0091 海軍とは
レイド・サム公国海軍は、元来大艦巨砲主義であるが、航空主兵主義についても、かなり歪な、より率直に言うと苦しい葛藤に満ちた思想に基づいて組織されていた。
大艦巨砲主義の申し子たる大型戦艦、年内には竣工して、慣熟訓練を終える6万トン級戦艦「さらと」は、当初主砲は46センチ砲3連装3基9門が予定されていたが、そうした場合、船体の36%程度しか重装甲で守れず、長い艦首が無防備状態になる事から、「防御面に大きな難あり」として没にされていた。
仕方が無く、主砲は40.6センチ砲、4万トン級の「まびと」級戦艦と同じレベルまで下げて、主要装甲部分を53%にまで向上させていた。
これは「空母」についても同じであった。防御面に難のある無防備な飛行甲板について、散々議論が為されていたが、意外な形でこの議論は幕を下ろしていた。海軍航空隊本部より、この様な見解が示されたからだ。
「例え100機積める空母を造られても、載せられる航空機や搭乗員を用意する事は難しい、否、出来ない」
この見解により、搭載機数を減らしてでも防御面を強化するべし、とする結論が示されていた。聯合艦隊が6隻保有する大型空母の平均搭載機数は65機。その代わり、全ての空母の飛行甲板には、ソメリト合衆国の一般的な爆撃機の搭載している爆弾を受けても耐えられる装甲が張り巡らされていた。
更に、水上戦姫部隊の存在と、無線技術の向上、そしてレーダー、電探技術の進歩は、水雷科の存在意義たる接近しての魚雷攻撃を銃剣突撃と同じ自殺行為にしてしまっていた。特に「的」がデカくて積んでいる大砲も大きい「重巡洋艦」にまで、凶悪な爆発物である魚雷を積み込むのは、水雷科の傲慢を示す代物であり、「軍艦という軍艦は俺のもの」と言う支配欲をまき散らす行為であった。
巡洋艦からは撤去されたが、駆逐艦には残されている。それも、暫くすれば下ろされると、誰もが思っていた。
対する、ソメリト合衆国大海洋艦隊の建艦思想は、同じ様に「防御」を基礎・基本として、「人的資源」の保護を最優先に考えられていた。レイド・サム公国海軍よりも、それは極端に軍艦に現れていた。特に力を入れていたのが、ダメージ・コントロール、危機管理能力である。砲撃・爆撃・雷撃を受けるのを前提にした上で、そこから如何にして復旧するかを考え抜かれたマニュアルとシステムが出来上がっていた。軍艦である以上、戦場にて被弾するのは、更に言うと沈むのは充分有り得る状況である。この世には、不沈戦艦も不沈空母も無いのだ。浮かぶ物は何時か沈む。
グレイス諸島のダイヤモンド湾より先に避難したのは、10隻の旧式戦艦群であった。その中で、一番最後に出港したのは、4万トン級戦艦「アステア」であった。古い戦艦ではあるが、36.8センチ砲3連装4基12門と言う火力は、何かと役に立つと思われていた。
5隻の空母は、最後まで準備に手間取っていた。艦載機の積み込みと、航空用燃料等の補給物資の積み込みで、かなり時間が食われていた。ただでさえ、キリト国より「同盟軍」がソメリト合衆国本土を攻め込んでいる今、レイド・サム公国海軍を牽制する抑止力として、大海洋にてその威力を示さなければならない。艦隊保存主義と言われてしまうかも知れないが、「戦わずして勝つ」のが最高の戦略とあらば、維持と運営に途方もなく金のかかる海軍力を持つ事は悪くは無い。
「アステア」に乗り込んでいた従軍記者であるメリー・マステアは、「記者」の腕章をつけていたが、出港している間のゴタゴタした艦内にて取材する程の無思慮な真似はしなかった。暫くは、黙って部屋にいた方が良い。メリーは、艦内の足音やかけ声が落ち着いてきた時に、そろそろ頃合いだと思って、艦橋に行きたいと担当の水兵に頼んでみた。
「まだ出港したばかりだぞ。敵なんていない」
それに対して、メリーが何か反論しようとした時、突然艦内放送にて旗艦からの報告が出る。
「ダイヤモンド湾がレイド・サム公国海軍の空襲を受けている。これは訓練では無い。繰り返す。これは訓練では無い」
それを聞いて、水兵はメリーに言う。
「生きていたければ、此処に居ろ。ここは頑丈な部分だから、爆弾の1発や2発では死なない」
じゃあ、魚雷なら? と問い直す余裕は、メリーには無かった。
2波に分かれた聯合艦隊第1航空艦隊の艦載機の総数は、戦闘機110機、爆撃機98機、雷撃機88機。誘導の為に先頭を飛んだのは、無線機を背負った水上戦姫部隊の戦姫である。引っ込み脚の逆ガルの主翼に、20ミリ機銃を積み込んだ99式戦闘機が、制空権を完全に掌握すると、爆撃機や雷撃機は、今この状況では「的」同然の大型空母5隻に、250キロ爆弾や航空魚雷を投下するべく突っ込んでいった。
「アステア」を含む10隻の旧式戦艦群が港に戻ってきた時には、5隻の空母の内、浮力を完全に失って湾内にて着底して廃艦同然の空母が3隻、修理の見込みがありそうだが、飛行甲板に大穴が空いている空母が1隻、1本魚雷を受けただけで、少し傾いている空母が1隻、無惨な姿を晒していた。
メリー・マステアは、カメラを向けて、煙を噴いて尚も炎上中の空母群を撮影する。邪魔する水兵はいなかった。そこまで気が回らなかった。完璧な奇襲である。しかも、失ったのは今後の開戦の主役と言われ始めていた空母である。廃艦同然の3隻はスクラップにするしかない。残る2隻は、どんなに急いで修理しても2ヶ月程度は動けない。
西海洋艦隊から引き抜けないか? いやいや、冗談じゃ無い。キリト国への「同盟軍」の補給線を断ちきる為に、ヴィクター大陸の「同盟軍」艦隊を相手にするのに、1隻だって余裕は無い。当面は稼働空母0のまま、10隻のポンコツ戦艦で、この広い大海洋を戦わなければならない。
ダメージ・コントロール、危機管理能力に幾ら力を込めていたとしても、完全な不意打ちの奇襲を受けたとしたら、そんな事態に対応できやしない。通勤者でごった返した駅で、後ろから背中を突き飛ばされて、線路にて電車に轢かれるのと同じだ。
メリーは、カメラのシャッターを押し続けた。修正を喰らっても構わない。記事が没になっても。否、没になる筈が無い。どんなに箝口令を敷いても、この光景を無かった事には出来ない。こいつは特大スクープだ。
でも。思わずには居られない。でも、私も運が良いのかもしれない。出港する順番が戦艦と空母で逆であったら、あの惨状は戦艦群の身に降りかかっていたのだ。少なくとも、半分は沈んでいたに違いない。
爆弾の1発や2発では、確かに沈まない。そう説明されていたが、目の前に繰り広げられている惨状を見る限り、この世に不沈艦は存在しないと言う事実を示していた。命中した場所によっては、1撃で沈む可能性だってある。
メリー・マステア。後に伝説の従軍記者となる彼女と、旧式戦艦「アステア」が、本格的に活躍するのは、まだまだこれからである。だが、一足先にデビューを飾ったのはメリーの方であった。彼女の撮影したフィルムのネガは、無事祖国に届いて現像されて、デイリー・ステート新聞の一面トップを飾り、「レイド・サム公国海軍 奇襲大成功」「大海洋艦隊司令部 責任を取り総辞任」の文字が躍る新聞が、ソメリト合衆国全土にて売られていた。




