0085 一番の安心材料
ロッシナ連邦陸軍は、後詰めの兵力が届いたと言う事で戦意を取り戻し始めていた。その総兵力は、7個軍。約21個師団である。レイド・サム公国が「盤土」に配置した全兵力、4個軍、約12個師団よりも圧倒的に多い。数の上ではもはや比較にならない。もはや勝ったも同然、と思って良いのだが、「揚水」会戦から生き延びた連中は、この援軍にあまり期待していなかった。
人の頭数は多い。小銃も最新型で、弾丸も充分である。食糧だって多く届いた。のだが、肝心の大砲の数が十分ではない。次の戦場とされている「辣獄」は平地である。これまでの様に、城塞に立て籠もって砲撃を逃れる訳にはいかない。また、紅熊騎兵隊も戦姫部隊も、既に機甲部隊と言う新時代の騎兵に対しては無力なのは証明されている。「戦闘用機甲」に勝てるのは「戦闘用機甲」だけだ。
「巨神部隊」では、「的」が大きすぎて「動き」も鈍い。レイド・サム公国陸軍は、極度に「人的資源」の浪費を避けて、支援砲撃をしつこく撃ってくる。一体、あの小国の何処をどう突けばそんな金が出てくるのか。どんな流通手段で仕入れているのか。噂通りであれば、敵の陸軍の総大将は、大手商社の女幹部を引き抜いてきたそうだが、もし本当であれば、この兵站の粘り強さは納得がいく。
「機甲部隊」が無ければ、兵力が幾ら揃えられても、地の利を得られない平地では、否、どんな地の利を得ても、あの「二本足の死に神」は壊せない。世界一強いと言われた紅熊騎兵隊も、世界一美しいと言われた戦姫部隊も、あの「戦闘用機甲」を前にしたら、途端に影が薄くなる。
このままでは駄目だ。何かしらの手を打たなければ、犠牲ばっかり増やして、最終的には負ける。ヘルベドット艦隊を大海洋に派遣してくれるらしいが、間に合うかどうか。その頃には陸の上での戦いは決着が付いてしまうかも知れない。
と、ダウナーな気分に陥っている「辣獄」のロッシナ連邦陸軍に対して、レイド・サム公国陸軍もまた、絶望的な状況に腰を抜かしていた。
「推定敵戦力7個軍」
この数字を聞いた瞬間、「陸軍幕僚司令部」の面々は、表情を絶望で染める。対するこちらの総戦力は4個軍。四捨五入すれば、大体2倍の戦力比だ。幾ら何でも、この戦力比を覆せるのか。機甲部隊は、何度も公国陸軍の危機を救ってきたが、その奇跡も最早ここまでだ。地の利の無い平地では、純粋に「数」のみが物を言う。
橘之ナナミ代表は、ジィッと敵と味方の駒が置かれた地図を睨み付ける。「辣獄」の周辺を取り囲む様に、4個軍は動いている。2倍の戦力比の相手に、包囲戦を仕掛けても効果があるのか。事前の予測よりも戦力比が開いているのを知って、絶望の沼底に沈んでいく所に、ナナミ代表の声が鋭く走る。
「このまま包囲下に置きましょう。どの道、こちらは補給線も兵站も限界です。これ以上奥地に逃してしまうよりも、この場にて一挙に敵軍を斃さなければ、今後も何度も似た規模の会戦が起こります。その度に人的動員をかけて、武器・弾薬を用立てていたら、国が破綻してしまいます。勝つにせよ負けるにせよ、これで最後にしなければなりません」
犠牲を厭わずに戦うべし。その言葉には、そのナナミ代表の覚悟が込められていた。
飛鳥乃マツカゼ機甲大佐は、「辣獄」の地を見て、敵軍の分厚い陣容を見て嫌な予感を抱いていた。こいつは、こちらよりも遙かに優勢な「物量」で押し切られたら、逆包囲を仕掛けられる可能性だってある。そうなったらもう逃げようは無い。機甲部隊だけで、その危機を乗り越えられるとは思えない。
それでも、敵が身動きを取れないのは、機甲部隊の存在を過大評価しているからに過ぎない。「紅熊騎兵隊」も「戦姫部隊」も、そして「巨神部隊」も、この事態を想定していなかった。していたら、こちらが負けていた。未だにギリギリの勝負を強いられているのは変わりは無い。
それに、海の方でも動きがあったらしい。ヘルベドット艦隊が、大海洋に惑星「テラース」を半周してこちらに向かっているらしい。これについても、寡兵にて戦わなければならない弟の海軍の苦労も、こちらと同等クラスであろう。戦艦の1隻でも、北東に位置するロッシナ連邦海軍基地、ミラジルスティクに逃げ込まれたら、全てが台無しだ。
さて、弟はどうするつもりかな。いや、もう作戦立案の権限は「聯合艦隊幕僚司令部」の座間之タカノリ代表にあるのだな。連中は、どう言う作戦でもって望むつもりなのか。海軍省事務次官を、官僚を引っこ抜いて代表に据えてしまったのは、異例中の異例なのだが、案外その方が常識に縛られない、あるいは常識的な発想や戦法が出来るのかも知れない。
あの「最大級の人的損害」以来、現場監督として赴任した第1艦隊司令官、松斗之カミグサ大将は、ひたすら訓練に明け暮れていると言う。不安な時、怖い時、辛い時、一番自分を納得させられるのは訓練だけだ。これを合い言葉に、カミグサ大将は予算と時間の許す限りの範囲で訓練を積んでいた。
確かに、身体を無心に動かしてさえいれば、その間は負の感情は忘れられる。一番の問題は、何処で待ち受けるか、だ。水上戦姫部隊は、偵察や連絡にはもってこいの存在であるが、艦隊速度を計算に入れると限界がある。何処かで待ち伏せる必要がある。もしそのあてが外れたら、その時点で制海権は奪われて、「辣獄」の友軍は「盤土」にて孤立無援になる。
座間之タカノリ代表は、そこをどう考えているのか。官僚らしく、手堅いやり方に頼るのだろうか。それとも、あえて逆張りで動くのか。負ければ補給体制は崩壊し、この戦争に負ける。残るのは莫大な赤字国債の返済と遺族の涙のみだ。
桒島。秋唐半島とレイド・サム列島の間にある島である。現場視察にてその場に来た座間之タカノリ代表は、一目見て確信して、後方の「聯合艦隊幕僚司令部」に戻るなり、告げていた。
「全艦隊の作戦班をここへ集めろ。ヘルベドット艦隊が通るのは、ズバリ桒島沖だ。他は有り得ない」
何故なのか。理由は。根拠は。動機づけは。色々と疑問が湧いて出て来たが、それでも幕僚達はタカノリ代表の命じるままに、訓練中の艦隊へ無線連絡にて、作戦班を呼びつけていた。
これまでの、2徹、3徹の図面演習でも、桒島沖は想定されなかった訳では無い。候補の1つとしてあげられていたが、そこが正解と確信している作戦士官や佐官は居なかった訳ではないが、決して多数派でもなかった。
東へ向かって大海洋に抜けて、公国列島の領海を大きく迂回して行くルートも考えられたが、それでは時間が足りない。ただでさえ惑星「テラース」を半周してくるのだから、最短コースを通ろうとするに違いない。秋唐半島の宿狩港は既にこちらの占領下にある。
それに、こちらの事情もある。もし大海洋ルートに行ってしまったら、こちらの艦隊では待ち伏せは不可能だ。ミラジルスティクの目の前にて待ち伏せすべきだ、と言う極論まで出ていたが、そこからでは遅すぎる。戦艦の主砲ですら、戦艦を沈める事は出来ない。駆逐艦や水雷艇の魚雷で無ければ沈めるのは困難だ。敵の軍港の目の前で待ち伏せしていたら、沈めるより先に逃げ込まれてしまう。
その考えを伝えて、現場での意識を統一させる為に、作戦班を呼びつけるのだ。数時間の仮眠を挟みながらの図面演習は、まだまだ続きそうだ。それは億劫であったが、何かしていれば安心する事が出来る。




