0062(第3章 完) 人生の始まり
サラティー・サラド・王は、除隊して惑星テラースに向かう途中の宇宙船にて、引き取った2人の娘を連れて、夫の王光貞が宇宙服を着て、船の甲板にて宇宙を見つめているのを眺めていた。そこから見えるのは、真っ暗な宇宙だけである。
政略結婚で一緒になった夫婦であり、夫の方は退職金を全部妻に与えて、2人の娘の育成を任せようとしていたが、サラティー夫人は怒って返す。
「私独りで、あの人の想いを背負えないよ。独りでは戦えないわよ」
光貞は、元帥に昇進してから半年もしない内に旧軍、現在は国防隊と呼ばれている防衛組織に対して、今後の戦備体勢について指南すると、後は全部後輩に任せて辞表を提出していた。次の戦争が始まる前に、この元帥はもう使い物にはならなくなっている未来は、既に新しい上層部にも分かっていた。
サラティー・サラド・王戦姫中尉もまた、辞表を提出して、テレサ・ミルウェイが遺した2人の娘の面倒を看たいと言い出していた。国防隊は引き留めはしなかった。軍備の制限された沖那波国防隊には、サラティーの席すら残されていなかったのだ。
王光貞が、国防隊に残した指南は、以下の通りである。
「残された軍備は、惑星ごとの補給線さえ守れれば良いので、北海途相手の戦争は経済復興を待った上で準備や想定、それに訓練をしていればいい」
「今後は交渉主体の外交戦がメインになるだろうから、余計な軍事力はかえって敵に隙を見せる事になる。軍備拡張は慎重かつ大胆に」
とだけ遺して、王光貞は辞表を受け入れてもらえていた。メディアもそれを引き留めなかった。首都星での市街戦は、それだけ大衆の怨みを買っていた。あの市街戦は、これまでの王光貞元帥の輝かしい戦績全てを帳消しにしたらしく、退職金と年金だけ支払って、後は勝手にしろと言わんばかりにうち捨てた。
2人の娘は、母親のあの処刑現場に居たらしく、情緒不安定、感情も上手くコントロール出来ず、時折トラウマがフラッシュバックするらしく、いきなり大泣きしては大暴れ、もはや手もつけられない状態である。
サラティーは、その2人の娘の顔を見る度に、お互いにいがみ合いながらも、お互いの立場を理解していた女性を思い出さずには居られない。だから、シチューやライス、パンやステーキを皿ごと投げられても、折角プレゼントしたテディベアの耳を引き千切られても、部屋に閉じ籠もったまま外に出てこなくても、サラティーも光貞も平気だった。
贖罪なんて甘い言葉では現せない。好きでやっているのだから、誰にも何を言われても平気であった。
その2人の娘は、宇宙船の甲板にて、宇宙服を着て宇宙を見つめる父の背中を見て、呟く。
「ママに、会っているのかな」
「パパ、ママに謝っているのかな」
サラティーは、2人の娘の呟きを聞いて、あえて何も言わなかった。どちらも正しかったからだ。
……生き残ってしまったよ。あんなに大勢の人間を殺して、死なせて、傷つけて、私は生き残ってしまったよ。生き残った仲間は、散り散りになった。自分は、今度こそ、自分のやりたい事をやる。やるべき事をやりながら、だけど。やらないで、殻に閉じこもるよりは、余程良い。頑張るよ、頑張るから、そこから見ていてくれ。
セルドア・マークベルク元大統領は、山のコテージに自分の私物を並べる。掃除も終えて、ソファーに腰を下ろす。齢25にて、隠居生活である。ここから先、自分の心身をここで癒やし続けるのだ。一番自分の心を傷つけたのは、首都決戦の無惨な光景、そして何よりも、幼馴染みのゼハーダンテ・カッシュと、マリナ・マークベルクの結婚式での一連のイベントを見た後で、それまで踏ん張り続けた「何か」が、音を立てて崩れ去っていくのが分かっていた。セルドアは、解散した戦時内閣の元大統領として、年金暮らしである。
5年。5年も戦い続けたのだ。他に何か手に入るのでは無いかと、何処かに期待している気持ちがあったが、もうそんな物はない。王子様にもなれなければ、名君にもなれなかった。ましてや、英雄にも程遠い。何の為に、何の為に5年を費やしたのか。ここから先、ここで独りで酒を飲んで隠居生活である。
別に、人間が嫌いになった訳ではない。でも、暫く独りになりたかった。
王光貞。セルドア・マークベルク。2人の天才が、その才気を使い果たした。苦い想いを抱いたまま、何年か、あるいは何十年かのセカンドキャリアが始まる。
2人の、本当の意味での人生が始まる。
第4章へ続く




