0079 時代の塗り替え
先ずは、支援砲撃から始める。持っている限りの大砲でもって、あらん限りの砲弾を惜しげも無く使って、宿狩港を見下ろせる505高地を奪還するのだ。
攻撃を担当するのは、牧之タレスケ大将率いる第3軍。これが初めての実戦である。そして、初めての要塞戦である。更に言うと、初めての列強相手の戦争である。色々と作戦指揮に対して、齟齬やミスが産まれるのは至極当然の成り行きであった。
支援砲撃が続く中で、突撃命令を待つ身の飛鳥乃マツカゼ機甲大佐は、どうやら司令部は歩兵部隊と戦姫部隊を機甲部隊への援護に用いるつもりらしい、と言う事に気が付いていた。ついでに言うと、「的」が大きいばかりで「動き」も鈍い「巨神」部隊はお預けと言う事だ。
しかし、何時まで支援砲撃を続けるつもりだろうか。あれでは、こちらが用意した砲弾、全部使い切ってしまう勢いである。そんなにも入念に攻撃しているのか、あるいはいつまで撃っても効果が上がらないのか。どちらにせよ、命令も無いのに突っ込む事は出来ない。
牧之タレスケ大将は、作戦班については全幅の信頼を寄せており、自分は指揮官としての立場を守り続けるのが仕事。と言う認識であったが、流石に目の前にて支援砲撃がダラダラと続いているのは気になっていた。砲弾だって完全な国産化が出来ていないのに、こうも贅沢に撃ち込んでいたら、明日撃つ弾だって底を突いてしまう。
タレスケ大将が、作戦班を呼びだして事の真相を確かめようとした時、遂に彼らは、「砲撃中止」「全軍突撃」を命じていた。タレスケ大将は、尚も指揮官らしくドッシリと構え直す。しかし、その表情はかなり切迫していた。消そうにも消しきれない「不安」が拭いきれなかった。
もうこれ以上、突撃の時期を延ばせない。作戦班は前線視察をした際に、その事実を噛み締めつつも、矢張りどうにか延ばせないか、とも思っていた。「人的資源」は、使い潰せない。砲弾は買えば、作れば、運べば、金と手間はかかれども用意できる。だが、「人的資源」はそうは行かない。1度壊れてしまったら、もう2度と戻らない。修理するわけには行かない。
あるいは、機甲部隊がどうにかしてくれるかもしれない。こちらの砲撃は、相手のコンクリートで固めた陣地に対して、あまり効果がある様には見えない。ヴィクター大陸にて散々行った視察や勉強会、あるいは交流会にて、要塞戦に関する研究を疎かにしたツケが回ってきたらしい。
それでも、効果が無い訳では無い。現に、こちらに砲撃にて応戦する気配は無い。いやいや、そんなの甘い認識、希望的観測だ。連中は待っているのだ。こちらの「全軍突撃」を。これ以上の砲撃は、文字通り無駄な投資だ。
クソ、本当なら「作戦中止」を命じたいところである。ここで「全軍突撃」を命じるのは、自殺行為と同じである。どうする、「全軍突撃」を命じる勇気が、果たして自分達にあるのか。でも、その時には自分達の経歴も終わる。大本営の指導部が、このしくじりを見逃す筈がない。
大丈夫なのか。あの「機甲部隊」が、ヴィクター大陸の列強や、ソメリト合衆国から買い取り、訓練した「戦闘用機甲」は、そこまで有効なのか。あの「二本足の棺桶」と呼ばれている鉄の箱が使えるのか。仕方が無い。ここは1つ、あれに賭けるしか無い。
……ようやく、あの忌まわしい砲撃が止んだ。連中の悪魔の様な砲撃は、音と爆風こそ大きく、陣地にも多少の被害が出たが、それでも使われた砲弾の数に見合う結果は出ていない。連中も、まだまだ手探りなのだ。
ロッシナ連邦陸軍の歩兵と戦姫は、陣地に籠もったまま、敵が来るのを待ち伏せしていた。一斉に射撃・砲撃を行って、敵の突入部隊を追い返すのだ。何なら、要塞内部から出て逆撃を加えるのも悪くは無い。
しかし、あの船だけは数を揃えていて、指揮官に人を得ていない海軍の、なんと臆病な事だろう。開戦劈頭の奇襲にて戦意を削がれて、宿狩港に引き籠もってしまった大海洋艦隊を守る為に、こちとらあの悪魔的砲撃に耐えていたのだ。
さぁ来い。「新帝国」と呼ばれている新興国を相手に、「旧帝国」のこちらが戦うのは、これからの勢力図を、この東アスラン大陸の勢力図を大きく塗り替える事態になるだろう。祖国の名誉と誇りと、そして軍役を全うして故郷に帰る為に、ここで死ぬ訳には行かない。
気合充分。レイド・サム公国陸軍の慎重で過剰な砲撃は、むしろ505高地周辺のロッシナ連邦陸軍の戦意を高揚させる結果になっていたが、それは長続きしなかった。
「なんだ、あれは」
砲撃が止んで、全軍突撃となった場面にて、出てくるのはレイド・サムの先祖伝来の角騎兵だと思っていたが、見た事もない、いや、噂には聞いていた、「新時代の騎馬」とされている「戦闘用機甲」である。その鋼鉄の二本足の騎馬を盾にする様に歩兵部隊が付いてきて、その上空を守る様に戦姫部隊が飛ぶ。
こんな光景、初めてだった。そして、こんな状況も想定外だった。こちらにはあまり大砲は配置されていない。連中より高性能で高価な、最新鋭の大砲であるが、あの「新時代の騎兵」が邪魔で、照準が困難だ。本当は歩兵や戦姫、あるいはここに居る筈の角騎兵と戦う事態を想定していたのに、これではどうやって事態を抑えろと言うのか。
そうして右往左往している間に、幾つかの部隊に分かれて進軍中の敵軍の内、1部隊の「機甲」が積み込んでいる大砲が火と煙と共に砲弾を撃ち込んでくる。さっきの野戦砲による砲撃よりも効いているらしく、コンクリートが砕ける音、そして犠牲者の悲鳴が聞こえてくる。
どうする。どうすれば良い。逃げる訳は行かない。逃げると言っても、何処へ逃げろと言うのだ。後ろは港で、港の先は海だ。この505高地を奪還されたら、その時点で大海洋艦隊の命運は決まる。海に出て戦うか、あるいは港にて敵陸軍の砲撃で沈められるか。そのどちらかである。
「なんなんだ、あれは!」
陣地に籠もっていれば良いと言う発想は、もう出てこない。あれこそ、正しく「新時代の騎兵」だ。戦姫だって太刀打ち出来るかどうか。あの両手の様に箱の両側面に備え付けられている機関砲の弾に、戦姫と雖も耐え抜けるのか。あまり自信は無かった。「紅熊」では、勝負にすらならないだろう。
……ええぃ、ままよ。こちらも陣地を出て、全軍突撃するしか無い。
こいつはすげぇ。
誰もが、その場に居た誰もが、その光景を見て胸の内にて呟いていた。特に作戦班は、安堵で胸を撫で下ろしていた。正直、この全軍突撃は悲惨な失敗を想定していたのだ。全軍の内の2割程度の損失、5人に1人は討ち死にと言う事態も想定していた。
しかし、それがどうだ。あの「二本足の棺桶」が、見事にやってくれた。505高地は、想定よりずっと早く、ずっと犠牲も少なく、確保できそうだ。
突撃した敵の歩兵部隊は、「機甲」の砲撃と銃撃で被害を出しつつも前進していたが、こちらの歩兵の小銃の射程範囲に入ると、「機甲」を盾として射撃して、歩兵部隊に出血を強いている。戦姫部隊も、上空から「機甲」を叩こうとしたが、こちらの戦姫部隊がこれを防ぐ。
正しく、「絵に描いた」様な展開。奇跡だ。牧之タレスケ大将率いる第3軍は、その犠牲を最小限にしつつ、「機甲部隊」が「騎兵隊」と完全に立場が入れ替わる瞬間を目にしていた。
飛鳥乃マツカゼ機甲大佐は、こいつはどうやら、時代が変わるらしいと言う認識を抱いていた。自分が率いる部隊が、その先鞭を担ったのは誇らしいが、果たしてこの変化は吉と出るのか、凶と出るのか。さっきのしつこい砲撃で耕された大地を踏みしめながら、505高地の敵軍陣地を突破する。
海軍に入隊した弟は、喜ぶだろうな。マツカゼ機甲大佐は、ここで思わず弟の事を思い出す。相変わらず、あの「愛人」との関係を続けているのかと思うと、嫌な女と一緒になったものだと、ばつの悪い感情が湧いて出る。




