009 とんでもない奴
山之神ゴロク作戦中尉は、ソメリト合衆国大海洋艦隊が完全に撤退したのを確認した上で、レイド・サム首都・大京にある統合作戦本部に足を運んでいた。聖華大陸にて、「とんでもない事態」が発生したのは知っているし、ここまで来る途中、ニュースや報道で嫌と言うほど目にも耳にもしていた。「とんでもない事態」に対処するのに、レイド・サム海軍が単独で立ち回らなければならないのか。だとすれば、それは最悪の事態である。
この「とんでもない事態」について、軍内部にて「使えそうな人材」をかき集めた上で、今後の対策を練る事が決定していた。第一次硫酸島防衛戦に置ける勝利の立役者とされている山之神ゴロク作戦中尉も、その中の一人だ。他にも、「ヘボ詩人」とあだ名がついている牛真田ミテル作戦中尉の姿もある。その中でも、特に異彩を放つのが、この統合作戦本部にて集められた作戦士官の中で紅一点である、北条ノリコ作戦少佐である。見つめられるとキツい三白眼に、今流行っているというツインテールの髪型が劇的に似合っていない、ハッキリ言ってブサイクである。それでもここに顔を、名を連ねているのは、彼女の総合幕僚学校の成績順位に依る。そうそうは居ない筈だ。最難関の総合幕僚学校にて満点合格で卒業した女子生徒なんてのは。
さて、面子は揃った。北条ノリコ作戦少佐は、対策会議の始まりを宣言する。
「この度、聖華大陸にて起きた「とんでもない事態」について、今後我が国が如何なる形で同盟国の権益を守りつつ自国のシーレーンも守っていかなければならないのか。それについて討議したい」
その「とんでもない事態」が発生する直前、旱災港の周辺は緊張こそあれども、まだ偵察や斥候、妨害電波すら飛び交わない、平和な雰囲気が保たれていた。無論、これは聖華大陸の3大軍閥の1つ、「渇」が世界でも3本の指に入る海軍力を持ち合わせている事を含めて、「抑止力」による戦いにて「渇」が勝利している所以である。
聖華大陸の中でも、旱災港は軍港として最大の規模であり、世界的に見ても5本の指に入る巨大な軍都である。軍港だけではなく、隣接する地域に飛行場まで整備しており、そこには大量の戦闘機やヘリコプター、無人偵察機である所謂ドローンも揃っていた。
他の軍閥、「烈」や「黎」にはここまでの海軍力は揃えていない。地政学的にも、海に面していない「黎」は整備したくても整備できない。「渇」海軍は、「聖華星連邦」時代からの海軍拡張期の勢いのままに、強い艦隊を整備していた。
「こちらドルフィン01、ファットボーイズへ。標的を目視で確認。全艦勢揃い、観艦式の如き状況なり。絶好の攻撃日和。繰り返す、絶好の攻撃日和」
「こちらファットボーイズ、ドルフィン01へ。了解した。これより全軍突撃する」
この作戦にソメリト合衆国の空母「ラット・マウス」から飛びだった艦載機は、89機。7万トン級空母の格納庫が殆ど空っぽになる程の数であり、その戦力は小国の空軍よりも巨大な規模だ。弾薬庫の中に収納していた空対艦爆弾やミサイルも全部持ち出しているので、肥満症の少年達並の動きしか現時点では出来ない。
その少年達をエスコートするのが、戦姫部隊である。その姿が初めて歴史に登場したのは、この惑星「テラース」にて文明と呼べる物が発生した頃より存在している。故にこの星では、男女差別と言うのはそこまで深刻な格差問題として扱われておらず、女性側の要求や不満については真剣に耳を向けられていた。
空を飛び、剣や槍でもって戦う戦姫の護衛は90人である。現在、戦力を3手に分けているから、この数字になっているのだが、もし戦力分散の愚を犯さなければ、軍都である旱災省の中心地は瓦礫の山となった筈である。
「こちらファットボーイス00,マザーグースへ。見えた、「聖華」の艦隊が見えた。空母も駆逐艦もウジャウジャ居る。まるで群がった虫みたいだ」
「こちらマザーグース、ファットボーイズ00へ。宜しい、虫を駆除したまえ。殺虫剤がカラになるまでやれ」
異変に気が付いたのは、海軍の方ではなく、海上保安隊の警戒艇であった。分断前よりレイド・サムとの領海問題にて揉めていた頃の名残で、海上保安隊には過剰とも言える装備と人員が投じられていた。
その警戒艇のレーダーが、「戦姫」と思しき影を捉えていた。旱災港にも「渇」の戦姫軍が配置されているので、その存在自体は珍しくは無い。だが、その数が膨大である。1度にこんな数の戦姫が動くとなれば、それは「戦時下」である。
警戒艇の船員達は、アナログな道具で、双眼鏡にてその姿を目にしていた。レーダーに引っかからないステルス戦闘機が、空を埋め尽くしている。その下には、レーダーに捉えにくい低空にて飛んでいる戦姫が見える。これもとんでもない「数」だ。
船員全員が、度肝を抜かれつつ、無線機に叫ぶ。戦争だ。ソメリト合衆国の空母が、やりやがったんだ。早く逃げろ。これから交戦しようにも間に合わない。錨を上げる時間だって無いはずだ。訓練を受けた船員だけでも逃がすんだ。船は後から造れるが、船員は貴重だ。逃げろ。
これは訓練ではない。繰り返す。これは訓練ではない。今から交戦するのは間に合わない。全員地下シェルターに向かえ。生きて復讐戦に備えよ。
ソメリト合衆国の歴史の中で、「完璧」と称される程に成功した「旱災港奇襲」作戦の一撃目は、第一目標である4隻の大型空母に向けられていた。空対艦ミサイルが数十発、無防備と言っても間違いでは無い姿で錨を降ろしている空母に向けられて、全弾命中する。他の大小駆逐艦についても、お目こぼしなど与えられず、港に居た船は次々と爆弾やミサイルの餌食となっていく。
1度爆発が起こる度に、周辺には船だった金属片が、爆弾やミサイルの破片と共に飛び散り、逃げ遅れた水兵の身体を引き裂く。毒々しい炎の中で、世界最高峰の装備と設備が焼かれていく。
軍港の艦隊を狙ったのは、40機であり、残りのF66ステルス戦闘機は飛行場に割り当てられていた。空対地爆弾を搭載量限界まで積み込んだ40機の戦闘機が、順番に爆弾を落としていく。戦闘機、ヘリコプター、連絡機、牽引車、トラック、格納庫、管制塔、兵舎、滑走路、逃げ遅れた人員、全てが爆風・爆炎・爆発の中で燃やし尽くされていった。
90人の「戦姫」は、これを遠目に眺めつつ、他所からの敵の援軍を警戒していた。それと同時に、覚悟もしていた。聖華民族は、未来永劫、ソメリト合衆国を許しはしないだろう。自分達だって同じ様な奇襲を受けたら、国辱として記憶し続けるに違いないのだから。
なんだかんだで、人間が戦争を止めたくても止められない理由は、案外そう言うところに原因があるのかもしれない。どちらにせよ、もう合衆国暦と世界が暦を変えた太平の世は終わりだ。この先はDead or Aliveのウォーゲームの始まりである。
「……この「とんでもない事態」にて、聖華大陸はその海軍力の7割を喪失、空母に至っては全てが新造した方が早い程に破壊された。「烈」の海軍力は彼らの領海を守るのに精一杯で、「渇」の領海やシーレーンまでは守れない。「黎」に至っては何をか言わんやだ。そこで、曲がりなりにも海洋国家たる我が国の海軍を、艦隊が再建できるまであてにさせてほしい。と言う申し出が出されたのだが、どうするかね」
北条ノリコ作戦少佐の言葉に、山之神ゴロク作戦中尉が答える。
「造船所と訓練された船員が無事ならば、船は幾らでも造れるはずです。予算をケチらずに全力投球すれば、空母は兎も角、駆逐艦は一定数揃えられるはずです。なんなら、人手不足の我が海軍に船員として乗り込んでもらっても良いくらいです」
無茶を言うな。この「ゲーム変人」は。
「ゴロク作戦中尉の言う通りです。今後は船という船は河を下る遊覧船だって不足する事態へと突入します。「渇」には申し訳ありませんが、自分の国は自分で守ってもらうしかありません。何なら、我が国の造船所で造ってやるのも良いでしょうが、現時点で我々が出来るのはその程度です」
「ヘボ詩人」も似た様な見解だ。他にも幾つか意見が出た後で、「ブサイク歌姫」と陰口を叩かれている北条ノリコ作戦少佐は断固たる口調で言う。
「我が国の全海軍力を持って、「渇」のシーレーンと領海を守るべきだ。その間に発生した損失は、いずれ「渇」に補償してもらうとして、今現在、東アスラン同盟に加盟を表明している同盟国の危機に際して、「何もしない」と言うのは最悪な選択だ。造船所と船員さえ無事ならと言うが、今はその造船所を守る軍艦さえ「渇」には無い。恩を売るには身銭を切らなければ信頼は得られない」
ゴロク作戦中尉は面白そうな表情を浮かべて、ミテル作戦中尉は興味深そうな顔をして、それ以外の作戦士官は厳しい表情を浮かべて、紅一点でありリーダーの意見を聞く。
「何でも良いから、それこそ機関砲を乗せた釣り船でも良いから、「渇」への救援艦隊を編成して派遣するべきだ。必要経費、発生した損失の補償に至るまで、全部聖華大陸の軍閥に支払う形で良い」
「ブサイク歌姫」は、会議室に居並ぶ作戦士官を見回して言う。
「異論・反論があれば窺う」
「ゲーム変人」と「ヘボ詩人」以外はいきなりキレた。
「そんなギャンブルじゃあるまいに! 無茶苦茶苦です、賛成しかねます!」
「自国のシーレーンを守る為に整備された艦隊をそんな理由で磨り減らすのですか! 冗談ではありませんぞ!」
「もし「渇」を守る為に艦隊が本土を留守にして居る間に市街地に攻撃を受けたら、どう責任をとるつもりですか!」
様々な反応が返るが、「ブサイク歌姫」は、兎に角同僚達が全ての感情を吐き出し終えるまで待った。その上で、今度は「ゲーム変人」と「ヘボ詩人」さえ目を剥くアイデアを言い出す。
「同盟国の陸軍と空軍、それに戦姫軍、機甲軍、巨神軍が、その間の我が国の安全について全責任を負うとの事だ。こちらは虎の子の艦隊を派遣するのだから、そのくらいはやってもらう」
……こいつだけは敵に回さない様にしよう。彼らは全員一致してそう思っていた。確かに、理屈としては正しい。今の所、出来る限りで最高の一手であるのは間違いない。だが、それ故に人の感情を無視する解答になる。そう言う時には、間に立って対立者同士の話を纏めて誤魔化す「狸」が、「政治家」が必要となる。
今のレイド・サムの総理大臣、祖松田ヒトシにそんな器用な芸当が出来るのか。いや、やってもらわないと困る。




