悪夢
それからお昼休みは終わり、午後の授業が始まった。
俺は何となく横の空席をチラ見する。
綾香の席だ。
綾香、用事とか言ってたが、用事ってなんだろう。
聞こうとは思ったが、正直今は綾香が怖くて聞けなかった。
情けないことだ。
「はぁ……」
思わず溜め息が出た。
情けない自分に嘆いたからでもあるが、調子が悪いせいだ。
調子が悪いのは殺人音のせいか、綾香のせいか、それとも俺自身のせいか。
そんなことを考えながら俺は何気なく外を見た。
ここからだと学校のグランドと、様々な建物が見える。
特に目に入る建物は父親の病院ぐらいで、あとはビルとか、俺からしたらどうでもいい建物ばかりだ。
そのため殺風景と言えば殺風景で、見て気分が晴れるような光景では無い。
単に見慣れた風景だからなのかもしれないが。
次に俺はグランドを見下ろした。
今は外で授業をしているクラスは無いらしく、グランドには誰もいない。
そういえば最近体育で外での運動していない。
今はグランドが雨のせいで地面がグチャグチャだから、やる気なんて出ないけどな。
そんなどうでもいいことを考えているとき、軽い目眩と頭痛が起きた。
「……っ」
昨日と同じような目眩と頭痛だ。
段々と酷くなっていく。
景色が歪んでいき、頭痛がとんでもないほどの痛みに膨れ上がっていく。
そして昨日と同じ、学校には不似合いな声が聴こえてきた。
『うんぎゃあ!おぎゃあー!』
赤ちゃんの泣き声。
昨日と全く同じ。
ヤバい、また気を失ってしまいそうだ。
景色がかすむ。
意識をハッキリと持てよ俺。
昨日みたく気を失うな…!
俺は自分に喝を入れた。
そんなことをして、何とか意識を保っていると別の声が聴こえてきた。
外からか、学校からか聴こえるのかは分からない。
泣き声じゃなく、笑い声だ。
『あはははははははは!あはははははははははは!!』
この笑い声は前にも聴いたことがある。
淡白で、乾いた笑い。
これは、殺人音を視聴した時に聴いた笑い声だ。
でもこの声は、まさか………。
この声は………。
その瞬間、体に力が入らなくなり、目の前の机に俺は倒れてしまった。
そのとき、周りが騒いでるのが分かった。
だがそれは、俺が倒れたから騒いだわけじゃないとすぐに分かった。
俺は気を失う直前、信じがたい光景が見えたからだ。
父親の病院が、激しく炎上していた。
嘘だろ……?
あの笑い声は間違いなく綾香だ。
そして俺の視界は暗闇に閉ざされた。
目の前が真っ暗なはずなのに、不思議な光景が見えた。
見渡すと、そこは父親の病院の玄関だ。
とりあえず俺は病院の中を覗こうとしたが、ちょうど女性が病院から出てきた。
その女性は夢で何度も見たことがある。
そう、変死した井上綾香だ。
俺は井上綾香を目で追った。
井上綾香は何やらお腹を手で優しくさすりながら、独り言を呟いていた。
「ごめん……ごめんね」
何に対して謝っているのかは、すぐには分からなかった。
だが、井上綾香の動作を見たら何となく察しがついた。
お腹にいる胎児にだ。
井上綾香は胎児に謝っているんだ。
なんで謝ってるのかは、今度はすぐに分かった。
中絶するからだ。
産んであげれなくてごめん、とでも謝っているのだろう。
井上綾香は足を進めながらも、ずっとお腹をさすりながら謝っていた。
危ない。
俺はその姿を見て、そう思った。
なんで危ないと思ったのかは、自分自身にも分からない。
だが、直感的に危ないと思ったのは確かだ。
俺は井上綾香に声を掛けようと思ったが、肝心の声が出なかった。
夢だから?
いや、夢の中でも声は出るはずだ。
じゃあこれは夢じゃないのか?
もしかしたら、俺の父親と井上綾香が中絶の話しをしてるのも夢ではなかったのか?
だとしたら、なんだ?
夢じゃなかったから、何だって言うんだ?
そう考えてるとき、車がなかなかの勢いで、こっちに向かって走ってきた。
あ………。
ガタン!
ほんの一瞬の出来事だった。
俺が次に見たのは、車が少しへこんでいたのともう二つ。
一つは井上綾香の体が、日光で温められたアスファルトの地面に転がっていること。
二つ目は黒い地面に広がる真っ赤な血だ。
死んだ…?
俺が駆け寄ろうとした直後、視界と耳に激しいノイズが入った。
まるで昔のテレビだ。
綺麗な映像に砂嵐。
そしてノイズが治まると、光景が全て変わっていた。
井上綾香が病室のベットでぐったりと座っているのだ。
さっきの事故の後だろうか。
井上綾香には頭に包帯が巻かれているだけだ。
大したケガじゃなかったようだ。
しかし井上綾香は死んだ目をしていた。
光りが無く、虚ろな目。
その虚ろな目からは、小さな雫が溢れて出している。
なんで泣いているんだ?
その俺の当たり前の疑問は、綾香の独り言により、すぐに解消された。
「ごめんね……、私の不注意で殺しちゃってごめんね……。本当にごめんね……」
事故で胎児が死んだようだ。




