プロローグ 神話の時代の終わり
夢を見た。
思い返したくもない昔の夢だ。
雲などは既に衝撃波でどこかに吹き飛ばされてしまっている
視界には見渡す限りの青が広がっている。
まるで彼女と僕だけしか世界には存在していないよう。
対峙しているのは幼馴染でもあり、弟子、そして親友でもある彼女の姿。
彼女との最後にして最大の喧嘩の時の話だ。何度も何度も繰り返し見てきた悪夢。
彼女と僕の魔法が大気を揺らし、衝撃波が大地を揺らす。
それはこの星が震えているかにも見えた。
お互いに少しでも制御を誤れば、小さな島など一撃で吹き飛ぶほどの規模の魔法だ。
この規模になると魔力の特性とか云々より、魔力の規模と精度、そして構成速度が勝敗を分ける。
どれほど巧みに魔力を扱うかよりも、どれほど早く大規模な魔法を打ち出せるかが戦いの肝になる。
防御の手段には反射、吸収、逸らし等いろいろあるが、そんなのは所詮小手先。
絹糸一本で暴れ馬をどうにかできないのと一緒。
衝撃波を防ぐぐらいの効果でしかない。
僕と彼女の仲裁を唯一してくれた王はもういない。
ただ王との約束は最後まで守りたかった。
それが僕ができる王への最後の忠誠。
彼女がとてつもない規模の魔法式を作り上げる。
魔法式が発動し、光球が出現する。
僕は魔力を放射し、それを避ける。
はるか遠くの海上で大爆発が起きる。
地上にこれが落ちたのなら地形など一瞬でかわってしまうだろう。
それほどの濃密で巨大な一撃。
幻獣王の一撃にも既に匹敵している。
本当に強くなったね、カーナ。
あの時の小さな子供が僕に比肩しうる存在になるとは夢にも思わなかった。
親友でもあり、一番の弟子である彼女になら殺されてもいいと思った。
僕は仕えるべき王を失い、その国すら失った。
その現実から逃れるために、僕は研究に没頭した。
そのために肉体を捨て、誰も寄り付かないような森の奥に屋敷を構えた。
警備はすべて弟子たちに任せていたが、どうやらそれがよくなかった。
弟子たちは警備と称し、目につくものすべてを片っ端から自分たちの実験材料にしたらしい。
挙句に平原を埋め尽くすほどの不死者の軍勢を作り上げてしまった。
今では教会も僕を魔王と認定し、討伐の軍勢を編成し、辺りを包囲しているという。
弟子の凶行に気付いたのは、事態が取り返しのつかない状況まで進んでからだ。
これは罪なのだろうと思う。
研究に逃げ、弟子の素行まで目を向けられなかった罰。
僕にはもう何もない。
時代は王ではなく、彼女たちを選んだ。
おそらく彼女たちが中心となり、この大陸の歴史を築き上げていくのだろう。
僕はもうそれをみることはないかもしれないけれど、その礎ぐらいにはなれるんじゃないかと思った。
生きる屍の自分にもそのぐらいならできるはずだ。
親友のために、僕の命の残りかすをささげられることが、ただ誇らしくもあった。
構成を失敗したように見せて、直撃をわざと食らう。
眼下には円を描く様に十数人の魔法使いが陣取る。
大地に堕ちると、視界が結界の式に埋め尽くされていく。
封印式、構成の最中の今なら破るのは難しいことじゃなかった。
弟子は破門し、次に顔を見せれば殺すとまで言ってある。
もはや自分に手を差し伸べてくれる者もいない。
これから永遠の獄に囚われるのも悪くない。
王のいない現世に未練はなかった。
さようなら。
それは彼女に届いたかどうかもわからない。
僕が親友にかける最後の言葉。
それでよかったと思っていたんだ。
彼女のあの表情を見るまでは。
式の合間から、彼女の顔が瞳に映る。
僕は目を疑う。
今までに彼女のあんな表情を見たことがなかったからだ。
それが僕が現世で見た最後のモノ。
いくらなんでもそれは反則だよ、カーナ。
大魔女カーナと魔王ドーラルイの戦いの回想からですね。
この戦いが神話の時代の最後になります。
タイトル失楽園にするか迷ったけれど、こっちの方がテーマに即してると思ったので。
ドーラの宮廷時代の過去話をはさみながら、彼の就職した経緯を書いていきます。
過去のドーラを取り巻く人間模様。そして、ドーラとカーナの関係とか。
こっちはじっくりやってくので進行遅いっす。悪しからず。