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追憶の時計  作者: 猫平
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各務遥翔の過去



家に帰り、玄関に入ると、そこには珍しい靴が置いてあった。リビングの扉を開ける。


「帰ってたのか、親父。」


そこにはいつも、仕事で遅くに帰ってくる父の姿があった。父は嬉しそうに遥翔を見返すと、食卓から立ち上がりテレビ前のソファに足を引きずり(・・・・・・)ながら移動した。


「ああ、今日は珍しく仕事が少なくてな。学校はどうだ?遥翔。友達できたか?」


「ああ、まあね。」


自分達の親子仲はあまり悪くない。しかし、俺はこの父が苦手だ。


ーどうしてそんな風に接することができるんだ…。


内心では不満が高まる。俺はその不満が爆発する前に適当に話を切り上げ、自分の部屋に移動した。リビングを出る際の父親の寂しげな表情を後味悪く思いながら。


部屋に入ると、俺はそのままベッドに飛び込んだ。


高校に入学してから(わず)か二日。それにしてはこの二日間の質量は随分と重かった。極めつけには謎のオカルト話。冗談じゃない。


俺は溜まった疲労と襲い来る睡魔に身を任せ、まどろみに落ちていった。



*****



俺はいつの間にか、交差点の雑踏の中にいた。不思議なことに身体が普段より一回り小さく、まるで小学生のようである。


照りつけるような強い日差し、道路から湧き上がってくる蒸し返し、街行く人々の話し声、行き交う車の騒音などで辺りは騒然としていた。その中で一人、俺は信号が変わるのを待っていた。一体どこへ行こうとしているのだろうか。それすらもわからないのに、不思議と内心は焦っていた。


あ、ようやく信号が変わった。俺はそもそもなにを目的に歩いているのかも忘れ、反射的に歩き出した。横断歩道を渡る時は左右の確認をしろとあんなにも言われていたのに。


背後から上がる甲高い悲鳴、(つんざ)くタイヤ音、迫り来る黒い車体。何が起こったのかわからないまま、事態は一瞬にして進行した。そんな時だった。


ー危ない!!…………


次の瞬間、開いた目に入ったのは病室の白い天井。やたらに体中が痛い。寝台の横には誰もいなかった。


数日経って退院した俺は、事故の時に自分を庇ったという父の元へ見舞いに訪れた。酷い有様だった。全身打撲で済んだ自分はまだマシだというものだろう。右足はギプスで固定され、包帯がこれでもかというほど巻いてある。


母と医師が外で会話していたのを、無意識の内に息を潜め、耳をそばだてて聞いた。


ー先生…夫は、これからどうなんでしょうか?


ーええ、命に別状はありません。しかし、右足は特にダメージが酷い。後遺症が残って足を引きずるようになるでしょう。今までのように仕事をするのは難しいでしょうね。


医師の説明を聞いた俺は、頭が真っ白になった。俺の不注意のばかりに。後悔が頭の中を渦巻く。


再び俺は父の見舞いに訪れた。その時、親父は俺に向かって…



*****



母親の自分を呼ぶ声に、俺はようやく覚醒した。全身から汗が噴き出し、制服が体に(まと)わりついてくる。


俺は母の呼びかけに返事をし、体を起こす。ふとカーテンを開け、窓の外を見ると、外には激しい雨が降り、時折落雷も起きていた。


さっきの夢は小学生の時の実体験だ。俺はある日、交通事故に遭い、その時親父に助けられた。俺を庇った親父は足に深刻なダメージを受け、常に右足を引きずって歩いているのだ。


もしあの時、俺がもっとしっかりしていれば、親父はあんな目に遭わずに済んだのに。


あれ以来俺はずっとその後悔を捨てきれずにいる。当の親父はそんなこと気にしていないかのように俺に接している。しかし、俺は考えずにはいられない。父親から健康な足を、生活を奪ったのは自分なのだ。どうして何の気兼ねもなく俺と接することができるのか。何を考えているのか分からない。だから俺は親父が苦手だ。


あの出来事は俺の最もやり直したい過去であり、未練である。


ーもし、あの時計の話が本当だとしたら…?


一瞬頭をよぎった考えに、俺は思わず舌打ちした。こんな見え透いた御伽話(おとぎばなし)に踊らされる方がよっぽど不愉快だ。


俺は思考を中断し、一階のリビングに向かった。



*****



リビングに入ると、母に汗を見(とが)められ、結局飯より先にシャワーを浴びることになった。


暖かい湯を体に浴びて、リラックスした俺は思考を再開した。


人は過去に戻ることなどできない。それは昔から多くの人間が研究し、ついぞ答えを見出すことができなかった結果、導き出された結論だ。しかし、人々は希望を捨てず、その結果あのような御伽話が生まれたのだろう。


しかし、今の俺は何もできない。できるとすれば、今あるだけの僅かな希望に(すが)るだけ。俺は新たな決意を胸に浴室を出た。


リビングでは親が俺が出てくるのを待っていた。


「ごめん遅くなった。」


二人は穏やかな笑顔で気にしてない旨を伝え、三人で同時に手を合わせた。


今思うと、こうして家族全員で食卓を囲むのは随分久しぶりだ。父は滅多に食事の時間までに帰ることはないし、母も共働きで、帰りが遅い日も少なくない。当然団欒(だんらん)は盛り上がっていた。両親に学校のことについて質問攻めに遭ったり、仕事場の愚痴を聞いたり。時間はあっという間だった。


それは、俺が久しぶりに父と気負いなく接することができた時間だった。

投稿は不定期ですが読んでいただけたら光栄です。

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