0076(第4章 完) 愛される人間
「もう私が食べるケーキはない」
それは、クァンタム共和国だけでなく、ヴィクター大陸全土にまで広がる勢いを見せていた。王政、帝政では、民主主義の軍隊には勝てない。その現実を叩き付けられていたのだ。レオポルド・ヴァスチーユと言う「英雄」を生み出したのは、王政でも無ければ帝政でも無い。そして、この「英雄」がその本領を発揮できたのは、民主主義であればこそだ。
この大陸にはもはや、クァンタム共和国に勝てる国は無い。レオポルド・ヴァスチーユに勝てる軍人も居ない。
軍事的な形での勝利は、もはや望むべくもない。もっと違う形で、クァンタム共和国に勝てはしないか。各国の王や皇帝は、明日のケーキの為にも、どうにかして自分達の軍事的敗北を払拭して、「次」が来た時の為に布石を打つべく、政治的な形でクァンタム共和国の民主主義を枯死させる手段は無いものかと考えて、一計を案じていた。
ヴィクター大陸のマベルタ王国に居る大司教は、「神の使いの名において」と言う枕詞でもって、1つの声明を発していた。
「クァンタム共和国の英雄、レオポルド・ヴァスチーユをクァンタム共和国「皇帝」として任じて、彼の地の支配権を確約するものとする」
この時代、大司教及び教会は政治的な発言力が大きく、この声明もまたヴィクター大陸であれば「神の御言葉」のそれに近い拘束力を持ち合わせていた。
なんか、つまんないな。
レオポルドは、そう思いながら、天を仰ぐ。もう暫くは、自分が生きている間には、もう大きな戦争は無い。政治的には大きなうねりが、この大陸の地下にて大きく動き始めているのは感じる。そこには、もう「皇帝」と言う存在の居場所は無い。今更「皇帝」になったところで、何が得られると言うのだ。
こいつは、「罠」だな。武力で勝てないものだから、政治的な形で勝利を得ようというつもりだ。民主主義への革命を起こした国に対して、「皇帝」と言う位の人間を置くと言うのは、反革命的な行為だ。
確かに、「ケーキ」は美味い。だけど、ああ言うのは年に1度か2度、食べれば良いのであって、毎日食べたら太って早死にしてしまうだろう。「政」に興味も無い。何処か、適当な場所で、ゆっくり死ぬまで過ごせれば良い。
自国の政府もまた、この「政治的な決闘」に対して、どうしようとしているのだろうか。教会の力は強い。このヴィクター大陸に置いて、第3勢力と言える。
……でも、これは逆にチャンスかも知れない。軍狼「アスカ」と共に、僻地で静かに暮らす、平穏な日々を送る為の、絶好のチャンスでは無いのか。戦争が終わったのであれば、もう地位も名誉も昇進も意味は無い。良いんだ、もう此処には自分の「力」を発揮する場面は無い。なら、もうどんな狼藉だってやってやる。良いんだ、やるんだ。
マベルタ王国の首都・ベータの大教会にて、大司教は「皇帝」に贈る王冠と聖剣を用意して待っていた。周囲には、ヴィクター大陸の教会を動かす重鎮達がズラリと並んでいる。
しかし、場の空気はピリピリしている。緊張している訳では無い。肝心の「皇帝」が、大遅刻しているからだ。朝の内に儀式を済ませる筈が、もうそろそろ夕方、陽も落ちかけている頃である。一体、何処で油を売っているのだ。まさか、逃げ出すつもりでは無いのか。そうなれば、クァンタム共和国での、否、ヴィクター大陸でのレオポルド・ヴァスチーユの居場所は無くなる。
陽が落ちない内に、ようやくレオポルド・ヴァスチーユはやってきた。魔狼「アスカ」の背に乗って、礼服ではなく軍服を着ていた。なんだ、こいつ、何をやらかすつもりなのだ。
「アスカ」の背から降りて、大司教の前まで来て、うやうやしく一礼する。大司教は、教会のしきたりに従って儀式を始めようとしたその時、王冠と聖剣をいきなり奪う。聖剣を引き抜いて、それを品定めする様に見つめて曰く。
「これは人を斬る剣ではありません。それでいて包丁にしては長すぎる」
そう言うと、床に剣を叩き付けて、その刃が半分に折れる。
「これくらいで調度良いです」
と言って、聖剣を投げ捨てる。すると、次は王冠を手に取ると、自分の手で頭に載せて曰く。
「これは被り物ですが、帽子にするのには重くて首が痛くなります。また、日差しも遮ってくれません」
そうして、王冠を「アスカ」の方へと投げる。
「私の相棒の玩具にするのに調度良いでしょう」
そう言われた「アスカ」であったが、「アスカ」もまた興味が全く無いらしく、前足で蹴って横に跳ばしてしまう。
「私は支配する人間になるくらいならば、愛される人間になりたい。愛されるのには、「皇帝」と言う肩書きと権威は邪魔になります。私には必要のないものです。もし他に欲しい人間が居たら、そいつに与えれば宜しいでしょう」
と言い残して、「アスカ」の背に戻ると、レオポルド・ヴァスチーユは「少将」の襟章も捨てて、その場を後にする。
こうして、ヴィクター大陸の王政や帝政は、明日のケーキを失う結果となったのである。
レオポルド・ヴァスチーユは、「教会の尊厳と権威を甚く傷つけた」として、軍籍剥奪の上で遠方の島に流刑とされる事になった。「アスカ」との別れは辛い。だが、それだけだ。元々祖国に対する愛国心なんて無くて、ひたすら自分の「運命」に逆らい続けて生きてきた結果である。今更、悔いなんて無い。
流刑先の島に向かう船に乗り、もう故郷ともお別れか。と言う時に、埠頭に何やら人がやたらと集まりだしていた。全員、軍服を着ている。そして、喋っている言語は、メリスト連邦王国の言葉だ。間違いない。彼ら、彼女らは、かつて自分が率いていたヴァスチーユ軍の部下達だ。
ズラリと並ぶ元ヴァスチーユ軍の傭兵達は、一斉に敬礼をする。それだけでなく、下手くそな発音のクァンタム語にて、国歌の斉唱まで始めていた。
レオポルド・ヴァスチーユにとって、人生最高の瞬間であった。「愛される人間になりたい」。それも、肉体関係や恋愛感情を越えた関係、これがレオポルド・ヴァスチーユの求めた「愛」であった。
レオポルド・ヴァスチーユは、それから4年後に、病に倒れてそのまま逝ってしまった。骸になって、首都・ハリスに戻ってきた時、魔狼「アスカ」の墓の隣に葬られ、それからもずっと、薔薇の都と通り名を変えたハリスの土地に眠っている。
第5章へ続く




