第七話 合鍵
ドアノブの感触が、少し違った。
帰宅した夜、鍵を差し込もうとして気づく。
鍵穴に、うっすら擦れた跡。
気のせいかもしれない。
部屋の中は変わっていない。
机も、本棚も、椅子も、
壁際に置いた観葉植物も。
でも、空気が少しだけ温かい。
翌朝、テーブルの上にマグカップがあった。
昨日は使っていない。
洗ったはずだ。
触れると、ぬるい。
「……気のせい」
自分に言い聞かせる。
その夜、帰宅するとポストに紙が入っていた。
白いメモ用紙。
“入りにくそうだったから、整えておいたよ”
差出人はない。
背中がざわつく。
部屋に入る。
カーテンがきれいにまとめられている。
本が背の順に並び替えられている。
ソファが、中央から壁際へ寄せられている。
まるで、
“正しい位置”に。
スマホが震える。
“内部配置が最適化されました”
あの通知。
震える手で、ドアを確認する。
チェーンはかかっている。
窓も閉まっている。
鍵も、自分のものしかない。
はずだった。
玄関の小さなトレイに、
見覚えのない鍵が置いてある。
同じ形。
同じ傷。
同じ色。
裏側に、細く刻まれている。
“内側用”
呼吸が浅くなる。
背後で、床がわずかに軋む。
振り向く。
誰もいない。
でも、壁にかかった鏡の中で、
私の立ち位置が、
部屋の中央から、
ほんの少しだけ外へ寄っている。
そして、ソファの中央に、
誰かが座っている余白だけが、
きれいに残されていた。




