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星の無い夜空の下で

 久間川くまがわレイジは高尾の山頂近くの岩に腰を下ろし、夜明けを待っていた。

 

 標高約3000m。気温はマイナス15℃。しばらく伸ばしっぱなしの髭を揺らすかすかな風を感じながら、彼は片手に持ったステンレスマグを傾けた。

 中には乾燥させた深黒茸ディープキノコと長期山中行動中に不足しがちなサプリメントを混ぜ合わせた粉末を溶かした熱くドス黒い液体が満たされていた。

 甘く香ばしい匂いと舌を焼く心地良い苦み。微細な氷の針で肌を刺すような凍てついた空気以上に、意識を芯まで冴えさせる。

 レイジにこれを飲まされた者はおおむね似たような反応をみせる。

 

 ――なにこれ……なんなの?

 ――ウッ!? ヴォオッエ!

 ――解毒剤をよこせ。

 ――訴えるぞ。

 

 レイジ自身はこの暗黒キノコ汁を、厳選した豆を使い一流のバリスタが淹れたコーヒーにも匹敵するどこにだしても恥ずかしくない逸品だと考え、常に誰かに飲ませる機会をうかがっている。絶対美味い。

 

 宙に視線を上げれば、紫紺の夜空には星が一つも無い。

 星が見えない、出ていないのではなくそもそも存在しない。

 代わりに峰々を妖しく照らすのは地上うえの10倍以上の巨大さに見える蒼白い月。

 通年変わらない軌道上を辿り、はるか彼方の山陰に没しようとしている。


 ここが地球上の高山ではなく洞窟ケイブ型迷宮「タカオダンジョン」の深層デプスであることを物語る光景。


 巨大な月が稜線の向こうへ沈みゆくにつれて、月を追い立て夜を蝕む曙光が宙空の魔素エーテルの揺らぎと干渉し、オーロラめいた輝きを生み出した。淡く壮麗な光のうねりが雲間を龍のようにのたうち、やがて霧散する。

 レイジの熊のような巨体と髭面は、この異様な山岳地帯の払暁によく馴染んでいた。

 

 レイジが座った岩の隣にはダンジョン内の通信網、ASCOMネットワークを担う機材が設置されていた。

 小型ながら周辺の魔素を吸収して駆動する六角柱型の筐体ノードは、表面の環境追随迷彩機能に加えて彼が昨夜入念にカモフラージュを施したおかげで凍てついた岩の一部にしか見えない。


 彼は手袋をはめたままハンドヘルド型の解析端末を取り出し、ネットワークステータスを確認した。

 通信帯域は極めて安定している。ノードは周辺魔素深度に完全に馴染み、正常稼働していた。近隣の通信圏内ノードとの接続状態も良好。

 これなら中層のネットワーク安定域と同様にリアルタイムでの動画送信も可能だろう。


 レイジは満足げに頷き、キノコーヒーを啜り携帯食料を齧りながらノードテスターのログを流し見する。

 その安定したログの中に現れ続ける特徴的なノイズパターンを見てレイジは首をかしげる。


(またこれか。見かける頻度が上がってないか?)


 ダンジョンの研究・管理を管轄する日本異常構造研究機構(JASRO)の通信インフラ担当者は以前のレイジの問い合わせに対して

「誤差の範囲内ですね」「深層特有の干渉ノイズ」「よくあること」と軽い返答だった。

 だがレイジの経験と勘はこれを「単なるノイズではない」と告げている。

 ノイズ発生方向とおぼしき遥か彼方を目をすがめて眺める。そこには常人の肉眼では見えない魔素の揺らぎが、脈打つような一定のパターンで発生し――そして消えた。

 

(ただの自然現象にしては整いすぎているが……)

  レイジはマグの残りを一気に飲み干すと、それ以上考えることをいったんやめた。

 異常な現象であることは確かだが、通信機能そのものに問題はない。

 帰社後に同僚にログを押し付ければ良い。

 

「……美味い」

 ここでの担当業務は完了した。

 レイジは手早くアサルトパックにサーモボトルとマグを仕舞いピッケルを手に取ると下山を開始した。

 

  

 正午を数時間過ぎた頃、レイジは山の麓、深層と中層の境界に設営した彼個人の一時ベースサイトに辿り着き――

 テントに向かうレイジの足が止まった。


 音でもなく匂いでもないかすかな異変。

 深層に至るダンジョン探索者ダイバーであれば当然察知するもの。

 

 装備と復路の備蓄食料を保管しているテントの中に生物の気配がした。

 

(……まさか豚鬼オークの斥候か?いや……)

 脳裏にこの周辺に棲息する他のモンスターを思い浮かべる。

 厄介な闇猫ガートスか、忌々しい鎌狐ファルクスか、今ちょうど面倒な時期の猪獣カプロスか……?

 レイジは物音をたてないよう、なめらかに背中のアサルトパックをおろす。身に着けた高耐久シェルジャケットとグローブの状態を確認し、警戒しながらジッパーが半開きになったドアパネルから慎重にテントの中をそっと覗く。


 レイジは呼吸を止め大きく目を見張った。

 

 テントの内部では眼鏡をかけた若い女が、食料保存用ボックスに覆いかぶさるようにしてレーションブロックと乾燥肉をガツガツボリボリと猛烈な勢いで貪り食っていた。

 

「んぅ……ぴぎッ!?」

 

 レイジが固まったのと同じタイミングで顔を上げた女とレイジの目が合った。

 彼女は口の周りに乾燥肉の屑をつけ両手でレーションを握りしめたままレイジの姿に驚き、油断しているときに人間と遭遇した間抜けな野生動物のように硬直していた。知性が欠片も感じられない顔をしている。

 

「おい。おまえ……」

 どうにか気を取り直したレイジが低い声で問いかけようとすると、女はゆっ……くりと未練がましく両手の食べかけの食料をフードボックスに戻した。戻すな。

 そしてそのたぬきっぽい愛嬌のある面差しに、まるで世界が終わったかのような絶望的な表情を浮かべて項垂れた。

 

(私はもうだめです……)

 声にならない極度の絶望と諦念が混じった呻き。

 

「なんだ、こいつ……」

 レイジは高山に登って感じるのとは別種の頭痛を覚えた。

 深層の危険生物を巧みに避け、高濃度魔素の引き起こす異常に耐えてきた肉体を持つタフな山男はただ困惑した。




 レイジは相手が少なくとも自分を食い殺そうとする愉快なはらぺこモンスターではなかったことに安堵しつつ、虚脱状態の女を抱え上げて運搬しテント前のポータブルチェアに座らせた。

 手際よくバーナーで湯を沸かし『キノコーヒー』を注いだマグカップを手渡す。

「とりあえず落ち着け。これを飲め」


 虚ろな目で差し出された甘い香りの熱い液体を受け取り、一口啜った女は

「……オブゥ!?ブッハァッ!? ガハッ、ゴホッ! 毒!? これ毒ですよね!?」

 と激しく悶絶し――緊張が解けたようだった。

 うー、ぺっぺっと唾を吐き口を拭う女をレイジは冷ややかに見おろしながら

(こいつもこの味がわからん奴か。哀れな……)

 と口元を歪めた。


 レイジは食べかけで戻された残飯レーションをあらためて女に手渡し、その巨体があまり威圧感を与えないように数歩下がって立ち、腕を組んだ。彼は体格差を利用して何かを迫るような手合いを軽蔑する質の男だった。


「俺は久間川レイジ。FENSという通信会社の作業員だ。おまえ、名前と所属は? なんで俺の飯を食ったり戻したりしていた?」

「……田沖たおきアメリです。武蔵野魔導大学の……ゼミのフィールドワーク中にモンスターに遭遇して、チームとはぐれてしまって、大事なごはんと端末の入ったバッグも落として何日も何も食べてなくて……水は小川があったので……」

 涙目で両手に持ったレーションを交互にガジガジと齧るアメリに、レイジは呆れた。


「基本的に川を下れば中層の入り口に向かうだろうが。なんで逆に登ってこんな深層近くまで来てるんだ」

「え? 魔素の流れを追えば、気圧の低い方(地上)に行けるかなって……」

「逆だ、馬鹿。流れを追ったら濃い深層に辿り着くに決まってるだろ」

「そんな……そうでした。私はばかです……」


 再び項垂れるアメリを見てレイジは溜息をついた。素人かこいつは。

 このレベルの素人がよく中層とはいえ深層に近い領域で死なずにいられたなと呆れ、強運に感心する。

 どうやら遭難する才能には恵まれているようだな。厄介なやつ。

 アメリは渋面になったレイジをおそるおそる伺うように、上目遣いでもごもごと口を動かした。


「それで、あの、ですね……あの、私おなかが減っていてそれで、全然悪気とか盗んでやろうとかそういうのではなくてですね……でも結果的になんというか食べてしまったというかたまたま胃にはいってしまったというか」


 いったい今度は何を言い出すんだコイツは、といううんざりした視線で見おろすレイジにアメリは必死になって早口で言いつのった。


「ぜんぶ、ちゃんと弁償します!するので!どうか、通報は……ご容赦いただけるとたいへんありがとうございます……もし警察で罪に問われた場合……」

「どうなる?」

「私、ダンジョン探索者ダイバーライセンスの一時停止とか最悪剥奪とかになるかも?しれなくてですね、そのアカデミックライセンスって再取得がなかなかきびし……」

「……俺はこの程度の事をいちいち通報するほど暇じゃない」

 ゴリゴリと頭を掻きながらレイジは答えた。


「食料を食い荒らしてたのは……まあ緊急避難だろう。しかたがない。中層入り口までは連れていく」

「うわあ、ほんとうですか!やったぁ!ありがとうございます!救助までしていただけるなんて……!勝手についていくつもりでしたけどほんとうに感謝します!」

「勝手に?……まあいいが。先に言っておくが費用を請求するつもりはない。元々これから戻る予定だったからな」

「な……聖人なんですか!? 貴方は高尾を守護しておられるので!?」

「やめろ、鬱陶しい」


 レイジは感激してジリジリとにじり寄ってくるアメリを心底嫌そうに大きな手で押し戻した。

 この時間から中層入り口への帰還を開始すると、途中からすぐに夜の行軍を余儀なくされる。中層とはいえ深層付近の夜間移動はリスクが高い。自分だけならともかく、このどんくさそうな素人を連れ歩くなど面倒が多すぎる。レイジはそのままベースサイトでもう一晩過ごすことを決めた。


「今日はここで寝る。明日の朝、出発だ」

「はい! 聖人様!」

「次にその呼び方をしたら放り出すぞ」

 アメリを放置しレイジは業務用の通信端末を取り出した。

 面倒だが遭難者の救助報告と山頂のASCOMノード設置作業が完了したことをJASRO(うえ)に報告しないわけにもいかない。

 だが端末の画面に表示されたのは「NETWORK ERROR」の表示だった。


「……なんだ?」  

 眉をひそめ、レイジは端末をトントンと叩く。

 ここは深層との境界とはいえ昨夜開通させたノードが生きているはずのネットワーク圏内だ。圏外などありえない。  

 脳裏に、あの山頂で見た微細なノイズがフラッシュバックした。

(あの揺らぎのせいなのか?)  

 レイジは不吉な予感を覚えながら端末の再起動を試みた。

 画面には依然として、断絶を示すエラーコードが表示され続けていた。


 日没前、レイジはキャンプシートとインフレーターマットを広げるとモンスター用の忌避剤を雑に振りまき、アサルトパックを枕代わりに適当な大木の根元に腰を下ろした。

 積雪もなく、氷点下にもならない中層の森林丘陵地。ここ一週間を極寒の環境で過ごしてきたレイジにとって、気温10度の森は社宅のベッドも同然に快適な環境だった。ツェルトすら張らない。もはやただの熊である。


「久間川さん?本当に外で寝るんですか!? 死にますよ!」

「ひとりじゃないと落ち着かないんだよ。いいから寝とけ、学生」


 翌朝。レイジは夜明けと共に起床し、朝食を用意した。

 コッヘルに水と乾燥肉、岩芋のペーストを放り込みバーナーで加熱する。

 あらかじめ混ぜて持ち込んだ塩胡椒をざっと振りかける。

 深層で育った岩芋は高濃度魔素環境で熟成されることで、地上の高級バターをも凌駕するドロドロと濃厚な油脂分と糖分を湛えている。立ち上る香ばしい匂いが、冷えた朝の空気に広がった。


「おい。起きろ。メシだ」

 テントのジッパーを断りもなく無造作に開け、シュラフの中で幸せに丸まっていたアメリを容赦なく叩き起こす。

 彼はダンジョン内においてデリカシーというものを重視しない。

 もちろんダンジョン外でも重視しない。


「はひ……あ、久間川さん。おはようございます……。わあ、なんですか、この凄くいい匂いは」

 モゾモゾと活きの悪い幼虫のように身じろぎする寝ぼけ眼のアメリの前に、レイジはかぐわしいキノコーヒーを突きつけた。


「まずこれを飲め」

「うっ、これは昨日の毒汁……」

「まずこれを飲め」

「……いただきます」


 アメリは覚悟を決めて一口啜り、経験済みのえげつないテイストに

「んッぎぃッ!」と白目を剥いて悶絶した。

 レイジは次いでドロリと熱いポタージュを注いだマグを渡した。


「熟成させた岩芋のポタージュだ。カロリーは保証する」

「保証されるのはカロリーだけなんですね……味はどうかなあ……」

 アメリが恐る恐る一口を口に運ぶと、その表情が変わった。

 目を丸くして驚く。


「……うわ! なんですかこれ、なんですかこれ!すっごく美味しいです! 甘くてトロトロで……さっきの毒の泥水とぜんぜんちがう!お金とれますよこれ!」

「岩芋を深層でじっくり寝かせたものだ。さっさと食え。食ったら撤収を始める」

「はい! 久間川さん、やっぱり貴方は聖…仏様です! 功徳がすごいです!」


 その後アメリはレイジの作業を手伝おうと頑張ったが、テントの畳み方もろくに分からずペグを抜こうとして尻餅をつき土にまみれ、見慣れないキャンプギアを見てはいちいち「これはなんです?」「何に使うんですか?」「これはペグですね知ってます当然ですよ」と興味をもっては邪魔をする始末。借りてきたたぬきよりも役に立たない。レイジは無言で彼女を脇にどけ、適当な場所に「安置」すると迅速な手際でベースサイトを更地に戻した。


 その日の行軍も半ばを過ぎ、中層特有の蒼みを帯びた深い森の境界へと差し掛かった時のことだった。

 不意に茂みが揺れ、文字通りの出会い頭で彼らは出会った。


 中層の暴れん坊、猪獣カプロス。  

 そそり立つ立派な牙と割れた蹄で、目障りな人間どもを蹴散らし蹂躙する筋肉の塊。

 現れたのは一体ではなかった。

 黒鉄のように硬質化した剛毛で全身を覆われた全長3メートルに達する親。そしてその足元には、特徴的な模様を持つ1メートルほどの子が寄り添っていた。  


「!?」    


 レイジと猪、互いの視線が交錯した瞬間、両者は同様に驚愕した。

 子連れで気が立っている親猪は、即座に目を剥き地面を硬い蹄で蹴りつけて威嚇の咆哮を上げた。    

 保護者同伴か――このサイズなら()()()か。

 レイジは瞬時に判断を下し、睨み合いながら間合いをとる。


「学生、動くなよ」

 短く告げると同時に、レイジは傍らにあった太い樹の枝に向け、アメリの襟首と腰のベルトを掴んで強引に放り投げた。


「いぎゃ!?」

 アメリが高い位置にある太枝に引っかかったのを確認するや否や、レイジは背中から重いバックパックを地面に落とし、ウエストバッグに手を突っ込む。

 取り出したのは登攀用ギア兼・対モンスター用近接格闘装備『ベアバスター』

 レイジはその無骨なガントレットグローブに指に素早く滑り込ませ、拳を握る。登攀用の爪が引きこまれ、拳頭がガチリと音を立て鋼の装甲で覆われた。

 レイジは低く唸るような声で猪に声をかけた。


「子連れか。お互い大変だな」    

 レイジが両拳を目の前にゆったりと構え、猪に正対した。  

 猛々しく蹄で地を踏み鳴らし、泥を撥ね飛ばしながら猪が突進してくる。

 回避も防御の姿勢も取らず、レイジはただ大きく腕を振りかぶり、真っ直ぐに右の拳を突き出した。    

 握り込まれた拳に、地面を踏みしめる脚に、太く血管の浮き上がった全身の荒縄のような筋肉に魔素エーテルが高速で巡りレイジの筋骨の強度が爆発的に増す。

 アメリの魔素を可視化する眼鏡越しの視界には、レイジの全身に纏わりつく蒼い陽炎のような揺らめきが見えていた。

 砲弾のような拳が、突進してくる猪の額に真正面から叩き込まれる。

 ゴォン!と梵鐘を撞木で突くような轟音が鈍く響く。

 レイジの足元で地面が登山靴の形に沿って陥没し、猪の巨体が一瞬その場で浮きあがり硬直した。

 軽トラック並みの突進の慣性が、レイジの殴打によって完全に「静止」させられたのだ。  

 衝撃で意識が混濁したのか、ふらつく猪の頭をレイジは大きな手でポンと軽く叩いた。


「悪かったな」  

 労わるように呟き、レイジが一歩退く。    

 親猪は目前の怪物に殺意がないことを本能で悟ったのか、あるいはその圧倒的な暴力に戦意を喪失したのか、震えるように小さく鳴くと背後に不安げに隠れていた我が子を連れて森の奥へと去っていった。    

 茂みをガサガサと揺らしながら消えた獣たちを見送ったレイジは、グローブの埃を払いバックパックを担ぎなおすとアメリに降りてくるように手で促した。  

 枝にコアラ初心者の様にぶざまにしがみついていたアメリは、目の前の「聖人」が猛獣を狩らずに言葉を交わすようにして去らせた光景に言葉を失っていた。


「すごい!今、何したんですか!?どうなってるんですかその手!うわ大きい!車くらいありますね!」くるま?

 興奮して問い詰めるアメリを「ちょっと小突いただけだ」と邪険にあしらうレイジ。


「ふへぇ……いつもああやってモンスターを狩ってるんですね」

「狩らないよ。俺はハンターじゃない。なるべく避ける。絡まれたらお引き取り願うが俺からは絡まん」

「ええ?ダイバーの人たちってモンスターをばんばん狩るのが仕事だと思ってました」

「そういうやつが多いというだけだ。俺の仕事は違う」

「いろいろあるんですねえ」

「いろいろあるんだ」

 

 道中でもう一泊を要したが、レイジのスタイルは変わらなかった。

 終始うるさいアメリをテントに押し込み、自身は焚き火の傍らで昨晩と同様に片目を開けて眠った。

 翌朝、出発前にレイジは75リットルのメインパックから35リットルのアサルトパックを分離しアメリの前に置いた。わー。こうなってるんだー。すごーいと感心する緊張感のない遭難者に向かって無慈悲に告げる。


「昨日よりは体力が戻ったな。こっちの方ならいけるだろう。持て」

「は、はい! お任せ……って、いやこれ、けっこう重……!」

「持たんと通報するぞ。飯泥棒」

「持たせていただきます!……うぎぎ!んあーっ!」

「よし、行けるな?」

「む、無理……」

「行くぞ」


 レイジはどうにかアサルトパックを背負って頼りなくフラつくアメリを後ろからグローブの様に大きな手で支え、押しながら強引に歩かせ始めた。


「うぐぅ……久間川さん、肩が取れそうです……!あっ!重心が!あぁーっ!」

「これを食って頑張れ」

 レイジはすぐに弱音を吐くアメリの口に、無造作に行動食のチョコバーを包装ごとねじ込んだ。


「むぐっ!? ……ンンー!ンォー!」

「急がなくていい、膝を使え膝を。ふむ。ストックが要るか……」

 地図も見ず、地形と記憶だけを頼りに初心者がギリギリ耐えられる最短ルートを選ぶレイジ。

 アメリにとっては死ぬ思いの強行軍だったが、レイジにとっては朝の散歩のようなペースだった。


 最終的に両方のバックパックを背負い、限界を迎え力尽きたアメリを小脇に抱えてレイジはタカオダンジョン中層入り口――。

 セントラルステーションへ辿り着いた。


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