第一の布石のようなもの
俺と越智は教室に戻り、差し当たっての作戦会議へと洒落込んでいた。
「まあ時計の謎に迫ると言っても、現状は何もできないだろうな。何しろヒントはほとんどないし無駄に目立つのもめんどくさい。」
俺の現況を述べた言葉に越智が頷く。
「ヒントと言えば、会長の言葉だよね。"時計を持つ者が邂逅すれば、戻りたい過去に還ることができる。"ってことだから、ひとまず時計を拾った人を探すしかないかな。」
「だからと言って見ず知らずの人にいきなり話しかけるのもタチが悪いだろ。何かしらやり方を考えなければな。」
そんな時、一人の嵐が俺たちの真剣な思考を吹き飛ばした。
「遥翔くぅーん!何をまじめくさった表情してるのほべぶっ!」
俺は反射的に奇声の主に裏拳を繰り出した。我ながら相手の鼻を打ち抜く素晴らしい技だった。
「か、河合君、大丈夫?」
「いてて、だ、大丈夫。おいおい遥翔。いきなり裏拳は危険すぎやしないか?」
和泉の心配する声にひとまず返事をすると、煌太は鼻を押さえながら抗議の声を上げる。
「いやすまんな。身の危険を感じたもので。」
「俺は君の中でどんな不審者にされてるのかな。」
その時、遠い目で呟く煌太を横目に、栗色の髪をサイドにまとめ、女子でもかっこいいと思えるきりっとした顔立ちの女性が和泉の背後から覗き込んだ。彼女は摂津柑南。この一週間で和泉と仲良くなり、この輪に仲間入りした。
「で?各務と雄馬ちゃんはなんの話をしてたの?」
「雄馬ちゃんって呼ばn」
「例の時計について少しな。」
抗議を中断された越智は恨めしそうに頬を膨らませてこちらを見る。そんな顔をするから雄馬ちゃんなんて呼ばれるんだ。と心の中で呟くが、顔にはいつもの無表情を装う。
「お!?とうとう遥翔もその時計に興味を持ったんだね?そうこなくっちゃ!何か協力できることはないか?」
「お前の協力はいらないからさっさと帰って寝ろ。」
興奮を隠すつもりもなく次から次へとまくし立てた煌太に対して、俺が表情を変えずに答えると、そりゃないぜ…と小声で言いながら煌太はその場に崩れ落ちた。
「でも、どうしたの?一週間前は御伽話だって取り合いもしなかったのに。」
俺は和泉に向き直った。
「まあそうだな。でもよくよく考えると中々興味深い話だ。偶然にも同じような時計を同じ日に拾っている人間が四人もいると言うんだから。」
「えっ!?四人もいたの?」
和泉が口を押さえて驚きを示すと、後ろで早くも立ち直った煌太が、懲りずに話に割り込んでくる。
「ほえー。で?遥翔と雄馬君以外はいずこのいかなる者ぞ?」
「中途半端に古語を交えるなうざったい。どうせ教えたら突撃するだろうから教えない。」
今度こそ煌太は完全に崩れ落ちた。この世の終わりのような顔をして何かうわごとを呪詛のごとくくちずさんでいる。
「でも、時計について調べるにしても当事者と接触しなきゃでしょ?伝手でもあんの?」
摂津の的を得た指摘に、俺は顔を顰める。
そう、俺は顔が広くないのである。元々控えめな性格からか、あまり見ず知らずの人と積極的に関わることがない。故に、いきなり顔も知らない相手に時計を見せてなんて厚かましいお願いができるような性分ではない。しかし、背後では再び復活した不死鳥が立ち上がり、不気味な笑いを発した。
「ふっふっふ。お困りのようだね、我が友よ。」
全員の白けた目が不死鳥、こと煌太に集中する。
「……伝手があるとでも?」
俺の問いかけに、煌太は口の端を吊り上げた。
「君と違ってねぇ。各クラスに最低二人は顔見知りがいる僕に、何か手伝えることはないのかねぇ。」
「いてて…で、何か手伝えることはないか?遥翔。」
頭をさすりながら、先ほどの恩着せがましい口調を改めた煌太が、今度は普通に聞いてきた。
「そうだな。なら、ひとまず煌太には情報収集を頼みたい。もしできるようなら伝手も作っといてもらいたいな。A組の服部、それとD組の森川だ。」
俺が生徒会長から聞いた名前をそのまま告げると、和泉と煌太の両名が反応を見せた。
「ほほう。D組の森川と言えば、親分のことじゃないか。」
と興味深そうに鼻を鳴らす煌太と、
「うちの学校の一年の双子が服部って名前だって聞いたよ?」
と小耳に挟んだ噂話を教えてくれる和泉。
俺は正直肩すかしを食ったような気分だった。まさかこんなにも早く情報が手に入るなんて。思わずため息をつきそうになるのを自重する。
「そういえば俺も小春ちゃんの話聞いたことあるよ?確かA組の服部奏多妹とB組の服部日向姉だったかな。」
「お前らよく知ってんな。歩く知恵袋か?」
この場合、鼻高々といった様子で胸を反らす煌太と、照れた様子で身を縮こめる和泉は、随分と好対照である。
「それで、親分ってのは何なんだ?」
俺は話題に出てきたもう一人の人物のことについて聞いた。
「D組の森川猛。ただ単に親分気質だからみんなそう呼んでいるだけだけどね。そいつなら顔見知りだからパイプがあるよ?」
「なに、それなら取り継ぎお願いできないかな?」
正直、ありがたいコネだ。珍しく心の内で煌太に礼を言いながら、彼の申し出に食いつく。
「おう、任せとけって。じゃあ明日あたりにでも行こう。」
「ああ、頼む。」
その時、横でやり取りを傍観していた越智が口を挟んだ。
「森川君はそれでいいとして、服部さんはどうするの?」
「和泉はそいつのことを一方的に知ってるだけなんだよな?顔とかは分かるのか?」
俺からの問いかけに和泉は特に詰まる様子もなく答える。
「そうだね。顔は残念ながら分からないんだ。ごめんね?」
和泉、頼むからそんな心底申し訳なさそうな顔をしないでくれ。こちとらダメ元だったのに罪悪感が湧いてくる。
「謝る必要はない。元々情報を貰えただけありがたいしな。」
「あ、顔だけなら私分かるよ?」
後ろからひょこっと覗いた摂津の言葉に俺と越智は勢いよく振り向いた。
「本当か?なら、そっちとの接触は越智にお願いしていいかな?」
「別にいいけど、それって面倒な方を僕に押し付けてるだけだよね遥翔君?」
「………よし、決まりだな。明日あたりにでも様子を見てきてくれ。」
摂津にはじとっとした目で見られたが、気にしないことにしよう。
ひとまず目処を立てることができただけでも大きな前進と言えるだろう。教室の窓から見える空は昨日に引き続いて澄み渡っていた。