0073 責任を取る
遂に来たか。レオポルド・ヴァスチーユ少将は、覚悟を決めていた。連中、ようやく自分達が「各個撃破」の対象となり、「戦力の逐次投入」の間違いを犯していた事実に気が付いたようだ。合従連衡軍、「対クァンタム同盟」の内、兵を出せる国は総出でこちらに攻めてくる形に、ようやく持っていったようだ。
レーン河攻防戦の戦功にて、少将にまで登り詰めたレオポルド・ヴァスチーユであった。ヴァスチーユ師団も、その後数を増やして、ヴァスチーユ軍にまで膨れ上がっていた。前回は相手が相手だっただけに戦意に期待できたが、流石に母国の兵隊に刃を向けるのは辛かろうと思って聞いてみると、案外皆ドラスティックな解答を示していた。
「愛国心云々以前に、下っ端は食っていくのに精一杯ですから」
「美味い飯に美味い酒、それに暖かい屋根付きの寝床。これ以上、何が欲しくて生きるんですか?」
「兵隊に食事も用意できない国に愛着もなければ忠誠心もわきません」
今回は、メリスト連邦王国も確実な兵站計画を組んで襲来するに違いない。南から北上してくるマベルタ王国軍、ダロス皇国の領地を横切ってやってくるロッシナ連邦軍、3カ国の軍隊を一国にて相手にしなければならない。
首都・ハリスの戦闘省、総合作戦本部では、議論百出、ああ言えばこう言う、ああでもないこうでも無い、侃々諤々、喧々囂々、何か言わなきゃ気になって仕方が無い。誰もが、あの英雄の意見を期待していた。だからこそ、少将に任命してやったのだ。18歳で少将。頭のネジがひん曲がっている妄想としか思えない速度で昇進している、あの「英雄」は、この状況をどう見るのか。
「敵がようやく戦力の逐次投入に気が付いたと見るべきです。次もまた可能な限り多くの兵力を注ぎ込んでの侵攻作戦になるでしょう」
「ロッシナ連邦の陸軍は、総動員した場合、100万は集められるという風説がありました。本当にそれを実現したとすれば、国家の運営に支障が出るでしょうから、せいぜい50万程度でしょう。それでも、メリスト連邦王国とマベルタ王国の軍勢も来ますから、今度はこちらが戦力分散のリスクを負う事になります」
「こちらが戦力を集中して、逆に敵の戦力を分散させるのには、前回のレーン河攻防戦の様な奇跡を当てにする訳には行きません。そうでなければ、「運命」は容赦なく我々の首をはねます」
「敵の推定戦力は、3方向、北、東、南より万単位の陸軍を用意するでしょう。つまり、我々は頑張って動員した人的資源を3分割しなければならなくなります。我が陸軍の総兵力は、40万です。これでも頑張って達成した数字ではありますが、3分割されてしまっては手も足も出ません」
「我々に必要なのは、絶対に敵軍が立ち寄って、尚且つそこで持久戦に持ち込まれず、1度の戦いで決着がつけられる、そんな決戦場が必要です」
「それは即ち、ここです」
「……ここです、この首都・ハリスしかありません。首都決戦でもって、敵を迎え撃ちます」
「ええ、気持ちは分かります。しかし、これ以上に効果的な餌はありません。極秘裏に政府・官僚組織は、その機能と人材を遷都先に持ち込んでしまい、戦闘に入る前に住民も避難させれば、人的損失も極限まで減らせます」
「マグドゥス宮殿に総司令部を置いて、敵軍を迎え討つ。それも、一戦にて、立ち直り不能な程のダメージを与えて追い払う。これしかありません」
「……ええ、そうです、首都決戦でもって、敵が戦う前に合流してしまったら、結果的に首都を火の海にした上で敗北する可能性の方が高いでしょう。本官もそれを憂慮しています。ですが、この際、それは無視しても良い要素です」
「それはつまり、戦後を見据えての勢力争いが、彼らをして合流する可能性を失わせるでしょう。首都・ハリスに一番乗りして、これを掌中にしたら、戦後のヴィクター大陸の勢力図を一変させます。広大で肥沃な土地を手に入れれば、今後の税収も期待できるでしょう。その肥沃な土地を独り占めにする絶好のチャンスです。これを逃さない手はありません」
「合従連衡軍と言っても、連中は未だに総司令部、あるいは連合軍司令部と言った、組織の統一化が出来ていません。詰まるところは、烏合の衆です。今の所は、ですが」
「本官としては、その敵の油断に乗じられる間に、最大限乗じた上で可能な限り、敵の損失を増やして、敵軍にこれ以上の侵攻を断念させる作戦でもって、迎え討ちたい。と考えました」
首都決戦!
考え得る限り、最悪なシチュエーションである。しかも、そこに40万の軍隊を置いて、推定8万と、5万と、50万、最低限度に見積もっても63万の敵軍を首都に誘き寄せての決戦である。
これは、もはや戦闘省の一存にて決められる問題ではない。政府閣僚にも持ち込まれた、この危険なギャンブルについて、各大臣、そして大統領は一瞬、言葉を失う。首都決戦、ここでやると言うのだ。しかも追い詰められての首都決戦ではない。最初からここに誘き寄せるのだ。
こんなの、まともじゃない。まともな軍人の考える事じゃない。発案者は誰なのかと聞いて、レオポルド・ヴァスチーユ少将の名前が出ると、全員が表情を硬くした。ここで、こいつの名前を聞く羽目になるとは思わなかった。戦姫の一族にて唯一産まれた男児、であるが故に女として育てられてしまい、結局男にも女にもなれなかった人間。
それはそうと、首都決戦。どうするのか。企画書に「了解」の判子を押すべきか否か。居並ぶ大臣の視線が、一直線に大統領に向けられた。ガリバレオ・タックス。このクァンタム共和国にて、市民の投票にて選ばれたリーダーは、こう答えた。
「良いではないか、やらせてみてはどうかな。よく考えたまえ、3方向から同時に侵攻してくる敵に対して、均等に軍を派遣して対応していたら、各個撃破されるだけだ。これまで軍が、ヴァスチーユが成功してきた理由は、各個撃破だ。その為に、ここを使いたいというのであれば、我々は可能な限り、全面的に協力しなければならない」
ガリバレオ大統領は、「了解」の判子を企画書に圧す。これで決まりだ。首都決戦。これからどうなってしまうのか。不安と恐怖が綯い交ぜになった表情を浮かべたままの大臣達に、大統領の言葉が刺さる。
「我々の仕事は「責任を取る」事だ。今こそ、「責任を取る」出番が回ってきたのだ。遷都先でも、その事を忘れるな」
レオポルド・ヴァスチーユ少将は、認可が出たのを知って、気持ちのチャンネルを切り替えていた。宜しい、上からの許可は取り付けた。あとは、どうやって戦うかだ。建物は幾ら壊されようと、最悪燃やされたとしても、後から再建は可能だ。この際だから、幾らでも使わせてもらおう。
それはまるで、玩具を手にして喜んでいる幼児の様なメンタリティーであった。




