跪かれるための才能
とある国の、とある村に、
それはそれは美しい娘がおりました。
きらめく白金の髪
新緑のような翡翠の瞳
朝露に濡れた薔薇のような頬と唇
神聖なる処女雪のような白い肌
すべてが神の御手により造られたのだと思わせるような、完璧な美がそこにはありました。
ーーーしかし女は孤独でした。
幼い頃に母を亡くし、仕事で忙しい父と2人きりで生活していたから。
ーーーまた女は不幸でした。
新しい義母と義理の姉妹に、父がいない時は召使いのようにこき使われて。
ーーーそれでも健気に微笑むのです。
他者への慈愛を忘れず、明るく懸命に生きようと。
村中の男達が
そんな女に同情し庇護欲を抱きました。
また、その美貌もあって、
求婚は絶えることがありませんでした。
しかし女は、男達にこう言うのです。
「私でなくても良いはずよ」
それに男達は、こう返すのです。
「君じゃなきゃダメだ!君ほど素晴らしい女性はいないんだ!」
そして女は壮絶に美しい笑顔で、こう答えます。
「では、もっと素晴らしい女性を見つけて下さい。そうすれば、その方こそが愛すべき人になるでしょう」
女は「1番」が大嫌いでした。
それは、転落してゆくほかない運命だからです。
この美貌もまた永遠に1番ではないことを知っています。
だから女にとって1番とは、心底、価値のないものでした。
女はずっと、それも幼い頃から、
誰かの【唯一】になりたかったのです。
# # # # #
「いったいどうするのよ!?あなた!」
キンキン声で喚く醜い義母。
「生贄なんて、私は嫌よ!」
「化け物のところなんて…冗談じゃないわ!喰い殺されてしまうじゃない!」
自分のことしか考えない愚かな義姉妹。
「あの方は、娘を差し出せと!でなければ私達の命はないと!ああ、どうすればいいのだ…どうすれば…!」
ベッドの上で嘆く父を献身的に介護しながら、
ベルは心の中でうんざりしておりました。
「(こういう場合、私が犠牲になる、と言った方が良いのかしら?悲劇のヒロイン的には?さすがに命は惜しいのだけど…)」
ベルは永遠に愛されるために
美しい心であれ、と常に行動してきました。
それは確かに打算的なものでしたが、
生まれた言動は多くの人々を救い、
ベルを愛すべき存在へと押し上げたのです。
「ねぇ、お父様?まずは、どうしてこうなったか訳をはなして下さる?」
#####
ベルの父は商人でした。
街で商品を売っていた父は、村に帰る途中の森で、狼に襲われたのだと言います。
そして命からがら逃げ出した場所が、なんとあの化け物が住むという噂の屋敷だったのです。
薄暗く、不気味な屋敷でした。
しかし人の気配は全くありません。
噂は嘘だったのだと、父は安心してそこで一晩泊まりました。
そして明け方、家に帰ろうと屋敷を出た時、父は見つけてしまったのです。
朝露に濡れた、まるで最愛の娘のように美しく咲き誇る薔薇を。
そして、あまりの美しさに父は一輪だけ手折ってしまったのです。
「貴様…何をしている!」
その瞬間、世にも恐ろしい野獣が現れたのです。
「一晩の宿ぐらいならと何も言わず置いてやったというのに……盗みをはたらくとは!」
鋭い牙を剥き出しにして、野獣は怒りをぶつけます。
「お、お許し下さい…!あまりに美しかったので、つい!」
「つい、では済まさんぞ。よりによって私が、この世で最も大事にしている薔薇の花を!」
「知らなかったのです!健気に頑張る娘のためにと思い、悪気なく手折ってしまったのです!」
「……貴様、娘がいるのか?」
「は、はい!忍耐強く、慈愛に満ちた、美しい自慢の娘です!」
「ほう…?」
「この薔薇はお返しします!しかし娘には私しかいないのです。どうか、どうか私を家へ…!」
「いいだろう」
野獣は、凶悪な笑みを浮かべます。
「あ、ありがとうございます…では、」
いそいそと立ち去ろうとする父の肩を
野獣の大きな手が捉えます。
「代わりにお前の娘を差し出すのだ」
「そ、それだけは…!私の命を差し出しますので!」
父は娘の話を野獣にしたことを、すぐに後悔しました。
「お前の代わりに、手折った薔薇の罪を償わせるのだ。娘を連れて来なければ村ごと皆殺しだ、わかったな?」
野獣は、何処へでも連れて行くことのできる魔法の馬車に、父を強引に閉じ込めました。
帰りの馬車には娘を載せるよう、言い聞かせて。
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「そして気がつけば、あの馬車は本当に私を家まで送り届けていたんだ」
「そうだったのですね。どうりで見たことのない馬車だと…お父様、なんて辛かったでしょう」
こんな愚かな父の話を聞いてもなお
人のために心を痛める優しい娘。
こんな奇跡のような子を……
野獣なんかの犠牲にしてたまるか!
「お父様、私は行きます」
「ああ、ベル、どんな惨い運命が待っているか分かっているのか!?」
しかしきらめく翡翠の瞳には、決意が見えます。
「でも、それで皆が助かるなら…私は誰にも助けを求めたりしないわ」
まるで戦女神のように凛々しく気高い娘に、父は奇跡を見たような気さえしました。
「そうね、娘一人の命で助かるなら、良かったじゃない」
義母が残酷に微笑みます。
父は信じられないとばかりに妻を見ます。
「お姉様、家のことは心配しないで」
「ベル、きっとあなたなら、野獣ですら懐柔するのではなくて?村中の男達を手玉に取るほど器量が良いんだもの」
蔑むようにベルを見る娘達。
ベルは、さも慣れたとばかりに毅然としています
「ああ、ベル…ベル…!許しておくれ!」
男は今、はじめてベルの不遇を知ったのです。
「いいえ、お父様。これでいいのです」
いつも笑顔を絶やさない健気な娘が
今にも消えてしまいそうに儚く微笑みました。
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「醜い野獣さん、呪われた野獣さん、大きな屋敷にひとりぼっちの野獣さん♪」
揺れる馬車の中で、ベルは夢見る少女のように恍惚と微笑んでいました。
「うふふ…私だけのひと…やっと見つけたわ…」
ベルは父の話を聞いて、彼だ、と思いました。
血筋も経済力もそこそこに。
でもおぞましい化け物で。
呪われた汚らわしい存在で。
誰も彼を愛したりしない。
誰も彼を愛せない。
でもベルなら愛せる。
「そうすれば私は…彼の唯一無二…」
なんて僥倖。なんて喜劇。
村中の人間はベルを悲劇の聖なる乙女と崇め語り継ぐでしょう。
そしてベルは煩わしい家族とさようなら。
「永遠の愛を紡ぎましょう、野獣さん」
ベルにとって愛されることは息をするのと同じくらい簡単なことです。
慰み者にされたり拷問されたり食料にされたり。
こんな最悪のパターンを上手く切り抜ける自信があるのです。
なぜなら、そうーーー、
この美貌と知性と相手の心理を読む洞察力。
そして心の美しさを前に、ひれ伏さない男などいないと知っているからです。