病院
「光……!光!」
暗闇の中、誰かが俺の名前を呼んでいるのが聴こえた。
この声は、俺の親友の井上綾香だ。
俺はゆっくりと目を開けた。
すると濁った空と、綾香の顔が見えた。
ここはどこだ?
寒いな。
空が見えるってことは外か?
だとしたらおかしい、俺は教室に居たはずだ。
それにしても変な臭いがするな。
ガソリンと焼き焦げたような臭い。
状況を確認しようと俺は体を起こして、周りを見渡した。
だが、俺には状況を把握することはできなかった。
……なんだ?
これは……?
一体どういう状況なんだ!?
「うわぁぁぁああ!!?」
俺はパニックに陥った。
目の前には死体、死体、死体……!!
体の一部分だけがあったり、炭のようになった人が地面に転がったりしている。
中にはゾンビのように呻き声を上げている人もいた。
周りは黒く廃墟になっている。
「なんだよこれ!?何で俺はここにいるんだよ!?」
「光、覚えてないの?光がここまで走って来たんだよ?」
見てみると、綾香の目は虚ろになっていた。
しかし今の俺には、いちいちそんなことなど気にしてられない。
「俺がここにやってきた!?はぁ!?一体どこなんだよ、ここは!?」
綾香は、俺の様子と周りなど一切気にしてないように、淡々と静かに答えた。
「東陽病院。今は爆発したりして、焼けてなくなってるけどね」
「俺のお父さんの病院!?爆発!?ますますワケが分からねえ!!」
俺は頭を手で押さえ、冷静に思い出してみた。
そうだ、確かに俺は気を失う前に父親の病院が爆発では無いが、燃えたのを見た。
でも、ここに来た記憶は無い。
じゃあ、俺は無意識にここに来たってことか!?
くそ、やっぱり何が何だか理解できない!
「……お父さん!お父さんは!?」
俺は父親の安否が気になった。
周りを見渡す。
だけど父親の姿は見当たらない。
「綾香、俺のお父さん……って言って分かるか?」
「うん、分かるよ。ちょっと老け顔だけど、体格ががっちりした人でしょ?検診を受けたことあるから分かるよ」
「そうか。で、俺の父親を見なかったか?」
「見なかった」
綾香はハッキリと、そう言った。
そう答えられると予想はついていたが、そこまでハッキリ言われると辛かった。
その時、フッと変なことに気が付いた。
なんで綾香がここにいる?
それにガソリンの臭いは綾香からだ。
まさか綾香、お前………。
「綾香。お前なんでここにいるんだよ?用事はどうしたんだ」
「用事?まだ終わってないけど、凄い音したからここに来たの」
綾香はそう答えたが、俺は納得しない。
昼のときはビビって聞けなかったが、今なら尋ねられる。
「なぁ綾香。用事って何だ?」
「なんで気にするの?それより、今は光のお父さんを探さなきゃ……」
「はぐらかすなよ」
「………」
俺が少し冷たく言うと、綾香は無表情になった。
そして虚ろな目を見開きながら、綾香は顔を近づけてきた。
「なんで?」
綾香がポツリと呟いた。
不思議と空気が重くなっていく。
「なんで今聞くの?こんな状況なんだよ?」
「それに答えたら、綾香も俺の質問に答えてくれるか?」
「………」
綾香は頷かない。
それどころか微動だにしない。
しかし俺は、綾香が了承したと勝手に解釈し、綾香の質問に偽りなく答えることにした。
「お前の用事ってのを聞けば、この病院が燃えた原因が分かると思ったからだ」
「なにそれ?まるで私が病院に放火したみたいな言い方だね」
「俺はそう思ってる」
「……ヒドい」
綾香はそう呟き、突然、顔を見せないように俯いた。
すると綾香から嗚咽が聴こえてくる。
「……っ、うぅ………ヒドすぎるよ、光……」
さすがに今のは完全に失言だったと、俺は後悔した。
誰だって、犯罪者扱いされれば気分が害されるものだ。
綾香のように、繊細な奴なら尚更傷つくだろう……。
俺は優しく綾香の肩を掴み、静かに謝罪の言葉をかける。
「綾香、かなり酷い言っちまったな。ゴメン、謝る。でも、教えてくれ。俺の思い込みかもしれないんだ。それに綾香がそんなことをしてないって思いたいんだ。だって俺、綾香が好きだから……」
そう言うと、綾香は嗚咽止めるが、泣きじゃくった声で質問してきた。
「光、私のこと好きなの?」
そう聞かれると、俺は恥ずかしくなったが、ハッキリと言った。
今は全くそんな場合じゃないが、別にいい。
愛の告白だ。
「あ、ああ。異性として大好きだ!」
つい声が大きくなってしまった。
自分でも思うぐらい、俺って不謹慎だな。
綾香は涙で濡れた顔をフッとあげて見せた。
虚ろな目は相変わらずだ。
「私も、大好きだよ。だから………ごめんね」
「なんで謝るんだよ…」
俺の胸の内が痛くなる。
「光の予想通り、私が放火したの」
震えた声で綾香は確かに言った。
正直、怒鳴りつけてやりたかったが、答えやすくするために俺は優しく質問した。
「なんで放火したんだ?」
「…………」
「綾香?」
綾香は黙り込んでしまった。
言おうか言わないか、迷っている様子だ。
「綾香、言ってくれ。別に怒らないから」
「ううん、そうじゃないの。理由を言っても、信じるとは思えないから」
「場合によるが、綾香の言うことは何でも信じるぜ」
「……本当に?嘘じゃないよね?」
綾香は顔を少しだけ近づけてくる。
俺はあまりにも顔が近く感じたので顔を逸らしかけるが、視線を逸らさずに見つめた。
「ああ、嘘じゃない」
「………じゃあ、言うね。だから怒らないで最後まで聞いてね」
「分かった」
一拍間を空けて、綾香は今にも消えてしまいそうな声で語り始めた。
「病院を放火したのはね、思い知らせるためなの」
「思い知らせる?誰に?」
「沢山いるんだけど、一番は光のお父さんかな」
「俺のお父さん、綾香に何かしたのか?」
「うん、したよ。凄い酷いことを私にした」
「………一体何を?」
「私を殺した」
「は?」
綾香の理解不能な発言により、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。




