「雪月花」
和っ子、過去編です。
シリアス。
雪が降る。ただ静かに。それはすべての音や物を覆い隠すように、しんしんと天から降り続いていた。
白く覆われた大地にぽっかりと、夥しい赫が、花のように広がっている。
その花の中心に、僕と父がぽつりと座り込んでいた。
噎せ返る鉄錆の臭いの中、横たわる彼の濡羽色の髪が色を無くした肌にかかり、異様なまでに鮮烈なコントラストを呈していた。
「……父さま」
敵との戦闘で見失った父を漸く見つけたが、その時には既に手の施しようがない状態で、僕の膝の上に頭をもたせかけ浅い呼吸を繰り返す父を、ただ見下ろすしかなかった。
父はひたすら任務に忠実であった。里の中では一、二を争うほどの凄腕の忍の、あっけない結末。
俯いた少年の頬に、さらりと純白の髪が落ちる。少女のような華奢な容姿は、とても頼りなげに見えたが、父を見下ろす緋色の瞳に涙は浮かんでいない。そんな感傷に浸るような優しい感情は、疾うに捨ててしまったかのように。
狗牙の一族は、十歳から任務に就くことと決められている。
密偵から主の護衛、暗殺まで、危険を伴うものばかりだが、そこに年齢による温情などない。
任務に就くことは、この里に生まれ落ちたその瞬間に「決められている」のだ。それ以外の生きかたを許さず、背けば内部からの粛清は免れない。
一族の者は、儚い名を与えられ、ただ使命の為に生き、そして死ぬ。
この二年で、同い年の同志を何人も失った。彼らを直接看取ったことも幾度となくある。
感覚の麻痺というのは恐ろしいもので「またか」、「あの人もか」と、命の尊さというものがわからなくなっている自分がいた。
父と子の情など、あってなかったようなもののように思うが、それでも肉親の、死へ向かう姿さえすんなりと許容してしまい、恐れさえしない僕は“普通の人”から見ると、異質すぎるだろう。そう、いまこの瞬間も、どんな言葉をかければいいかすらわからないのだから。
無意識に、父の頬を手でそっと包んでみる。……温かい。
僕の手の感触に気付いたのか、うっすらと開いた目蓋から青翠色の瞳が覗く。
何かを探すように彷徨った後、未だ強さと孤高さを秘めた彼の目が、僕へと焦点を合わせる。
漆黒の髪に、一族特有の瞳の色がよく映える。すらりとした上背と容姿が相俟り、美しいと評判の青年だった。
彼の目には二十代とは思えない、この世の何もかもを見てきたような深い光が宿っていた。
「良いな椿。ただ使命のみに生きよ……」
不意に、きつく手を握られ絞り出された声が、まるで呪縛のように僕の心を絡め取る。言葉が、魂の奥深いところに刻まれるような衝撃を受けた感覚に襲われる。
僕を掴む強い力に瞠目しながら、やがてコクリと頷いて彼の想いに応えると、父は安心したのか、深いため息をついて、遠い記憶を求めるかのように目を閉じた。
「……六花……」
唇だけがその音を紡いだ。遥か昔に失くしてしまった、愛しい者の名を。
困ったような、それでいて恥ずかしそうに微笑んでいる彼女の姿が目蓋の裏に浮かび、思わず声をかけ、はにかんで淡く微笑む。
「六花、君に逢いにゆくよ」と。
……雪は降り積もる。すべてを覆い隠すように。
父にも、僕にも、世界にも。
曇天の空を見上げた眦にひとつ、雪が落ちる。
雪は肌の温かさを受けて、澄んだ雫に変わり、頬を流れた。
≪END≫
椿過去編。
年齢は十二歳。
ちなみに六花は、母親の名前。
父親は十代半ばで椿さん生まれておりました。ヤンパパ!
BGM...「あなたの名前」 柴田淳




