0081 シェフとオーナー
宿狩港陥落。
ロッシナ連邦大海洋艦隊殲滅。
良いニュースが転がり込んできた中で、最悪なニュースが齎されていた。
聯合艦隊司令長官聖人之カツマタ大将戦死。
レッド・サム公国大本営に詰めている作戦士官や佐官、それにより上層部の将軍クラスの人間達は、それがどれだけ危機的状況なのか、理解していた。戦争はまだまだ始まったばかり、敵だってまだまだそのつもりだろう。と言う肝心な時に、現場を預かる最高指揮官が戦死してしまった。
この事態に、大本営からだけでなく、海軍省に詰めている大臣クラスや幕僚クラスの人間も大本営にやってきて、後任選びに参加していた。その中で、真っ先に出て来た案がこれであった。
「聯合艦隊司令長官の陣頭指揮はこれで最後にしよう」
最高司令官の陣頭指揮は、なる程士気や現場を知る上で重要な要素であるが、それがどれだけリスクのある行為なのかは、今回判明した。いっその事、聯合艦隊の司令部を丸ごと地上に移すアイデアも出されていたが、それをやるのには今からでは遅すぎるという理由で、陸に最高司令官が、海に艦隊司令官がそれぞれ赴任すると言う流れで定まっていた。
で、その肝心の最高司令官と艦隊司令官の人選である。これは想定していた以上に難しい。陸と海に離れた場所に居ながら、以心伝心、絶対の信頼関係でもって結ばれている分身同士の様な関係でなければ駄目だ。
そんなコンビが、このレイド・サム公国海軍の何処に居るのか。いや、この世界に、この惑星「テラース」に存在するのか。今から訓練しても、間に合わない。ヘルベドット艦隊が、「テラース」を半周して、ここ東アスラン大陸までやってくるのは、もう目に見えている。それまでは猶予期間となるのだが、その短い猶予期間の間に見つけ出さなければならない。
海軍大臣、夏草之マツゴロウは、大本営に詰めている部下達に言い放つ。
「コネでも無ければ兵学校の成績順でも無い、絶対の信頼を他人に感じさせる人間を選び出せ」
これに、海軍省の役人も呼応して叫ぶ。
「ハンモック・ナンバーはこの際、無視しても良い。実践的な人選を求める」
まったく、お上は都合の良い事ばかり言いやがる。そんな人材が、改革・開放路線をようやく初めて40年経ったばかりの公国海軍に転がっている筈がない。拾おうにも、予備役を総ざらいにしても見つかりそうに無い。
一時、海外から呼びつけようかという意見も出たが、それは流石にアヴァンギャルド過ぎた。ヴィクター大陸にて最強の海洋国家、メリスト連邦王国の海軍を模して組織されたとは言え、レイド・サム公国の複雑怪奇な人間関係や官僚組織の中での立ち回り方を理解出来るとは、いや、理解出来るし溶け込めるかも知れないが、時間が足りなさすぎる。
聯合艦隊の作戦班もまた、人選の議論に参加していたが、立候補にあがる人間に対して必ず文句をつけていた。癖が強すぎる。陸軍嫌いで連携が取れそうに無い。独断専行に過ぎる。陸の指示に従いそうに無い。
飛鳥乃シゲノリ作戦大尉は、この侃々諤々の議論に対して、一石を投じたい気分であったが、まだまだその時期では無い。議論百出、出し尽くされた時にこそ、この一石は上手く当たる筈である。
そして、最初こそ元気良く議論を吐き出していた連中が、皆黙り込んで意見を言わなくなった頃合いになって、シゲノリ作戦大尉は発言をする。
「この際、指揮系統の抜本的な見直しを行ってしまいましょう」
はて、抜本的な見直しとは、一体何を、何処を如何見直すと言うのか。尋ね返す様な表情を浮かべる同僚、上司に対して説明を始める。
これまで、我が海軍は現場の指揮官や参謀役による指揮・采配にて、言ってしまえば前時代的なシステムにて戦う海軍であったが、それではいざ指揮官や参謀役、即ち司令部が被弾により丸ごと全滅した場合、指揮官クラスの人材があっと言う間に払底してしまう。陸に最高司令官を置いて、海に艦隊司令官を置くと言うのは、改革としてはまだ不徹底であり、この際、後方の権限を強くして、陸の最高司令官とその作戦班の立案した作戦について、海の艦隊司令官は全面的に従って遂行すると言うシステムを動員すればいい。優秀な人材に頼って戦争をするのでは無く、組織の力で戦争をするしかない。少なくとも、司令官が1人戦死しただけですったもんだしてしまう現状を変えるのには、そのくらいのドラスティックな改革が必要である。
言えば言う程、聞き手の表情が変わっていく。良い方向に、なのか、悪い方向に、なのか、それはよく分からない。いや、絶対に悪い方向に変わっている。事実、全員の顔が真っ赤に染まっていくのが分かる。
つまり、聯合艦隊は陸の最高司令部の用意したレシピ通りに、敵を料理するだけで良い。と言うのだ。聯合艦隊は一シェフとして、黙々と厨房にて魚を捌いて、野菜を切って煮て、米を炊く。それだけで良いというのだ。オーナーは陸の司令部が担い、この指示に対しては絶対服従である。
なる程、そうであればやり易い。人選だって楽だ。こちらの命令に忠実な人間を選べば良いのだ。陸の最高司令部の指揮官だって、そこまで能力を要求されなくてすむ。作戦班のたてる作戦に対して、「採用」か「不採用」かの判子を押せば良いのだ。
だが、これは艦隊の最高司令部の裁量権や発言権、更には指揮権の事実上の縮小、あるいは剥奪である。陸の最高司令部が全部考えるというのであれば、海に出る艦隊の作戦班はどうなると言うのか。
「ちょっと待て、それでは聯合艦隊司令部の意義はどうなる」
「完全に現場の監督・指揮のみを目的とします」
「独自に作戦を立案し、実行する権限は無いのだね」
「海の戦艦は陸の上を走れません。であれば、最高司令部の陣頭指揮よりも安全です」
「全部、やり直すというのか」
「だから申し上げた通り、抜本的な見直しです。このくらいの事はやらないと、ヘルベドット艦隊との決戦には勝てません」
「……その組織は、大本営とは別に作るのか」
「必要とあらば作るべきです」
「今は戦時下だぞ」
「であればこそ、急いで作らなければなりません」
今度は、沈黙が場を支配する。どうする。でも、何か異論・反論が絞り出せる人間は、もうこの場にはいない。議論百出、もう頭から口に出せるアイデアは無い。すっからかんだ。それに、このアイデアは魅力的だ。個人プレーではなく、チームプレーにて勝つと言うのだ。
「聯合艦隊幕僚本部」
と呼ばれた新組織は、こうして大急ぎでビルを1つ間借りして、用意できるだけの人材と設備、机やタイプライターと言った小道具が運び込まれていた。発案者の飛鳥乃シゲノリ作戦大尉は、結局その新組織には籍を移さなかった。海軍省よりやり手の官僚の、座間之タカノリ事務次官が、そのトップに就任していた。
これは、飛鳥乃シゲノリ作戦大尉のアイデアでは無い。大本営の作戦班の「凶器」と呼ばれている真倉之カミキ作戦大尉である。軍の指揮系統の混乱を避ける為に、官僚から優秀な人材を回してもらおうと言ったのである。本当は民間の商社から、と言う話もあったらしいが、あまりにも過激すぎるとして引っ込められていた。
「海軍」にて大きな指揮系統の改革が行われていた頃、「陸軍」でも大きな動きが見られていた。「揚水」での戦闘が、遂に口火を切っていた。第1軍、第2軍、第4軍、事実上公国陸軍のほぼ全力を傾けた会戦となる。誰もがそう思っていた。




