0086 未決の「運命」
「この会戦は「盤土戦争」に置ける文字通りの最終決戦である。決して負けてはならない」
「武器・弾薬・食糧は充分にある。特に支援砲撃は、1発残らず撃ち込む覚悟で撃つべし」
「そして、我等の切り札、「機甲部隊」の活躍に期待するべし。これを中心として、他の部隊は支援に動け」
「この日の為に戦ってきたのだ。「運命」に負ける事無く、己の道を切り拓け」
飛鳥乃マツカゼ機甲大佐は、遙か後方の「陸軍幕僚司令部」の橘之ナナミ代表の訓示を読んで、「運命」の一言が引っかかっていた。「運命」、なる程、こいつは厄介な存在だ。死に神の鎌よりも容赦なく、ギロチンよりもアッサリと命を奪う「運命」とやらに逆らう為に、ここまで戦ってきたのだ。
しかし、何でも「運命」の責任にしてしまうと、こちらの思考も感情も、そこで止まってしまう。取り敢えず、この「運命」の件は丁重に無視させていただいて、その前の宣言、「支援砲撃は1発残らず撃ち込む覚悟でやれ」と言うが、何処まで信用していいのか。いや、ここで出し惜しみして、肝心な場面で負けるとあっては、それこそ本末転倒も良い所だ。
やるしかないだろう。新時代の「騎兵隊」こと「機甲部隊」は、「戦力の集中」と「各個撃破」こそが基本戦術である。五〇五高地でも、「揚水」会戦でも、そうして勝ってきたのだ。今後もその基本に忠実に戦わせてもらう。
そう思った直後、レイド・サム公国が遙か後方から輸送してきた野戦重砲が火を噴く。ここにあるのは、公国陸軍の在庫にある全ての大砲と砲弾がかき集められている。1発残らず撃ち込めば、次の補給までは時間がかかる。その間に、海軍がヘルベドット艦隊をどうにかしてくれたら、理想通りの展開となるのだが、果たしてそんなに上手くいくのか。
それこそ、「運命」に勝つか負けるか、だ。そして、勇気無き者、怠慢な者に、「運命」は容赦しない。負けるときは、あっと言う間だ。
……まぁいい。頑張っても駄目な時は駄目だ。マツカゼ機甲大佐は、信号弾を打ち上げる。「全機甲突撃」の合図だ。
ロッシナ連邦陸軍もまた、少ないながらも最新鋭の野戦重砲にて撃ち返して、「全軍突撃」を命じていた。結局、「機甲部隊」に対する戦法なんて、思いつかなかった。「戦姫部隊」も「紅熊騎兵隊」も、「巨神部隊」も、どうにもする事が出来ない。
「盤土」の平原、「辣獄」に轟き渡る砲声の中で、喚声を上げながら、ロッシナ連邦陸軍は突撃する。目の前に居るのは、「戦姫部隊」に上空を護衛されて、その鋼の機体で歩兵部隊を守る、「機甲部隊」である。4個軍対7個軍と言う圧倒的な優勢にもかかわらず、安心できないのはそれが理由であった。
それでも、ロッシナ連邦陸軍は「降伏」しなくても良い、それでいて「負ける」必要も無い、唯一の作戦を採用していた。包囲網からの脱出のみを目標とすれば、これしか方法がない。
「辣獄」の会戦にて負けたとしても、より北方に後退して、戦いなおせば良い。その時には、外国から「戦闘用機甲」を買い取って、こちらも「機甲部隊」を編成すれば良い。こちらはまだまだ戦えるのだ。
「ああ、こう来るかぁ」
飛鳥乃マツカゼ機甲大佐は、思わず呟いてしまう。連中、こちらの包囲態勢に対して、一点突破を図るつもりだ。頭数だけは多いのだから、7個軍で一点突破を行えば、4個軍での包囲網は意外とあっさりと抜けられるのではないか。
しかも、だ。その一点突破、どうも自分の受け持ちの箇所に向かってきているらしい。こいつは参った。こう言う時、如何するべきか。マツカゼ機甲大佐は、色々と悩んだ末に、銃に信号弾を装填して、空に打ち上げる。
「支援砲撃要請」を意味する信号弾であった。
ロッシナ連邦陸軍の思惑は、レイド・サム公国陸軍の作戦班も知る所になる。7個軍での一点突破、充分に可能だ。包囲している側が寡兵なのだから、犠牲覚悟でも突っ込んで食い破れば、幾らかは残せる。それに後詰めの兵力を組み合わせば、同規模の部隊はまだまだ展開可能だ。
作戦班は急いで砲兵隊と、後詰めの「巨神部隊」に命じる。敵軍が突っ込んでいる箇所に向けて、攻撃を集中するべし。それで間に合うのかどうかは自信が無い。それに、かなり早い段階で砲撃による支援が出来ない接近戦による混戦が、最も恐れていた展開に入っていた。
「こいつは、いかんなぁ」
マツカゼ機甲大佐は、呟く。砲兵部隊や「巨神部隊」の投入は、遅かった訳ではないが、矢張り絶対数が少ない。砲兵部隊の火力の集中も、「巨神部隊」の巨体による攻撃も、7個軍の一点突破戦術を防ぎきるのは難しい。包囲網は程なく突破されて、幾らかは、ざっと半分以上は逃げられるだろう。
で、次の会戦はどうなる? どうにもならない。こちらは弾を使い果たして、敵は新たに「機甲部隊」を編成してくる。開発していなければ、こちらと同じ様に海外から買えばいい。使うのだって、訓練さえすれば良くて、それは「騎兵」よりも簡単なのである。ロッシナ連邦の経済規模であれば、あっと言う間にこちらよりも物量を多く揃えてくるに違いない。
「なんとでもなろう」
そう思い直すと、後方の歩兵部隊を守る様に、「戦闘用機甲」を立ち回らせる。「運命」だかなんだか知らないが、生きていればこそ、「次」がある。「死んでも嫌だ」とか「死んでも好き」とか、そう言うのは趣味ではなかった。日和見主義と言われようと、人間は先ず生きねばならぬ。何でも生きてこそ意味がある。
勝敗を決するのには、あまりにも微妙な結末であった。
「辣獄」会戦は、僅か数時間で終わりを告げた。レイド・サム公国陸軍の戦傷者は7500人。ロッシナ連邦陸軍の戦傷者は18000人。ロッシナ連邦に与えた損失は大きいが、これではまだまだ不足だ。全体の一部を撃破しただけで、ロッシナ連邦陸軍の主力は包囲網突破に成功したと言えた。
大鉄道にてロッシナ連邦の後方から運ばれてくる予備兵力を考えると、この程度の戦果では「勝利」とは言い難い。「判定負け」と言うのが正しい戦況であった。
「陸軍幕僚司令部」は、重苦しい沈黙で支配されていた。「辣獄」と言う拠点は、重要な拠点ではあるが、肝心の「敵軍撃破」に失敗してしまった。また同じ規模で戦えと言われたら、「砲弾不足」でこれまでの様な大規模支援砲撃は行えない。「人的資源」の損耗が激しい消耗戦に持ち込まれてしまう。
後は、海軍がどうにかしてくれるのを待つしか無い。得点は稼いだが、このままでは判定負けだ。現在、東アスラン大陸に向かっているヘルベドット艦隊、あれに勝ってさえくれれば、牽制にはなるだろう。
和平交渉にて、可能な限り有利な条件を捻り出す際の「牽制」、と言う意味である。もう公国陸軍はやれる所までやった。橘之ナナミ代表は、前線に電報を発する。
「貴官ラノ奮闘二感謝ス」




