0084 「男」の象徴
レイド・サム公国陸軍の4個軍が勢揃い、一国の軍隊が全部揃って、軍事拠点「揚水」のロッシナ連邦陸軍を包囲している。それは壮観な眺めであったが、4個軍をもってしても「揚水」の敵軍に勝てないのは問題であった。こちらよりも量も質も上の筈なのに、ロッシナ連邦軍の動きは鈍い。だからと言って、公国陸軍の動きはあまりにも非効率的であった。
もっと上手いやり方がある筈だ。今度、新しく組織された「陸軍幕僚司令部」でも戦い方、ことに「火力」の在り方について、議論されていると言う。一部の噂では、海軍が取り入れていると言う「戦姫」による上空からの弾着観測を行うつもりらしい、との憶測も飛び交っている。
しかし、時間はそんなに無い。ロッシナ連邦が造り上げた、同連邦の大動脈たる大鉄道から、後詰めの援軍が続々とこちらに向かっている。それらがこの「盤土」に到着する前に、せめてこの「揚水」に居る連邦陸軍程度は打ち倒さなければ、数の上で完全に負ける。
「揚水」を攻め落とすのに、支援砲撃の後に全軍突撃では効率が悪すぎる。それはここまでの戦いで証明されている。人的・物的資源の無駄遣いである。幸い、他に方法がある。五〇五高地にて、多大な犠牲を払わずに敵に勝利した、「機甲部隊」を活用する方法だ。
今度ばかりは、五〇五高地の様に一方的な展開は望めない。犠牲が発生するのは仕方が無い、ここまでが上手く運びすぎたのだ。
飛鳥乃マツカゼ機甲大佐は、「10分だけ」と言う条件で許可された支援砲撃を経て、「全軍突撃」を命じる。1機の「戦闘用機甲」の後ろに歩兵部隊が、上空には戦姫が飛び、それぞれ支援しながら戦うやり方だ。五〇五高地では、これで殆ど無双状態で戦い抜けたが、この「揚水」での戦いはどうなるのか。
「あれだな、五〇五高地にて我が軍を圧倒したと言う「戦闘用機甲」は」
「どうする? あんなデカい鉄の塊に、「紅熊」で戦えるのか」
「出来る訳がないだろう。あの両手に見えるのは機関砲だ、胴体の鉄の箱には大砲だって積んでいる。加えて、「紅熊騎兵隊」は犠牲が多すぎて戦意が落ちている」
「じゃあ、我々も降伏するか?」
「いや、やり様はある。こちらの戦姫部隊で突撃して、後方の歩兵部隊を撹乱、そのタイミングで歩兵部隊を突撃させる。今の所はこれしかない」
「多大な犠牲が出ますな」
「我が連邦には後詰めの戦力があるが、敵にはない。あの目前にいる軍隊だけで、後は最動員しなければ賄えまい。こちらも時間を稼いで、長期戦に持ち込み、消耗戦になれば、人口も国力もないレイド・サム公国は降伏する」
「我々は負けない。負けるのは敵の役割だ」
「世界一美しい」と称されるロッシナ連邦の戦姫達は、いよいよ始まる本格的な戦いを前にして、剣を抜く。上官の叫び声が、その美しい戦姫達の鼓膜を震わせる。
「美しく、勇ましく、そして立派に戦いなさい。そうすれば、私達が必ず勝つ! どれだけ血を流しても、涙だけは流してはいけない。流して良いのは汗だけよ!」
上官は、部下達の戦意が衰えていないのを確かめる様に、相手の顔を見回す。どうやら、臆病風に吹かれている奴は1人も居ないらしい。
「全軍、突撃っ」
見える。見える。敵が見える。「世界一美しい」とされているロッシナ連邦戦姫軍が見える。こちらにも、改革・開放路線の前でも、戦姫は存在していたが、体躯も力も、敵の方が上だろう。ヴィクター大陸でも戦姫の使い方を色々と学んできたが、一番信頼できる参考元は、クァンサム共和国の戦術である。
即ち、戦力の集中と各個撃破。これこそが、最高の戦術であると学んで、見学に来た軍人は国に帰っていた。しかし、この圧倒的な光景を前にして、どうやって「戦力の集中」と「各個撃破」をやれと言うのか。
「戦闘用機甲」からの支援頼みになるな。レイド・サム公国陸軍の戦姫部隊もまた、覚悟を決める。こちらが囮になって全面に出て、機甲部隊の大砲や機関砲で「世界一美しい」戦姫を攻撃する。これしかない。大勢の仲間が死ぬだろうが、これは仕方が無い。
飛鳥乃マツカゼ機甲大佐は、その戦姫部隊の意をすぐに汲んでいた。混戦模様になると逆に撃てなくなるかも知れないが、その時は諸共撃ち抜いてくれと言わんばかりに、前面に出ている。
それはそれで妙案である。と言うより、他に手がない。しかし、あの華麗な戦姫部隊、今まで見た事もない。あんな戦姫と戦わなければならないのか。そして、勝たねばならないのか。
そう言えば、海軍にいった弟は、まだあの水上戦姫部隊の愛人との関係を続けているのだろうか。もう少しまともな交際関係を結べないものだろうか。そう思いつつも、全機甲部隊に指令を伝える信号弾を空に撃つ。
それもまた、それ以前の戦争のジンクスを悉く裏切る光景であった。「男」に比べて、か弱き「女」の為に、神が授けたのが「戦姫」である。つまり、「戦姫」には「男」は勝てないのだ。勝てない筈なのだ。
しかし、この「二本足の棺桶」は、あの「世界一美しい」戦姫を悉く粉砕していた。大砲や機関砲の威力を前にして、戦姫の力もまた無力であると言う事実が、ここに証明されていた。
一番悲惨な目に遭ったのは、歩兵部隊かも知れない。戦姫部隊の勝利を前提に突撃していたが、「戦闘用機甲」を盾にして次々と小銃を撃ち放つ公国陸軍の歩兵部隊と、目の前まで迫ってきた機甲部隊の足に踏み潰されて、次々と無惨な姿で「盤土」の地面に転がっていた。
飛鳥乃マツカゼ機甲大佐は、戦闘が小康状態になったのをきっかけに、「揚水」から逃げ出したロッシナ連邦陸軍を見送る。こちらもこれまでにない「人的資源」の損失、戦傷者が出ているだろうが、敵はその2倍程度の損失を被っているとみていた。
歴史が変わった。もう2度と元には戻らないだろう。「機甲部隊」は「男」に与えたのだ、「戦姫」に負けない力を与えたのだ。今後は、世界中の列強がこの「機甲部隊」を揃えるだろう。騎兵隊の時代は終わりだ。これで後生大事に角騎兵で戦っていたら、死体になって転がっていたのは自分達である。
敵は、ザッと見て1個師団が丸ごと消えた程度の損失を被っている。これからは、「火力」の時代だ。「鉄」の時代だ。これから更に北上して、潰走している敵軍を追撃しなければならない。また「盤鉄」のお世話になるのだ。
だとすれば、次に敵軍と戦う羽目になるのは、「辣獄」と呼ばれる地域だな。そこで決戦の方向に行かせたいだろうが、「辣獄」に大鉄道からどれだけの兵力が送り込まれているのか。ざっとこちらの2倍か、2.5倍と言ったところか。
ウカウカしていられない。もう補給を待って休憩を挟む余裕は無い。マツカゼ機甲大佐は、これから繰り広げられるだろう地獄絵図を思うと、多少しんどい気持ちになっていた。
それと同日、ロッシナ連邦海軍のヘルベドット海の制海権を確保している艦隊を、東アスラン大陸へと派遣する決定を下していた。その総兵力、大型戦艦8隻、巡洋艦2隻、駆逐艦13隻。レイド・サム公国海軍の総戦力よりも遙かに上の戦力である。
後世に伝えられる、桒島沖海戦は、この時より始まっていたのだ。「聯合艦隊幕僚本部」は、聯合艦隊の現場の作戦班も巻き込んで、座間之タカノリ代表と共に迎撃戦の準備を始めていた。ここから先、二徹、三徹は当たり前の作戦会議と図面演習の繰り返しである。




