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追憶の時計  作者: 猫平
1/9

プロローグ

猫平です。第二作目になります。


今作は部活の悪ふざけであみだくじで決められたキーワードに沿って制作しました。キーワードは「時計」「窓」「自滅する悪役」。ジャンルは日常となりました。前作の反省より、今作ではこれらのキーワードが中枢に関わるようにしています。


相変わらずの駄文ですが、時間があれば読んでいただければ嬉しいです。


入学式といえば桜の花道だが、残念ながら今年は暖冬の影響もあり、桜の木はもはや裸になりかけていた。


そうは言っても本日は松葉丘高校の入学式。通学路で追い抜いたり追い抜かれたりする真新しい制服を着た学生は、やはりどこか浮足立っている。


緊張と期待の表情を浮かべる者。


友達とじゃれつき合っている者。


運命の出会いを探す者。


早くも放課後の約束をする者。


背後から俺の名前を呼ぶ者………。


おい、ちょっと待て。何の変哲もない平穏な高校生活を送るという俺の計画を、早くも破綻(はたん)させないで欲しい。こんな大勢の前で大声で呼び止められたら、目立たない訳がない。


ー結局こうなるのか…。


俺はため息をつきながら、その不届き者に向き返った。


「何の用だ、煌太(こうた)。」


俺の不機嫌を隠そうともしない無愛想な呼びかけに反して、小学校来の腐れ縁、河合煌太(かわいこうた)はやけに楽しげだ。


「何の用とはご挨拶だな、遥翔(はると)。親友に朝の挨拶をするのがそんなにおかしなことかい?」


親友ではない、腐れ縁だ。と心の中で呟くが、無論口に出すことはない。代わりにと言ってはなんだが、俺としては皮肉を言わずにはいられなかった。


「大勢の前で人の名前を大声で叫ぶような非常識な(やから)と交友を持った覚えはないんだがな。」


嫌味たっぷりの批判を受けても、煌太は怯むことなどなかった。


「そんな釣れないことを言うなよ。分かってるよ、腐れ縁だろ?相変わらずノリが悪いねぇ。ま、それが各務遥翔(かがみはると)という人間だけど。」


悪びれもせずに答える煌太に、俺は顔を(しか)めて最大限の不愉快を示す。たかが5年やそこらの付き合いで分かったような口を利かないでいただきたい。


こちらの拒絶を意に介する様子もなく、煌太は他愛のない話を振ってくる。


「あ、そういえば今週の少年シャブ、読んだ?」


生憎(あいにく)、俺はそんなアブナイ名前の少年誌を読んだことはなかったが、ここでツッコむと相手の思うツボだと言うことにに気づき、自重する。


煌太は俺の無反応にも大して不快な様子を見せず続ける。


「今週の新作の作者が松葉丘の出身なんだと。世界観も学校をモチーフにしてるらしい。」


煌太にしてはちゃんとした話題に軽く意外感も覚えながらも、俺はその話に少し興味を持った。確かに俺は目立つのが嫌いだが、だからと言って何にも無関心というわけではないのである。


「へぇ、煌太にしてはまともなオチだな。どんな話なんだ?」


煌太はいちいち差し挟む余計な一言を涼しい顔で受け流すと、にんまりと笑った。


「お?遥翔も気になるか。でも残念ながら秘密♪付き合いの悪い遥翔君には教えてあげませーん。」


一瞬煌太を本気で殴ろうかと考えたが、その衝動はきちんと理性で押し留めることにしよう。新年度早々騒ぎを起こすのは俺の流儀に反する。


それからも煌太といくつか取り留めのない話をしながら通学した。高校生活初日の天候は、残念ながら曇りだった。



*****



クラス発表はどんな時でも賑わうものだが、高校入学時のそれはさほどにはならない。周りはほとんど見ず知らずの人間だからだろう。


慎ましやかな賑わいから抜け出し、指定された教室の座席に座って振り返ると、俺はこめかみを押さえてため息を吐いた。


「………なんでお前がここにいるんだ?煌太。」


煌太は心底楽しそうに微笑んでいた。


「なんでとはご挨拶だな。各務と河合で席が前後になるのはそんなにおかしなことかい?」


今朝一度聞いたようなフレーズを聞いたこの時、俺の脳内は前途多難という言葉で埋め尽されていたが、今度はそれを表情にも出すことはしなかった。


「分かってるとは思うが、俺と一緒にいる時は目立つ真似だけはするな。俺はお前と違って目立ちたがり屋ではないんでな。」


俺は中学校の時から何度も言っていることを念押しした。中学校の時には願い虚しく、煌太の相方、という不愉快極まりないレッテルを貼られていたことを思い出し、思わず顔を顰める。こちらの内心を知ってか知らずか、煌太は嬉しそうに答えた。


「分かってるって。そんなことはしないよ。なんてったって、俺は優しい子だからね。」


堂々たる顔で言ってのけた煌太をひとまず一睨(ひとにら)みしておいて、俺は体の向きを元に戻し、教室を見回した。


周りに座る人は未だに緊張がぬけていない。それも当然と言えば当然。つい先月まで、周りは全部顔見知りだったのだ。かく言う俺も緊張が全くないわけではない。しかし、アイツとの会話で緊張がほぐれているのは確かだし、周りが密かにこちらを窺い見るように向ける視線の理由も、残念ながら分かってしまった。


ー早くもお先真っ暗だな…。


俺はささやかに、だが盛大に溜息を吐くと、机に突っ伏した。


しばらく経つと、ようやく教室の中に初々しい賑わいが生まれ始めた。名前は?とか、趣味は?とか、どこ中?とか。ちなみに我々に話しかけようとする者はまだいなかった。確かに既に相手がいる人に話しかけるのは勇気がいることだろう。しかし、俺にとってはその相手が煌太というのはとても気に食わなかった。再びこれ見よがしに溜息を吐く。


「そんなに溜息ついてると一週間分の幸せ全部逃げちゃうよ?各務君。」


横から掛けられた穏やかな声に、俺は思わず顔を上げる。


「とは言われてもなぁ…新学期早々これじゃ、溜息の一つや二つ出るってもんだ………。おはよう、和泉(いずみ)。」


話しかけた張本人、和泉小春(いずみこはる)は天使のような微笑みを浮かべている。


「それでもだよ。せっかくの高校生初日なんだから、もっと楽しくしなきゃ。ね?」


癒し系の整った顔立ち、肩のあたりで切り揃えられた黒い光沢のある髪、そんな容姿に加え、思いやりがあって常に他人を優先させるその性格も相まって、目の前にいる少女、和泉小春(いずみこはる)は中学校の時から人気があった。


彼女と話すようになったのは中3から。どんなきっかけで話すようになったかは覚えていないが、朝からこのみんなのアイドルと言葉を交わすことで、不届きな腐れ縁と会話したことによる不機嫌は大分緩和された気がする。


ふと後ろから視線を感じたので振り返ると、そこにはいつもの五割増しほどニタニタした煌太の顔があった。


「…なに?通報して欲しいの?」


「待て待て。なんで見てただけで通報されなきゃいけないのよ。」


慌てた様子の煌太を見て、悪戯(いたずら)心が治まった俺は、改めて煌太を一瞥(いちべつ)する。


「で、何?いつもの数倍ニタニタしてたけど?」


煌太は今日で一番嬉しそうに微笑んだ。


「ん〜?べっつに〜♪」


一体何がそんなに面白いのだろうか。さっぱり分からない。愉快な人間は気楽でいいものだ。後ろではなぜか和泉が顔を赤くしていた。なぜだろうか、こちらもさっぱり分からない。



*****



入学式が終わり、なし崩し的に俺、煌太、和泉の三人で帰ることになった。高校生活一日目は散々だった。騒がしい奴とクラス1の美少女と一緒にいるのだ。いかに俺自身の影が薄くとも目立ってしまう。全くもって散々だ。


二人を待たせて用を足した後、俺は困り切っていた。なんで困っているのか、それは………


ーどこだ、ここ。


現在俺、各務遥翔は絶賛迷子中だった。まだ校内の案内も受けていないのに単独行動を取ったのは間違いだったということか。こういう時には無駄に広い校舎が恨めしい。あたりに見えるのはやたらとそびえ立って見える校舎、百葉箱、そして丁寧に手入れされた芝生庭。さて、どうしたものか。


選択肢1:大声で助けを呼ぶ。

論外だ。恥をかくこと間違いなしではないか。


選択肢2:煌太に電話をかける。

残念。携帯はカバンに入れて置いてきてしまっている。


選択肢3:道を尋ねる。

そもそも人が一人もいない。


ー本当に参った…。


途方に暮れかけたところ、芝生の中に妙な輝きを見つけた。近づいてそれを拾い上げると、そこにあったのは、華やかな装飾が施された懐中時計だった。


見慣れない模様に目を凝らそうとした時、俺の名を呼ぶ二人の声が聞こえてきた。かくして俺は、校内で迷子という危機から脱することができた次第である。




各務遥翔の高校生活一日目。変人と美少女と同じクラスになった。迷子になった。謎の懐中時計を見つけた。順当に、"至って普通な高校生活"から遠ざかる今日この頃。

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