0078 未開の境地
寒い。
北国出身の堀本之キリコ戦姫曹長は、宿狩港を遠目に見下ろせる空に浮かびながら、そう感じていた。元々貧しい母子家庭の出身ではあったが、男と金に不自由はしない母は、最低限度の教育と世話は怠らなかったので、堀本之キリコはここに生きていられる。
秋唐半島の軍港に居たロッシナ連邦の大海洋艦隊への攻撃の成功の後に行われた宣戦布告と同時に、ロッシナ連邦も戦時体制への移行を進めている。電撃戦とやらを仕掛けると大本営は息巻いているが、果たしてそんなに上手くいく物なのか。上手く行ったら行ったで嬉しいし、失敗したら「アスラン大陸の唯一の文明国」なんて言う聞くだけでもこれを発案した奴を呪い殺したくなる傲慢な宣伝文句がブーメランとなってかえってきて面白い。
まぁいい、元々政府と大本営が結託して始めた戦争だ。負けて恥をかいて処罰されるのはあいつらであるから、こちらはせいぜい命令くらいは正確に実行しなければなるまい。このくらいの気位は、同僚や部下、上司達にも持っておいて欲しいところである。
その「命令」とやらで、偵察戦姫として宿狩港に近づいていたが、1つ、いや、2つ、不味い事実が判明していた。こいつは早く知らせてやらねば、とんでもない事になる。
堀本之キリコ戦姫曹長は、急いで飛んできた空を元通りに戻っていく。無線は傍受の可能性を完全に排除する為に背負っていない。周囲の安全、制空権と制海権が確立できていなければ、無線通信を使うのは憚られた。
「キリコ戦姫曹長の報告によれば、宿狩港の周辺には既に多数の戦姫が警戒態勢を取っており、こちらの水上戦姫部隊よりも圧倒的な数であり、陸軍に頼むより他ないとの事です」
「それと、ロッシナ連邦大海洋艦隊の全艦が、宿狩港に錨を降ろしているとの事です。大型戦艦と思しき影が6つ、他にも多くの船がみえたとの事です」
飛鳥乃シゲノリ作戦大尉は、自分の「女」であり「部下」でもある戦姫からの報告を聞いて、顔を顰めていた。大型戦艦が6隻。それに、要塞化された宿狩港に対して、海軍が出来る事は海上封鎖程度だ。その為には、陸軍に頑張ってもらわないといけない。
砲弾は現段階で最大限の動員を行ったらしいが、犠牲が、それも途方もない犠牲が発生するのは間違いない。コンクリートで固めた要塞に対して、何処までやれるのか。歩兵や戦姫の突撃一本槍では、犠牲だけ増えて失敗するのは目に見えている。
陸軍に行った兄は、どう思う所であろうか。あの妙ちくりんで扱いが難しそうな二本足の「鉄の棺桶」に、陣地突破を行わせるのは。いや、これが意外と上手く行くかも知れない。歩兵や戦姫が上手く援護してくれれば、機甲部隊は新時代の武器たり得るかも知れない。
かも知れない。かも知れない。何でもかんでも、この台詞で締めるのは、何とも居心地が悪い。それに、大概の場合、この台詞を遣う場面と言えば、「不安」を「希望的観測」にて誤魔化したい場面である。つまりは、「現実逃避」である。大本営は、そんな所まで考えているかどうかは怪しいところだ。
一方のレイド・サム公国陸軍は、態度を腐らせていた。宿狩港を攻め落とすのに海軍側の協力は、あるいは任せる事は出来ないものかと交渉したが、「海上封鎖」しか出来ないと言われてしまった。確かに、2対1の劣勢に立たされているのだから、無駄な戦闘は極力避けたいと言うのは、理屈としては分かる。
だが、殆どこちらの犠牲をあてにしているのであれば、それは一周回って迷惑でしか無い。そうでなくても、これは電撃戦とやらではないのか。短期決戦なのではないのか。砲弾は大量に用意したが、最初から不足するのは目に見えている。
既にある機甲部隊の戦闘用機甲は、公国陸軍の予算が許す限りの範囲で輸入した。また更に緊急輸入する羽目になったら、更に国債の発行や増税で賄わなければならなくなる。使っている武器も弾薬も、燃料だって半分は輸入に頼っている。こと海軍はその傾向が強い。戦艦や巡洋艦は海外に発注して、小型の駆逐艦や水雷艇と言った小型艦は自前の造船所にて作らせる、正に現在進行形にて産業の「基礎」から育てている格好だ。
しかし、何よりも貴重なのは「人的資源」である。大本営は、決断を下していた。
秋唐半島より上陸して、盤土の南部に位置する「揚水」の拠点に向けて北上していた公国陸軍は、1つの報告を聞いて、身震いを感じていた。
「「機甲部隊」の支援は出来ない。代わりに新兵器である「機関砲」とその銃弾を多数支給するので、「紅熊騎兵隊」と戦う場合は、これに頼るべし」
「機関砲」とは何ぞや。と言う歩兵に対して、他の歩兵がフォローする。大量の弾丸が撃てる大型の銃である。しかし、ロッシナ連邦が世界に誇る紅熊騎兵隊の用いる紅熊は、ライフル弾の1発や2発で斃れる代物では無いという。
出来るのか。いや、やらなきゃいけない。全く、我々は何でこんな辛い務めをしなくちゃならないのか。
予定の変更を知らされた飛鳥乃マツカゼ機甲大佐は、ため息を漏らしそうになりつつも、「盤鉄」の列車の荷台にて揺られながら、車窓より眺める「盤土」の大地を見つめる。「揚水」にてロッシナ連邦陸軍と戦う陸軍には気の毒だが、実は元々「戦闘用機甲」が考案された理由が、陣地突破戦にあると、大本営の誰かが気が付いたのかもしれない。
どうやら、こちらが思っている以上に、大本営は機能しているらしい。全部初めて、手探りの戦争の中で、それだけは確かであった。
筈なのだが、大本営の作戦班と、より上の上層部では、この決定について未だに意見が分かれており、大本営きってのエリート作戦士官である真倉之カミキ作戦大尉が強引に話を進めてしまったので、反対派はカミキ作戦大尉につめていた。
「なんであんな勝手な判断を君の一存で決めたのだ」
「失敗したら詰め腹きってもらうからな」
「結果的に勝ったとしても貴様の手柄にはさせない」
と、散々な言い様であった。カミキ作戦大尉はこう返す。
「歩兵や戦姫を、コンクリートで固めた陣地に突っ込ませるよりも文明的な作戦です」
何と言う辛辣で空気の読めない発言。こんな奴が大本営の作戦班に居るとは。宜しい、ではその文明的な戦法が通じなかった場合はどうなる。
「我々の仕事に「駄目な場合」とか「失敗した場合」とか、そんな弱気は許されません。「戦闘用機甲」は、歩兵や戦姫での突破が難しい局面にて陣地突破の為に考案されたものです。「紅熊騎兵隊」を相手にするのであれば、「機関砲」を増やした方が効果的です」
いやいや、もう戦国時代じゃない。騎兵に用いる怪物のレベルも日進月歩、紅熊だって銃弾対策、あるいは破片対策が行われている筈だ。そうでなくても、「巨神」部隊を派遣すれば済む話ではないのか。
「本官も「巨神」については忘れていたわけではありませんが、「巨神」は機甲部隊よりも的が大きく動きが鈍いです。無駄な犠牲は可能な限り抑えるべきです。そうでなくても、ロッシナ連邦陸軍は勿論、海軍だってまだまだ後詰めの戦力があるのですが、我が国にはそれがありません。国債だって税金だって、打ち出の小槌はありませんので」
それを聞かされて、作戦班の同僚、上司、上層部のお歴々は黙り込む。感情の面では兎も角、理屈の面では間違っていないからだ。
人間、目の前の問題について追い詰められると、ついつい安心したくて経験や前例に頼りたがる。それが正しいときもあれば、間違っている場合もある。間違えるのは、人間である以上、仕方が無い事であるが、戦争の場合は「仕方が無い」では済まされないミスがある。
1度のミスで、あっと言う間に戦局が変わる。もし良い方向に変わらなければ、膨大な血と鉄の消耗戦が待っている。本当に電撃戦、短期決戦を目指すのであれば、それは何としても避けなければならない。




