったアウラは、申し訳程度に正装したキリュウの言祝ぎに軽口を返す。それを快活に笑ってかわしたキリュウは、何時もより手加減してアウラの頭を撫でた。
「そうだ、キリュウ」
「ん?」
「これ。またジャラウドと出逢ったら、渡しておいて欲しいんだけど、頼まれてくれない?」
そう言って、アウラはふたつの小瓶と便箋を取り出した。
「また会ったら……か? ジャラウドとはそう何回も会えるもんじゃないぞ」
「知ってる。だからキリュウに頼むのよ」
押し付けるようにしてそれらを渡す。滅多に出逢えない海の民、ジャラウド。顔も分からぬ彼等の作り出したものに惹かれたから、いつかまた出逢うかもしれないキリュウに、礼を尽くした手紙とお礼の品を渡すのだ。
「私よりキリュウのほうが、会える可能性高いでしょ、この放浪癖」
「まあ、そうかもな。わかった、確かに預かったよ」
「海飾り作ってくれた人と、琥珀色の箱をくれた人にひと瓶ずつだからね。この香水、数年はもつから」
それは、アウラがじっくりと時間をかけてつくりあげた自慢の一品だった。これがジャラウドに届いてくれれば、それ以上のことはない。なにかをその香水に見咎めたキリュウは、アウラに問う。
「了解だ。処でこれ、アウラの手作りか?」
「そうだけど、なに?」
「上手くなったんだな。兄ちゃんのぶんはないのか」
「ない」
「随分即答だな……」