見てはいけない
誰かがこちらへ近づいてくる足音が聞こえてくる。シャルロッテは体を緊張で強張らせながら、今は固く閉じられているはずの扉の方へと振り返った。そうしたところで扉が開かれるところを見ることが出来ないのは、自分でも良く分かっている。
シャルロッテは自分の視界を柔らかく塞いでいるビロードの目隠しに手を触れた。これを外すことは絶対にしてはいけないと言われていたが、視界を封じられるというのがこんなにも苦痛なことだとは思いもしなかった。
「こんなことなら、落し物なんて届けるんじゃなかった……」
全ての事の発端は、シャルロッテが道で拾った薄汚れた皮袋だった。
シャルロッテが届物を終えて家に帰る途中、道端にとても汚れた小さな皮の袋を見つけた。誰かの落し物かと思い、シャルロッテは何気なく見かけよりも大分重たいそれを拾い上げた。誰かの名前が分かれば持ち主に届けてやれば良いし、もしも分からなくても教会に届ければいい。
そんな軽い気持ちで袋を開いて、シャルロッテは目を丸くした。中にはぎっしりと鈍く輝く金貨が入っている。シャルロッテは慌てた。こんなに大量のお金を見るのは、生まれて初めてのことだった。
「どうしよう、どうしたらいいの?」
その時、震えるシャルロッテの手の中の皮袋から、羊皮紙の切れ端がヒラリと地に落ちた。それには几帳面な文字が書かれている。勝手に読んでしまうことに罪悪感を覚えながらも、藁にもすがる思いでそれを拾いあげた。シャルロッテの目は再び真ん丸に見開かれた。
「これを拾った者、領主の館まで届けること――え? ご領主様の館?」
こうしてシャルロッテは、バカ正直に羊皮紙に書かれている通りに、金貨でいっぱいの皮袋を持って領主の館を訪ねて行ったのだった。シャルロッテが領主の屋敷の扉を叩くと、門番はとても怪訝な顔をしたが、しばらくしてから身なりの良い老執事が屋敷の奥から現れた。彼は全てを見通したような顔で頷くと、眼下の窪んだ瞳で値踏みをするようにシャルロッテのことを上から下へと眺めまわした。それから、酷く慇懃な態度で屋敷の中へと案内をした。
屋敷の中に一歩入ると、そこはシャルロッテが見たこともないような華やかな世界が広がっていた。長い毛足の赤い絨毯が床に敷き詰められ、玄関ホールには宝石を集めて作ったようなシャンデリアが煌めき、正面には緩やかなウェーブを描く優雅な螺旋階段が客人を待ち受けるように設えていた。
「国に治めるはずの税金の袋が一つ足りなくて困っていたところです。よくぞ届けてくださいました。えぇと――」
「シャルロッテと申します」
「シャルロッテさん。ご領主様が是非にお礼を申し上げたいと仰っております。どうぞこちらで少々お待ちください」
そう言われて、通された客間と思しき部屋がまた素晴らしかった。金色の暖炉にゆったりとしたソファーセット。泊りの客が訪れることが多いためなのか、天蓋付の大きなベッドまである。シャルロッテは促されるままに部屋に入ってから、ハッと我に返った。たかが落し物を届けたぐらいで、領主にじきじきに礼を言ってもらえるのも奇妙な話だ。それに、シャルロッテは領主に関するある噂を思い出した。
「あの、私のような庶民がご領主様にお会い出来るのは光栄ですが、そんなに大したことをしたわけではありません。この服装だってこの場にふさわしいとは思えませんし、お気持ちだけいただいて、このままお暇させてください」
「いいえ。是非直接お会いしたいとのご領主様の命です。ここでしばらくお待ちになってください」
静かに力の込められた彼の物言いに、シャルロッテは驚いてただ閉口するしかなかった。
「そうそう、ひとつだけお約束していただきたいことがあります」
執事は思い出したかのようにシャルロッテを振り返ると、懐からビロードの布を取り出した。そして、シャルロッテの背後に回ると、そっと布で目を覆い隠した。
「何をするんですか――」
「この屋敷にいる間は、決してご自分でこの目隠しをお取りにならないで下さいませ」
「どうしてですか?」
「深い意味はございません。ただ、ここは庶民の方には色々と刺激も強うございます。無事に家まで帰りたかったら……どうすれば良いかはお判りでしょう?」
暗闇となってしまった世界で、執事の抑揚のない声だけが響く。シャルロッテは恐怖を覚えて、何度も首を縦に振った。
「ようございました。それでは、ご領主様がお見えになるまで今しばらくお待ちになってくださいませ」
重い扉が開く音がして、直ぐにバタンという世界から隔離されたような絶望的な音が部屋に響いた。シャルロッテは何も見えないまま、そこに立ち尽くしていることしか出来なかった。
「どうしよう。私、無事に家に帰れるのかな?」
そう呟いた途端、シャルロッテの心臓が恐怖で激しく音を立て始めた。浮かんでくるのは領主にまつわる悪い噂だった。絶対に表に出てこない新しい領主のことを、皮肉と好奇心を込めて人ではないと噂したのは一体誰だったのか。領主は化け物。そんな噂がまことしやかに囁かれるのに、そう時間はかからなかった。
庶民には遠い存在であった領主のそんな噂を聞いたとき、シャルロッテはほんの少し気味が悪いと思ったことはあっても、実際の人物にお目にかかる日が来ようとは夢にも思わなかった。
「でも、もしも、本当にご領主様が人ではなかったら……」
それならば目隠しをする理由も頷ける。そう考えて、シャルロッテは呆然と立ち尽くしたまま緊張に耳をそばだてた。視界が失われている今、頼れるのは嗅覚と聴覚だけ。耳から入って来る音だけで全てを判断するのは、シャルロッテが思うよりもずっと困難なことだった。
あまりに緊張していたためか軽い眩暈を感じる。いつまでこのままでいればいいのだろう。そう思ったとき、廊下からこちらへ向かってくる固い靴音を聞きつけ、シャルロッテは体を緊張で強張らせながら扉の方へと振り向いた。
重い扉が僅かに軋み、誰かが部屋の中へと入ってきた。恐らく「誰か」ではなく領主その人なのだと感じて、シャルロッテはスカートの裾を軽く摘まんで、学校で教わった一番礼儀正しいお辞儀をした。
「顔を上げなさい。わざわざお前をここに引き留めたのは私なのだから」
柔らかい声がシャルロッテの頭上に降りかかった。掠れたように低く響く男性らしい声の中に、どこか無機質な固いものが潜んでいることにシャルロッテは気が付いた。
領主に顔を上げなさいと言われたことを理解はしていても、体を動かすことが出来ない。視界を奪われているということが、シャルロッテの中の領主への恐れを必要以上に掻き立てていた。震えたまま動けないシャルロッテの旋毛のあたりに、小さなため息が落ちてきた。それと同時に、スカートを掴んでいたシャルロッテの手が取られ、ゆっくりと誘導するように引かれた。
「ずっと立っていたのならば疲れただろう。ここにソファーがあるから、まずは掛けなさい」
「ご領主様に手を引いてもらうなんて、恐れ多いです」
「いいから。私の言うことを聞きなさい」
慌てて手を取り返そうとするシャルロッテの手首を強引に引っ張って、領主は無理やりシャルロッテをソファーへと沈めた。
「さて、金貨の袋を持参したそうだな。あれを紛失して困っていたのだ。礼を言うぞ」
領主はちっとも困っていないような口調で礼を述べた。声がゆっくりと移動してきたので、彼もシャルロッテの座るソファーに座ったのだと分かる。
「ところで、お前はどうしてわざわざ金貨をここに届ける気になった?」
すぐ近くから囁かれるように、芯の冷たい声が問いかけてきた。予想外に近づいた距離に怯えて、シャルロッテがソファーの端までさり気なく移動すると、衣擦れの音が追いかけてきた。開いた距離をわざと詰められたのだと感じて、シャルロッテはますます落ち着かない気持ちになった。
「袋の中に、ご領主様のお屋敷に持って来るように書かれた羊皮紙がありました。それに、あんな大金を落としたのならば、さぞお困りだろうと思ってお届けしました」
「礼を期待して?」
「いいえ。そんな恐れ多いこと考えもしませんでした」
「そうだろうな。屋敷の者に聞いたが、私との面会を辞退して帰ろうとしたのだろう?」
まるで、耳に直接口を付けて言葉を吹き込まれているように領主の声が低く響く。それは自分があまりにも緊張しているための錯覚だとシャルロッテは思うことにしたが、目隠しをされているこの状況では嫌でも彼の声に注意を向けてしまう。
「も、申し訳ありません」
今にも消え入りそうな声で謝罪を口にすれば、領主は息を吹きかけるように笑った。
「構わないさ。ところで、随分緊張しているようだがお茶でもいかがかな?」
彼のからかうような口調に腹を立てることも出来ずに、シャルロッテはコクリと頷くだけの返事を返した。さっきから、酷く喉が渇いていた。
領主が立ち上がる気配がして間もなく、複数の足音が廊下から聞こえてきた。人の足音の他にワゴンを押しているような音もすることから、お茶の支度をしに来た使用人たちなのだと推測できる。彼等、もしくは彼女たちは、無言でお茶のポットやカップを淡々と用意しているようだった。ソーサーとカップが触れあう音や、お湯を注ぐ暖かな音だけが部屋に響く。
この部屋で目隠しをされているのは自分だけなのだと感じて、シャルロッテは更に居心地が悪くなった。早く家に帰りたかったが、自分からもう帰りたいなどとは口が裂けても言えなかった。
「ご苦労、下がっていいぞ」
不意に欲しかった言葉をかけられ、シャルロッテは驚いて顔を上げた。しかし、それは自分に向けられた言葉ではなく、お茶の用意を終えた使用人たちにかけられたものだとすぐに分かった。
「自分に言われたと思ったか?」
領主の声は心なしか弾んでいる。勘違いをしたシャルロッテがよほど可笑しかったのだろう。
「……はい。もうそろそろ日暮れの時間です。あまり遅くなると両親が心配しますから」
「早く帰りたい――か。正直だな。だが、お前の為に用意したお茶だ。せめてこれだけは飲んでいきなさい」
早く帰りたい心を見透かされて、シャルロッテは青ざめた。それは不敬に値する行為だ。
「申し訳ありません」
「いや、構わないよ。お前は本当に正直なようだ。見ていて実に心地よい」
「嘘をつくことは、とてもいけないことだと幼い頃から教えられてきました」
ふわりとした風を感じて、シャルロッテはまた領主が隣に座ったことを知った。さっきから彼との距離が奇妙に近いような気がして、どうにも心がざわついていた。領主様ともあろう方が、こんなに気安く庶民の娘に近づいて良いものなのかと不思議に思ったが、それはあえて気にしないように努めた。一度気にしてしまうと、もうそこから思考が動けなくなりそうだった。ただでさえ、甘く掠れたような領主の声に心臓が激しく鳴っているというのに、これ以上自分で火に油を注ぐような真似は出来ない。
「ふむ、それではお茶が飲みづらそうだな」
それ、とはシャルロッテの目隠しのことを指しているのだろう。そう思うならば目隠しを外してくれればよいのにと思ったが、シャルロッテはそれもじっと我慢した。
「こっちを向いて、口を開けてごらん」
そう言われて意味を理解できないほどシャルロッテは愚かな娘ではない。大慌てで首を横に振って頭を下げた。
「とんでもないことでございます。ご領主様にそんなことをさせるわけには参りません!」
「いいから早く口を開けておくれ。だんだん手が疲れてきたよ」
そう言われてしまえば、大人しく口を開けるしかシャルロッテには道はない。声のする方へと顔を向け、震える唇を何とかこじ開けると温かいカップがそこに触れた。少し熱めのお茶が口内へと流し込まれると、シャルロッテはそれをゆっくりと嚥下した。
頬が熱いのは、蒸気のせい。ため息が漏れるのは、お茶が美味しかったせい。そう自分に言い訳をしてみたが、領主はそうは取ってはくれなかったようだ。
「初々しくて、可愛いな。そう言えばお前の名前をまだ聞いていなかったね」
「シャルロッテと、申します」
「シャルロッテ、お茶のお代わりは?」
「いいえ。もう――」
「お代わりは?」
有無を言わさない問いかけ。答えは一つしかないのだと知って、シャルロッテは小さな声で「はい」と彼の望む答えを返した。
「顔を上げなさい。お茶がこぼれてしまうよ」
領主の指がシャルロッテの顎にかかった。男性の割には繊細な指の感触を感じて、シャルロッテは驚いた。それは、羽ペンと羊皮紙にしか縁のない貴族の指だった。
「さっきよりも熱く感じるかもしれないな」
独り言を呟くような小さな彼の声。シャルロッテは、まだ熱を持ったカップが唇に触れるのを思い、少しだけ身を引いた。しかし、シャルロッテの唇に触れたのは固いカップの淵ではなかった。小さく息を漏らしたのはシャルロッテだったが、それを容易く飲み込んだのは領主だった。突然触れた柔らかい感触に驚いて、シャルロッテが思わず見えないはずの目を大きく見開くと、領主があっけないほど簡単に離れて行った。
「ところで、私に聞きたいことはないかな?」
まるで何も起こらなかったかのような問いかけを受けて、シャルロッテは酷く混乱した。今何が起こったのだろう。それよりも、彼に聞きたいことなどあっただろうか。シャルロッテは上手く言葉が出てこないまま口を開いて領主を見上げるように首を傾けた。
「何もないか? ないならさっきの続きをしようか?」
「あ、あります。あの、どうしてこんな目隠しをしなければならないのでしょうか?」
キスを避ける為に咄嗟に思いついた質問は、恐らく絶対にしてはいけないものだったに違いない。そう気が付いてシャルロッテは慌てて両手で口を塞いだが、飛び出してしまった言葉はもう元には戻らない。
「目隠しをするのは何を防ぐためだと思う? もちろん見せないためだ。見てはいけないものを……ね」
「見てはいけないもの?」
「そうだ」
シャルロッテは分からなかった。ならば、どうして自分を屋敷に招いて直接会って礼を言ったりするのだろうか。
「それなら、どうして私はここにいるんですか?」
「誰かを信用してみたかったんだよ」
「信用? どういうことですか?」
シャルロッテはまるで自分が大馬鹿にでもなったような気持ちになった。さっきから領主の言葉をオウムのように繰り返しているばかりだ。しかし、彼の言葉は謎かけのように複雑でシャルロッテには何一つ理解できなかった。
「私はね、人というものをあまり信用していないんだ。女性は特に。ここ何年かで見合いをしてみて、嫌というほどそれを味わった。損得や打算だらけの付き合いばかり。もう一生結婚などするものかと思ったよ」
彼は女性に対して何か嫌なことでもあったのだろうか。そう考えたが、シャルロッテは何も言わず彼の独白を聞いていた。
「しかし、腐っても私は貴族だ。子孫は残さなければならない。だから、わざと金貨を落とさせた。これは一種の賭けのようなものだ。それを拾った者が正直にここに届けてくるようならば、まだ人は信じるに値する価値があると思えそうだ。実際に拾った者が女性だと聞いて、私は非常に複雑な気持ちになったよ」
領主の手がシャルロッテの目元に触れた。彼はシャルロっての頭の後ろで合わさっている目隠しの結び目を解こうとしているようだ。
「シャルロッテ、お前は実に純粋だ。私はまるで目が覚めたようだったよ。この出会いは、まだ世間にはお前のような者がいることを私に教えてくれた。ありがとう、心から礼を言おう」
「そんな、勿体ないお言葉です」
「最後に私がずっと隠してきた、見てはいけないものの正体を見たくはないかね?」
「え?」
そう囁かれて、シャルロッテの胸が小さく跳ねた。見たい。しかし、見てしまえば何かを失ってしまうような、もう元には戻れないようなそんな危うい気配がする。
「どうする? こんなチャンスはもう二度とないかもしれないぞ」
もう目隠しの結び目は解けている。あとは、領主がその手を退ければシャルロッテの願いは叶うだろう。何て巧みな誘惑なのだろう。シャルロッテは苦しいため息をひとつ吐いた。
「見せてください」
ハラリとビロードの目隠しが落ちた。この客間に通されてすぐにつけられた不自由な相棒。シャルロッテはゆっくりと目を開けた。しばらくぶりの光は、目に刺さるように眩しく感じられる。やがて部屋の明るさに目が慣れたころ、シャルロッテの目の前で微笑んでいる青年の顔がはっきりと見えるようになった。輝く金の髪に優しそうに弧を描く眉、それとは対象的に鋭く光る切れ長の瞳。
「ご領主様、その瞳は……」
シャルロッテは思わずそう呟いてしまった。よく見ると、領主の瞳は左右で瞳の色が異なっている。左目が鮮やかな青、右目が深い灰の色。そんな瞳を持つ人間をシャルロッテは初めて見た。
「見えたかい? 悪魔の瞳。これが私が秘密にしていた、見てはいけないものだよ」
シャルロッテに近づいて笑う領主の顔は、優しくてとても鋭い。
「ご領主様は、とても多彩な方だったんですね」
「多彩?」
「金色の髪に、青い瞳と灰色の瞳。すごく綺麗です。私なんて目も髪もくすんだ茶色一色だけなのに……」
シャルロッテは領主から目が離せなかった。今まで見たことのないような配色がとても綺麗で、呆けたようにいつまでも飽くことなく眺めていた。手を触れたいと思った時には、シャルロッテの手は無意識に領主の金色の絹糸のような髪に伸びていた。領主はそれをやんわりと遮って笑う。
「気に入ってもらえて良かった。ただ、髪に触れるのは勘弁してくれ、これでもセットには時間がかかるのでね」
「も、申し訳ありません!」
自分がいかに無礼なことをしてしまったのかに気が付いて、シャルロッテは慌てて低頭した。しかし、領主はそれを咎めることもせずに鋭い瞳を細めた。そうすると、左右の青と灰の色が別々の色に輝いた。
「気にしなくていい。それより、今日はもう遅くなってしまったな。今夜はここで休みなさい」
「いいえ、そんなご迷惑をかけるわけには参りません」
「いいからそうしなさい」
笑顔で異論を許さない領主はそのまま立ち上がると、部屋に備え付けられている紐を引っ張った。すると、すぐに召使が部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。シャルロッテが便利な紐だと感心していると、領主はくるりと振り返ってとんでもない言葉を吐いた。
「これからは、ここがシャルロッテの家になるのだから遠慮は要らない。明日私と結婚式を挙げよう」
「今、何て仰いました?」
「今夜中にシャルロッテの両親の許可を得るから、執事にでも家の場所を教えておいてくれたまえ」
「あの、何のお話をしているのでしょう?」
「式はシンプルなものがいいな。あまりたくさんの人々が集まるのは好きではないんだ。心配せずとも、花嫁のドレスは大急ぎで間に合わせるから安心してくれ」
「話がさっぱり見えないのですが……」
「私は君を愛してしまったんだ。きっと幸せにするから、明日結婚しよう」
何気ない素振りでとんでもないことを囁いてから、彼はシャルロッテの返事も聞かずに、とても上機嫌で部屋を出て行った。後に残されたシャルロッテは呆然としたまま、いつまでもその場に立ち尽くしていた。
「夢、なのかな?」
しかし、次の日が来てもこの奇妙な夢は覚めることはなかった。教会の鐘が鳴り響き、式の始まりを告げる頃になってから、とうとうシャルロッテは観念した。自分でも気が付いてしまったのだ。見てはいけない秘密を抱えた、この強引で奇妙な領主のことをとても好いていることに。
真っ白な花嫁衣装に身を包み、彼の元へとゆっくりと歩んで行くのは、世界で何よりの幸福に感じた。彼の繊細な指がベールを上げる。シャルロッテが領主を見上げると、彼の鋭い瞳と目があった。彼もまた同じようにシャルロッテを見ていた。
「綺麗だよ」
この低く掠れる声も好きだとシャルロッテは思った。
「君となら、幸せになれる気がする」
「私もです」
領主がシャルロッテの頬に手を添えた。シャルロッテも彼の頭を引き寄せる。その途端、彼の頭から金色の髪の束がズルリと零れ落ちた。
「あぁ、貴方は一体いくつ見てはいけないけない秘密を抱えているのですか?」
彼のカツラを握りしめながら、シャルロッテは微笑んで彼の唇にキスをした。
読んでくださってありがとうございました。