見知らぬメール
一通のメールが届く。
次の日曜日の日時とホテルの宴会場の名前、そして『スーツ着用のうえご参加ください』とだけ書かれていた。
見覚えの無いメールアドレスだが、件名にはボクのフルネームが書かれている。
間違いメールではないようだ。
ちょうどいいことに、指定されたホテルの近くには用事がある。
興味本位で、冷やかし程度に顔を出してみることにした。
当日、用事を済ませて指定されたホテルに行く。
ホテル前には、多くの車や人が行き交いあわただしい様子だった。
レポーターと思われる人物が目の前に構えられたカメラに向けてなにかを話す。そんな光景があちこちに見られた。
ホテルの出入りにもカメラが目を光らせている。
こんな状況のホテルへはいる気にはならず、引き返そうとしたとき、ホテルの入り口から突然名前を呼ばれた。
振り向くと、見たことの無い男がこちらに向かって手を振っていた。
そして、こちらへ歩いてくる。
カメラが一斉に男とボクを見たが、男は気にせず話しかけてくる。
「よかった、時間ぴったりですね」
ボクの手首をがっちりと握りホテルへ引っ張っていく。
何度も声をかけてみるが周りの音でかき消されて男には届かなかった。
大きな会場の入り口と思われる扉の前で立ち止まった。
ボクに振り返ると、
「では打ち合わせどおりお願いしますよ」
状況を飲み込めない様子を気にすることもなく、ボクの後ろへ回り込む。
そして、目前の扉を足で蹴り開けてボクを会場内へと突き飛ばした。
広い宴会場と思われる場所だった。
目の前には、長机を前にえらそうに座る年配の男性が数名。そのおくには司会者らしき男性。
それに向かい合うようにして報道陣が囲んでいた。そちらも同じぐらいえらそうに座っている。
全員の視線がボクへ集まる。
とまどい立ち尽くすボクへ司会者が片手を差し出した。
長机の一番端の、あいている席を指し示している。座れ、と言っているようだ。
指示に従い、ボクが座ったのを確認すると司会が話を進めた。
「本日はお忙しい中を――」
決まり文句から始まり会見が進んでいく。
ボクの横に並んでいるのはどこかの会社の役員で、これはどこかの会社の謝罪会見らしい。まったく聞き覚えの無い会社だった。
理解するのをあきらめてボーっとしていると、となりに座った役員がひじでボクを突いてくる。
気がつくと視線がボクへと集まっていた。
「では改めて、担当者による質疑応答に移らせていただきます」
そして、ボクの名前が呼ばれ、カメラのフラッシュが数回たかれた。
司会が指名し、手を上げていた記者へマイクが渡される。
「今回の件についてどう思いますか」
「大変遺憾に思います……?」
ボクの答えに記者たちの感嘆の声が響く。
大丈夫だったようだ。
すぐさま次の質問が飛んで来る。
「社内の関係者についてはどのような処分を検討しているのでしょうか」
「社内規定?に、そってしかるべき処分を検討しております」
「信頼回復のためにどのように――」
その後も、オウム返しとそれっぽい言葉を駆使してのらりくらりとかわした。
次の方で最後とさせていただきます、と言い司会が最後の記者を指名する。
最後の質問をしたのはボクにそっくりな男だった。
とまどいがちにためらいがちに男は口を開く。
「――これは何の会見なんですか」
会場にどよめきが起こる。
その場に全員の『信じられない』という言いたそうな非難めいた視線が男へ集まった。 男はいたたまれなくなり、すまなそうな顔で会場を出て行った。
司会が小さく咳払いをした。
「以上を持ちまして会見を終了とさせていただきます」
役員が立ち上がり足早に会場を出て行く、それを確認したカメラと記者も撤収を始めた。
次の日、仕事へ行くとなぜかボクのジャカルタ出張が決まっていた。