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DECIDE YOUR DESTINY  作者: 北村タマオ
第4章 名誉皇帝篇
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0067 原則の誕生

 それは一見すると、長閑な光景である。本当は軍隊が居る光景で長閑な光景なんて許されないのだが、それが許されているのは、ここが前線から遙か後方に位置すると思っているからだ。この間まで、メリスト連邦王国軍共和国派遣軍の総司令部があった、ゼハード海峡沿岸部に設けた橋頭堡に居る戦闘員も、1人残らず最前線に動員されていた。

 ここに居るのは、補給要員や海軍の護衛、それに輸送船団の船員くらいで、これでは緊張感を保てと言う方が厳しい状況である。しかし、誠に厳しい状況に居るのは、彼ら、彼女らも理解していた。ここに詰めているメリスト連邦王国の人間でも、前線の兵站が厳しい事、それ故に危険なギャンブルに身を投じた事、そこは理解していた。でなければ、沿岸の橋頭堡をすっからかんにしてまで首都に向けて強行軍なんて無謀な作戦なんて、採用する筈が無い。

 後方に居なければ分からない、冷静かつ客観的な作戦班に対する、そして指揮官に対する審判に対して、運命は厳しい結末を与えていた。

 特に海軍の海兵は、暇を持て余していた。クァンタム共和国海軍の通商破壊戦から輸送船団を守る為に護衛として随伴していたのだが、陸軍国であるクァンタム共和国海軍には、この護衛を突破するだけの戦力が無い。そうと分かると、敵は通商破壊戦をアッサリと諦めていた。海での航海も、次の輸送船を護衛するまでの間も、暇そのものである。

 その海兵は、何とかして暇を潰そうとして、持ち込んだ玩具、例えばトランプやダイスを使った遊びを色々と試していたが、1度抜けてしまった気が元に戻るのには、なかなか時間がかかってしまう。ウダウダとしながら時間が過ぎるのを待っている間に、沿岸部を少し離れたところに広がる森から、鳥が次々と飛び立っているのが見えていた。なんだ、陸軍の連中、もう戻ってきたのか。しかし、おかしい。まだ戻ってくるのには早すぎる。あれからまだ3日。ここに上陸した3個軍が、大陸を押し渡って首都・ハリスを突くのには、どんなに頑張っても1週間程度はかかるはずだ。途中で敵軍との戦闘にもなると、より時間がかかる。素人が考えても、その程度の知恵は回る。

 それに、あのクラスト・メイドリード元帥閣下は、どうしても撤退できない筈だ。産まれた頃から貴族として生きてきて、自分の人生に、キャリアに1度たりともシミを付けた事が無いのであれば、自分から撤退なんて出来ないだろう。それは失敗を認めて、完璧なキャリアを汚す事にもなるのだ。

 であればこそ、約10万の陸軍は、草の根を囓ってでも首都・ハリスを目指さなければならないのだ。嗚呼、麗しきは我が連邦王国の素晴らしき貴族精神! たった1人の司令官の見栄と意地の為に、約10万の陸軍が飢えと渇きに晒されるのだ。

 良かったなぁ、自分達は海兵で。そんな根拠の無い意識は、次の瞬間、こちらのものではない砲声が轟いた瞬間、粉々になる。


 やっぱりな。

 レオポルド・ヴァスチーユ軍狼中尉は、1個旅団に過ぎない戦力にて、急ぎ敵の橋頭堡を叩いたのは正解だったと確信していた。連中、矢張り一切の後方支援の戦力も動員して、全部首都・ハリスに振り向けたらしい。こちらに与えられた3個師団には、敵主力に対して「適当に」戦いつつ後退せよ、と指示を出している。その指示さえ守ってくれていれば、敵の混乱はより大きくなっていくに違いない。

 こちらは遠慮はしない。こちらから砲弾も銃弾も軍狼も戦姫も、好きなだけ投入して、好きなだけ破壊させてもらう。巨大な戦列艦、小型のフリゲートが、次々と砲弾の餌食になり、戦姫が空から斬り付けられて、軍狼の体当たりでバランスを大きく崩して沈んでいく。

 軍狼中尉として、レオポルド・ヴァスチーユも最前線に出張りたいところであるが、今出張ってしまって敵弾の1発でも頭に受ければ、全てが台無しである。衛兵に囲まれながらの観戦、及び作戦の指揮程度で満足するほか無かった。ここより先、1歩だって前進してはならない。

 応戦する間もなく、陸上からの攻撃で、「世界最強の海洋国」の艦隊が次々と沈んでいくのは、痛快を通り越して夢でも見ているかのようだ。


 クラスト・メイドリード元帥は、自分だけタップリ食べて飲む、と言う趣味は無かった。部下の前でも、そう言う態度は見せない。それでも、「飢え」と「渇き」に対して、素直な部下達は、次々と「逃亡」「降伏」と言う形で、その苦しみから逃れていた事に対して、怒りを表明していた。

「首都・ハリスに辿り着けば、食う物、飲み物、何でも御座れだぞ!」

 と発破をかけているが、前方にて展開している3個師団は、明らかに「時間稼ぎ」の防戦一方で、こちらはノロノロとしか進めない。そうでなくても、敵はこの肥沃な大地の恵みを独占していて、こちらは飲み水だって不自由しているのだ。

 その折りに、後方から飛んできた伝令の戦姫から、恐ろしい一報が齎されてきた。

「ゼハード海峡沿岸部の橋頭堡は壊滅」

「艦隊は輸送船団を含めて、全艦撤退中」

「今後も橋頭堡を確保出来る見込み無し」

 箝口令を強いても、仕方が無い。喉に通す暖かい食べ物が無い今、もうお仕舞いだ。草の根や木の皮を囓っても、栄養にならなければ意味が無い。

 かくして、メリスト連邦王国軍共和国派遣軍は、飢え死にするより先に殆ど戦わずして降伏すると言う形で敗北していた。兵糧攻め、各個撃破、戦力の集中、今後のこの世界にて戦われる戦争に置いて基本となるドクトリンが出来上がった瞬間であった。


 そのドクトリンを作り上げ、見事に祖国に対する義務を果たしたレオポルド・ヴァスチーユ軍狼中尉は、首都・ハリスにて観衆からの大歓迎を受けていた。レオポルドは1度たりとも敵に背を向けずに、そして負けもせずに戦い抜き、クァンタム共和国の国難を見事にはね除けていた。

 3個師団を率いていた中将や作戦班の面々もまた、レオポルド・ヴァスチーユ軍狼中尉を高く評価していた。戦闘省の総合作戦本部の面々も、全会一致にてこれを承認していた。

 飛び級での「軍狼少佐」への昇進、クァンタム軍狼勲章の授与、等々の「論功行賞」が提案されたが、その話を聞いた英雄の一言は、後に伝説となる言葉となっていた。

「勲章や名誉賞は要らないから、もっと昇進させて欲しい」

 こいつ、調子に乗ってんのか。いや、調子に乗らせるのも悪くは無い。失敗したら、その能力に相応しい地位まで下げてしまえば良い。言い訳のきかない程度に敗北してもらえれば、一番調度良い。そうでなければ、敵に対して勝ち続けてくれさえすれば、それはそれで良い話だ。むしろ、もっと昇進してもらわなければ困る。


 ダロス皇国は、メリスト連邦王国軍の大敗を聞いて、1度目を疑い、そして受け止められるようになると、その事実が確かであるとして、今後の同盟関係について考え始めていた。

 今頃、連邦王国の軍務省は「責任」問題で揺れている筈だ。それこそ、戦争どころでは無いだろう。10万の陸軍と、数百を数える船を用意しての大敗である。

 であれば、こちらから出向くしか無いでは無いか。時の皇帝、グーデラティス・フォン・バチスは、連邦王国を筆頭とする「対クァンタム同盟」に対して、高らかに宣言する。

「次は我々の番だ。全軍吾に続け」

 ダロス皇国は、このヴィクター大陸の諸国の中では、歴史はかなり浅いが、クァンタム共和国に匹敵する陸軍国であり、サシで勝負したとしても、今回の様にそう簡単に敗れるとは、誰も考えていない。恐ろしい力の持ち主である。


 レオポルド・ヴァスチーユ軍狼中佐もまた、その報告を聞かされて、また最前線送りを覚悟していた。しかし、今度は階級も上がり、自分の軍狼である「アスカ」もまた、以前より美味い餌を食べられている。環境は劇的に改善されているのだから、以前よりも手広く、そしてこき使われるのは確定している。




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