初めての邂逅
朝、いつも通りと言うには回数をこなしていないが、普通に通学を済ませて教室に入ると、煌太と和泉は既に談義に花を咲かせていた、ように見えた。
「おはよう。二人共。」
「おはよう各務君。」
素直に返礼をした和泉に対して、煌太はこちらを覗き込むようにして言った。
「あれれ?遥翔クン。俺みたいな奴とは交友を持たないんじゃなかったの?ツンデレかい?」
いやらしい笑みをこぼしながら話しかけてきた煌太を無視して席に着く。ちなみに言っておけば、俺はツンデレでも何デレでもない。知り合いに挨拶をするのはそんなにおかしなことなのだろうか。まあいつものことなので気にしないこととする。
「おいおい無視すんなって。相変わらず朝からテンションが低いなぁ。お前は寝起きの男子高校生か。」
「いや、何の例えにもなってないからな、それ。」
思わず切り返してしまった俺の言葉を聞いて、してやったり、というドヤ顔でこちらを見てくる煌太を見て、俺はしまった、と思った。
ツッコんだら負け、ツッコんだら負け。
心の中で訓示のように繰り返してから、俺は隣に苦笑いを浮かべて立っているオアシスに目を向けた。
「……あっ、えと、いい天気だね。」
こちらの視線に気付いた和泉は慌てたように適当な話題を口に出す。あまりに突拍子のない振りに思わず口ごもる。
「あ、ああ。そうだな。」
気まずげな沈黙が流れる。またまた和泉が慌てて続ける。
「え、えと…あ!そういえば、昨日拾った懐中時計!あれ結局どうするの?各務君。」
ふと気付いた俺は懐から例の物を取り出した。
「ああ、これのことな。」
煌太と和泉の視線が俺の手元に集まる。改めて目を凝らしても、見たことのない優美な品である。時計の針はレトロな趣があって、裏には幾何学模様のようなものが刻まれており、全体は金属光沢に包まれている。
「ほほう…見事な品だねぇ。なんというか、高級感があるというか、成金感があるというか。」
煌太は嘆息を漏らしながら賞賛とも愚弄ともとれる台詞をつぶやく。
「成金…言われてみればそうかも…。」
おいおい和泉、頼むからお前がそんなことを言うのはやめてくれ。キャラ崩壊甚だしいことだ。
「でも、どちらにしても随分と高価そうだよね。先生に言ってみた方がいいんじゃないかな。」
「俺もそう思ってた。元より横領するつもりもなかったしな。ひとまず先生の所に持って行くよ。」
和泉の言葉を受けた俺は、その旨に同意を示して立ち上がった、丁度その時だった。後ろから気弱そうな声がかけられた。
「あのぅ…ちょっといいですか?」
3人は同時に振り返り、声の主を視認した。くりっとしたたれ目。男子の制服に包まれた女性のような華奢な体躯。目元も伏し目がちで、いかにも押しの弱そうな性格を体現している。ちなみにお互い面識はなかった。はずだ。
「確か、各務君。だったよね?」
先方の問いかけにひとまず首肯する。しかし、俺はどれだけ記憶を探っても目の前の彼と話したことはおろか、彼を見たこともなかった。
「そうだけど…ごめん、俺は君の名前が分からない。」
俺のはっきり告げる声に一瞬怯んだ様子を見せたが、すぐに優しげな笑みを浮かべる。
「いや、まだ一日しか経ってないから覚えてなくて当然だよね。越智雄馬っていうんだ。よろしくね、各務君。」
なんて眩しい笑顔だろうか。自然と名前を知らなかったことに罪悪感が生まれてしまうではないか。ひとまず俺は(引きつった)笑顔を浮かべて、手を差し出した。
「お、おう。よろしく、越智。」
越智はこちらの挨拶に満面の笑みをお返しして手を握る。しかし、見れば見るほど女性でないのが惜しいような…
いかんいかん。俺は一体何を考えているのだろう。頭をぶんぶんと振って邪念を頭から払う。
「と、ところで越智は俺に一体何の用だ。」
こちらが一瞬見せた動揺に少し首を傾げながら、越智は答えた。
「そ、そうだったね。実はその時計のことなんだけど…。」
「あ、もしかしてお前のだった?」
俺が慌てて答えると越智は目の前で両手を振るという可愛らしい仕草で否定をした。
「ち、違う違う!そうじゃなくてね、実は僕も昨日、似たような物を拾ったんだ。」
そう答えると越智はポケットから懐中時計を取り出した。なるほど確かによく似ている。俺の物と違う点といえば、俺のが純銀のような輝きなのに対して、越智の物は黒い金属光沢を放っている。裏の幾何学模様も微妙な相違が見られる。
「確かにそっくりだな…。越智はそれ、どうするつもりなの?」
「実はそのことで少しお願いがあって…。一応昨日のうちに先生の所には持って行ったんだけど。」
お願い?一体どんなお願いなのだろうか。気にはなるが聞いてみないと分からないことである。俺は頷いて先を促した。
「先生が言うことには、落し物なんかの管理は生徒会がやってるらしいんだ。それで、一人で行くのも何か気が進まなくて…各務君、一緒に行ってくれないかな?」
まず第一に、俺は驚いていた。全く同じ日に、似たような時計を、別の場所で拾っていることが一点。そして落し物の管理を生徒会が一任されていることが一点。
「なるほどねぇ。確かにいきなり一人で生徒会室ってのはハードル高いよな。遥翔、一緒に行ってやんなよ。」
煌太から差し出された相の手に俺は乗ることにする。
「まあな。どちみち俺も行かなきゃいけないわけだし、仕方ない。一緒に行こうか。」
俺の言葉に越智は、ぱぁっ、という擬態がつきそうな笑顔を浮かべた。
「本当に!?ありがとう!!じゃ、昼休憩にね!」
彼はとても上機嫌な様子で机まで帰って行った。どうにも邪険に扱いにくい人間だ。煌太のような相手ならば、言うなら適当にあしらえばいいのだが。
厄介な相手と関わりを持ってしまった。それが今の俺の偽らざる本心である。
*****
最上階、校舎で一番の辺境に位置する生徒会室は、よく漫画にあるような洋風木製の両開きドア、ではなく他の普通の教室と同じ引き戸だった。
「な、なんか緊張するね…。」
越智の口から呟きが漏れる。対する俺は緊張どころか、むしろ気分的にはリラックスしている。
「そうかな。むしろ拍子抜けなんだが。」
「そうだねぇ。もっと特別な感じを想像してたんだけど。」
煌太から気の抜けた軽い声が発せられる。
「お前の場合は想像というより期待だろ。それにしても、何でお前ら二人までついてきたんだ。」
俺からの言及に、後ろについていた和泉は体を縮こめたが、言い出しっぺの煌太は舌を出している。
このままいつもの押し問答に入ると時間が掛かって仕方がないので、俺はひとまず先に進むことにした。
扉に手をかけ、引く。
空気が変わる。
俺たちは一斉に背筋を伸ばさざるを得なかった。中には、俺が今まで感じたことのない威圧感のオーラを纏った男が、まるで俺たちが来るのを予期していたかのようにこちらを見据えていた。
更新は不定期です。