殺人音の噂
晴れた日だな。
こんなに晴れているなら、学校のグランドでサッカーでもやりたいものだ。
そう考えたが、実際は自分は席から動かず、強い日差しによって俺の体は熱せられていた。
おかげで酷く体温が上がっていて、夏でもないのに体が溶けてしまいそうだ。
「ねぇ、光」
俺の座る席の後ろから、聞き覚えのある女子の声が聞こえてきた。
なんてことない呼びかけだ。
「ん、何だよ?」
暑さのせいもあって俺は少し不機嫌そうに言い、小さく首だけ振り返った。
すると俺の視線の先に見慣れた女子がいた。
井上綾香だ。
綾香はクラスの女子の中では背が低めで、髪は背中まである黒のロングで、細目が特徴的だった。
妙なゲームが映画が好みらしくオカルトものが好きで、性格はけっこうお人好しで、勉強は並。
そして軽く天然だと、俺から見て断言できる。
ちなみに俺と綾香が知り合ってから、たいして間もない。
それなのに俺はこんなに綾香に詳しいのは、理由が二つある。
まず一つは、綾香が俺に対して心を許してくれてることだ。
初対面でも話が盛り上がり、すぐに打ち解けた。
二つ目は単純、俺が綾香のことが好きだからだ。
「それでね、やっぱりあのサイトは噂だって」
綾香のよくあるような都市伝説の話に、俺は適当に相づちをうった。
「へぇ」
その素っ気ない反応が面白くないのか、綾香は少し不満そうに言葉を漏らす。
「む、ちゃんと聞いていた?」
「聞いてたって。殺人音のことだろ?」
殺人音。
それはあるサイトの名前だ。
そのサイトにある音を聴くと、死亡してしまうという噂だった。
しかし実際は死亡してしまう人はおらず、最近じゃあそんなサイトすら存在しないじゃないかと囁かれている。
簡単に言えば、都市伝説に過ぎない創作の存在だろうということだ。
「いや、なんか反応がなぁ……って思っただけ」
綾香が釈然としない面持ちでそう言ってきた。
やっぱり反応の仕方か。
新発見、綾香は意外と繊細。
綾香の性格として、頭の中に記録しよう。
「私って繊細なの?」
「多分な。……って、人の心読むなよ。お前はエスパーかよ」
「読んでないよ。光が声に出して言ってたんじゃん」
「なに…?まじか…」
新発見、俺は考えたことを口に出してしまうらしい。
以後、この癖を無くすことにしよう。
「で、殺人音の話は終わりか?」
俺は話を切り返し、再び窓を通して外の風景を見た。
しかし綾香はわざと俺の視界を遮るように目の前を立ち、大げさにポケットから紙を取り出した。
「ジャジャーン!」
「何だよ?ずいぶんと楽しそうな顔をして」
「殺人音のサイトのURLを書いた紙!」
「へぇ、本当ならそれは凄いな」
それには興味があった。
都市伝説関連のことは暇つぶしにネットで一度見回ったことがあって、ちょっと刺激にはなった。
だから自分で検証できるとなると、なかなかに心躍る。
俺は立ち上がって紙を奪い取り、わざと嫌みな顔を見せて言った。
「今日、このサイト見てやるよ」
「あ………」
すると綾香は何故か心配そうな表情を見せた。
いつもなら楽しそうに受け応えするのに、妙な反応だった。
そうして放課後、俺は講習をサボって家に直行した。
綾香や友達には、適当に御託を並べて帰ってきている。
さてさて、心の中はワクワクでいっぱいだ。
早く殺人音というサイトを見てみたい。
もちろん、俺は何回か殺人音のサイトを探したことがあったが、毎回見つからず骨折り損だった。
だから余計にワクワクする。
まぁ、実は紙を奪ったあと、綾香にやたらと心配された。
噂とはいえ何か危ないんじゃないか、本当だったら私は心配だ、とかだ。
けっこうしつこく言われたせいか、さすがに少し不安になった。
だけど残念、好奇心の勝ちだ。
家に着くと自分の部屋へ慌ただしく入り、カバンをベットに放り投げた。
「よし」
俺は制服から私服に着替えず、早速パソコンの電源を点ける。
すぐにネットへ繋ぎ、URLを打ち込んだ。
「やべぇ、すげえドキドキする」
殺人音のサイトに繋がるまでの一瞬、今までに無いぐらい心臓が激しく鼓動した気がした。
今まで探して見つからなかったのが、思わぬ形で見つかるとこんなに嬉しいものなのかと知る。
「お、これが噂のサイトか」
見事、それらしきサイトに繋がった。
サイトは至ってシンプル。
背景が真っ黒で、血文字で大きく殺人音と書いてあるだけだ。
そして『視聴』という文字が小さくある。
「これか……、噂検証だな」
俺は何の躊躇いもなく、『視聴』をクリックしてみる。
するとパソコンの画面は真っ黒になった。
「………」
沈黙して耳を澄ませてみた。
「……………」
何も聞こえない。
今、聞こえるとしたらせいぜい外の風の音ぐらいだ。
画面は変わらず黒。
暇だ………、暇すぎる。
さらに五分。
何も変化なし。
よく五分も耐えた、俺。
もう閉じてしまおう。
俺は完全に期待が裏切られしまい、つい失望と呆れが混ざった溜め息を吐いてしまう。
「はぁ、所詮は噂か」
…………………―。
あ?
パソコンから何か聴こえた。
……声だ。
どことなく聴いたことある男の声。
けど、もう聴こえない。
「空耳か?」
………。
また聴こえた。
さっきよりずっとハッキリと。
『空耳か?』と、聴こえた。
………まさか。
「あーーー!!」
俺はわざと大声を出してみる。
すると同じようにパソコンから声が聴こえてきた。
その声は間違えなく俺の声。
つまり、俺の声がそのままパソコンから聴こえている。
「は!?何だよこれ!」
俺は少し気が動転し、恐怖心を覚えながら周りを見渡す。
しかし、いくら見回してもいつもと変わらない俺の部屋。
だからこそ余計に動揺してしまう。
すると追い打ちをかけるようにして、女の声がどこからか漏れ出してくる。
『あははは……』
パソコンから女の子の笑い声?
さっきまでとは違う反応に、俺はパソコンをジッと見つめた。
「なんだよ、今度は…?」
パソコンから俺の声は聴こえない。
代わりに女の子の笑い声が聴こえてくる。
画面は相変わらず真っ黒だ。
それでも俺は黙って見続ける。
『あははは……、あはははは……!!』
笑い声は段々と大きくなり、狂っているように聴こえてきた。
なんと言えばいいだろう。
そう、笑い声がまるで笑い声じゃない。
淡白で渇いていて、感情表現に使われるような笑いじゃない。
『あははははは!!あはははははははははははははあはははははははは!!!』
バン!!
「うおわぁ!?」
突然画面に、小さな手が張りつくように現れた。
壁を強く叩くような音と突然の出現のため、俺は思わず跳ぶように後ろへ退いた。
そして笑い声は止まり、白い小さな手は、画面をベタベタと触ってくる。
まるで画面の外へ出たがっているみたいだ。
何かを求めているのか…?
俺は恐る恐る腕を伸ばし、小さな手に触れるように手を合わせてみる。
すると小さな手は動き止めた。
……冷たい。
パソコンの画面の温度だろう。
しかし俺には、パソコンの画面の温度が小さな手の温度のもに感じてしまう。
そうしてやがて、勝手にパソコンの電源が切れた。
妙な気持ちだ。
何が何だか、よく分からない。
「これが殺人音……なのか?」
念のため俺は自分の体を触ったり鏡で見てみたりするが、特に何も変わってない。
変わったといえば、手が少し冷えたぐらいだ。
とにかく死ぬことは無さそうだ。
明日、綾香にそう報告して安心させてやろう。
今は異様に眠い。
最初、無駄に興奮し過ぎて疲れた。
晩ご飯の時間になるまで一眠りしよう。
俺は制服のままベットにダイビングし、ベットにあった邪魔なカバンを床に放り投げた。
お疲れ、俺。
お休み、俺。
目を閉じると、今までに無い早さで眠りに落ちていった。
視界が闇に包まれて………。
…………………。
……………………………。
暗闇の中、声が聴こえた。
大人の男性と大人の女性の声。
男の声には落ち着きがあるが、女の声は悲しみに満ちていて暗かった。
少し年齢を感じさせる声の男が言う。
『××××さん、よろしいですね?』
その問いに対して女が落ち込んだ口調で言う。
『……はい』
『では明日の午前、手術しましょう。早い方がいいです』
『……はい』
沈黙。
時間が経つと、ぼんやりとその光景が見えてくる。
そこは白い部屋で、薄暗い。
男の顔は暗くて見えないが、女の顔はハッキリと見えた。
その女の顔は、どことなく綾香に似ていた。




