0088(第5章 完) 悲劇の凱旋
凱旋気分にはなれなかった。聯合艦隊はワンサイドゲームで敵を殲滅した。陸軍も良く戦った。だが、肝心の交渉にて、良い条件を引き出す事が出来なかった。
では、もう少し戦争を続けるべきだ。そんな声もあったが、ここまで借りに借りた国債による財政赤字は膨れ上がり続けており、陸軍は深刻な銃弾・砲弾不足に見舞われている。人的資源の損失がそこまで大きくなかったのが唯一の救いであったが、実はこれはロッシナ連邦陸軍も同じであり、部分的な打撃で補充は可能であった。
今は、ギリギリ「判定勝ち」、あるいは「痛み分け」と言える状況である。海軍が皆殺し状態になったロッシナ連邦と、既に財政的に陸軍が戦争を続けられないレイド・サム公国、どちらもここで一旦終了しなければならない。
レイド・サム公国は、賠償金は愚か、「盤土」の領有権すら「聖華大陸の光国に譲るべし」とする条件を提示していた。この戦争で、「補給」の問題が如何に戦局を左右するのかを思い知らされた公国陸軍は、そんな所へ遠征してまで戦争をする事の困難さを知っていた。秋唐半島に関しても、「併合するべし」と言う声があったが、これも見送っていた。「経営しても金にならない」と、「陸軍幕僚司令部」の橘之ナナミ代表が提言したからだ。結局、同半島を独立国として、こちらはせいぜい通商・交流・援助を行う程度ですませるしかない。
遠路遥々、遙か北の「盤土」にまで出張ってきて、命懸けで戦った。だが、得た物は少なかった。到底、凱旋気分になんてなれなかった。後は軍役を全うして、家業を継いで、家族が路頭に迷わない様に働くしか無い。もう自分が徴兵される年齢の間に、次の戦争なんて起こらないだろう。後は、シャバに戻ってどう生きるか、それだけを考えて生きていこう。
でも、それにしたって、この扱いは無いでは無いか。
戦場から戻ってきたレイド・サム公国陸海軍の壮行会は、当初厳かに、噴火前の火山の様に静けさを保っていたが、1人の女の叫びで、あっと言う間に抗議集会になってしまった。
「あんたらの使った税金でウチの家族は死ぬまですき焼きが食えたわ!」
紛う事なき事実。こればっかりは弁解不能である。それを切っ掛けに、「勝利」とは言えない結果に終わった「盤土戦争」と、それを戦った兵隊に対する不満と怒りが爆発していた。
ま、気持ちは分かるけどね。堀本之キリコ戦姫曹長は、胸の内にて呟いていた。人間、何が一番辛いのかというと、「苛税」である。それが福祉に使われているのならば兎も角、戦争に全部突っ込まれたとして、しかも別に得られた物が具体的な形で無いとあらば、頭にくるのは当たり前だ。
苦しい生活の中で、それでもお上に粛々と税金を払い続けて、真面目にやってきたのに、得られた成果は殆ど無し。これでは何の為に「苛税」に耐えてきたのか分からない。この「真面目にやった」と言うのも、不満と怒りの火に油を注いでた。既に壮行会は石こそ投げられなかったが、罵詈雑言の嵐に、寒い土地や海にて戦ってきた公国陸海軍のメンタルをひたすら苛め続けていた。
「無能者」「税金泥棒」「金食い虫」と言った言葉が並べられても、兵隊は勿論、壮行会に参加していた上層部や、政府関係者も、黙ってこれに耐えていた。「戦争には金がかかる」。そして、「「苛税」より酷い仕打ちは無い」。この場にいる全ての軍人、政治家は思い知らされていた。「貧乏」に苛まれて、飢え死にした人間だっているかも知れない中で、これに反論出来る自信のある人間は、この場にはいなかった。
さて、これから如何しましょうか。キリコは思う。これからも、「愛人」、実質上の正室として、海軍の「男」に尽くそうか。でも、それも面白く無さそうだ。もう暫くは軍籍に身を置くか。あの「男」はどうするのだろうか。まぁ言うても「愛人」であるから、何時でも別れてもいい。
堀本之キリコ戦姫曹長は、天を仰ぐ。民の抗議の声を聞きながら、彼女は思う。ロッシナ連邦とて、同じ様に生還者への抗議や批判はあるだろう。国際社会はどう見るだろうか。これからは、あらゆる産業を育てて商いで国を豊かにする重商主義とやらにシフトするつもりらしいが、本当に上手くいくのだろうか。
まぁいい。もう私は充分に公務にて奉公した。あとはせいぜい、適当にやらせてもらう。堀本之キリコは、そう決意して、視線を元に戻す。
最終章へ続く




