0083 金科玉条
秋唐半島に陸揚げされて、「盤鉄」や時としては馬に曳かれた馬車に乗せられながら、ようやく主戦場となっている「揚水」に届けられた砲弾と銃弾は、これまで消耗した数の倍は数えられた。「陸軍幕僚司令部」の橘之ナナミ代表が、宜しくやってくれたらしい。流石は大手商社で番頭をやっていた女傑である。必要な物を必要な所へ届けると言うのは、何とも難しいものであるという、兵站戦の厳しさについても、レイド・サム公国陸軍は思い知るところであった。
これだって、戦場が東アスラン大陸であったから、まだ楽が出来るという物だ。主戦場がより遠くなれば、兵站の困難も大きくなる。弾が足りない、だけでなく、食糧も足りない、となると、もう戦どころでは無い。政府の方では、「盤土」を対ロッシナ連邦の緩衝地帯にしたいらしいが、現状では甚だ困難である。秋唐半島だって、補給体制を確立するのにはえらく苦労させられているのだ。「盤土」をレイド・サム公国の衛星国にして対ロッシナ連邦の緩衝地帯にするなんて、公国には勿論、ヴィクター大陸のどの帝国だってやらないだろう。赤字が大きすぎる。どんな天才商人でも匙を投げるに違いない。
ナナミ代表は、緩衝地帯としての役割は秋唐半島のみとして、「盤土」自体は聖華大陸の光国に売りつけようと言う提案を上申するつもりだと、何処でも何時でも発言するようになっていた。政府の動きを牽制するのは勿論、陸軍の意識改革も必要だと思えばこそであった。
広い聖華大陸に攻め込むなんて、ナンセンス、愚考の極みである。必要となる補給品の輸送ルートとコストを考えると、更に公国の工業力や国力を勘定に入れると、赤字どころか破産ものである。巷の国威発揚の文句、「公国による東アスラン大陸の曙」なんて、増税に喘ぐ市民向けの「言い訳」であり、文字通り宣伝文句以上の意味は無い。物理的にも経済的にも不可能である。
今回の「銃弾」と「砲弾」の補給だって、かなり強引な国債の発行や緊急予算にて間に合わせたのだ。そして、それらは制海権が取れていればこそ無事に届けられたのだ。これで制海権が安全でなければ、折角集めた物資は海の底、全ての手間暇は全くの無駄になる。
「聯合艦隊幕僚本部」に足を踏み入れた橘之ナナミ代表は、座間之タカノリ代表と会合を重ねていた。
「戦後の話、ですか。まだ早いんじゃないですか。ロッシナ連邦海軍には、未だにヘルベドット艦隊が「テラース」の反対側に居ますし、陸軍に関しても紅熊騎兵隊を手酷く叩いた程度で、主力は未だに健在ですよ」
「負けた場合は勿論、勝った場合の話もつけるべきです。陸海軍の代表が、その点で意思統一を行わなければ、戦後になって要らぬ混乱を招きます」
「混乱、と言うと、内戦とかなんて話じゃないでしょうね」
「場合によっては、陸軍国と海軍国に国家が分断される可能性もあります」
「穏やかではありませんね。それは。だからこそ、お互いに意思疎通を行うべきだと」
「疎通ではなく、統一です。今でこそ統一した敵と戦っています。もし負けた場合は、我々が腹を斬れば宜しいでしょう。ですが、勝った場合は如何するのかを話した事は、まだなかったと思います」
「……それって、要するに次の仮想敵国を決めようって、そう言うお話ですよね。まだ早いんじゃないですか?」
「私、想うところがあります。今回のお仕事を頂いて、取引を交わしていく内に、私達は、共通の敵、それも強大な敵と戦う事になるかもしれません」
「そんな敵、今の所はロッシナ連邦しか思いつきませんが。それとも、メリスト連邦王国とか、ダロス皇国とか」
「ソメリト合衆国です」
「そんな馬鹿な。あの国じゃあ、話になりませんよ。潜在的国力は公国の一〇倍と言われている国ですよ。ある意味、ロッシナ連邦よりも質が悪い相手じゃないですか」
「今回の「銃弾」「砲弾」の緊急輸入も、大半がソメリト合衆国との商いでした。今後、何処かで戦争があれば、みんなソメリト合衆国との商いになるでしょう。同国が、今後世界の兵器廠になるのは目に見えています」
「では、尚の事、仮想敵国になんて出来ないじゃないですか。どうやって戦うんです? 自分の国の弾を作ってくれている国と戦争しろって言われたって、敵うわけがありませんよ」
「だから、自前で造るんです。自前で造れる態勢を整えるのです。我が公国もまた、武器でもって商いして、武器の質をあげていくのです。そして、ゆくゆくはソメリト合衆国と渡り合える力を蓄える」
「それで、戦え、と? あの国相手にですか。冗談じゃない、到底不可能だ。我が公国の産業はまだ極めて弱い。軍艦だって大きい物は輸入に頼っている。そんな環境で、どうやって何でも造れて、何でも掘り出せるソメリト合衆国と戦えと」
「だからこそ、方針転換です。武力による改革・開放路線では無く、重工業を、いえ、ありとあらゆる分野の商業でもって、重商主義により国の発展を図る。これしかありません」
「……それでも、ソメリト合衆国との戦いは避けられませんか」
「商いをしていたら、必ずぶつかる相手です。商いでぶつかれば、十中八九、戦になるでしょう。もし公国がロッシナ連邦に勝利すれば、次はソメリト合衆国だと考えるのが自然です。その上で、絶対に不必要なのが」
「……「盤土」か。確かに、あそこは抱え込むだけで金がかかるし、人手もかかる。海軍としても、頭が痛い問題だ。その先の聖華大陸の光国に対しては、手も口も出さない方が賢いやり方でしょう。秋唐半島だけでこんなに兵站で苦労しているのですから」
「では、決まりですね。先ずはロッシナ連邦、次はソメリト合衆国です。陸海軍の代表として、これを金科玉条にして、戦備体制を組みましょう」
「勝った場合は、ですけど」
宿狩港の五〇五高地から動けないでいた第3軍も、今回の補給でもってようやく「揚水」の戦場へと移動する目処が付いていた。先に送られた「機甲部隊」が今どうなっているのか。噂によれば、「大活躍」だとか「大惨敗」だとか、色々と言いたい放題であったが、未だに戦闘状態にすら入っていないとは思ってもいない。




