0061 狂気
開拓暦149年2月5日。北海途の首都星に迫る正規軍は、革命政府と名乗るクーデター軍が首都決戦と銘打って籠城戦に入っていた。セルドア・マークベルク大統領と、軍司令官のゼハーダンテ・カッシュ大将は、一刻も早くこれを鎮圧しなければならなかった。
此度のお互いの国にて発生したクーデター騒ぎは、沖那波の方が先に鎮圧していた。ここで自分だけ遅れたら、宇宙統一機構・日本を仲介とした和平交渉に不利に働く。
「愚王」と言ってきた革命政府について、セルドア大統領は一兵たりとも逃すつもりはなかった。降伏の意志あらば、首都星を取り囲まれた時点で負けを認める筈だ。ここから先、負けを認める姿勢を見せないのであれば、どんな悲惨な光景を作ろうとも、戦うしか無い。首都決戦。聞いただけでも嫌な言葉だ。
北海途の首都星とは、単に行政の中心というわけではない。北海途の主要産業の本社が建ち並び、国家を運営する行政・官僚達が家族と共に暮らしている。正に、国の心臓であり、脳でもある。
だからこそ、判断は慎重にならざるを得ないが、後方遙か先にある宇宙統一機構・日本に派遣した特使から、悲鳴に似た、悲鳴そのものの報告が齎されていた。
「3日以内にクーデターを鎮圧、秩序を保てないと判断した場合は、沖那波宇宙軍がこれを代行する」
セルドア大統領と、「ダンテの大将」ことゼハーダンテ・カッシュ大将は、もう二進も三進もいかなくなっている事実を確かめていた。首都決戦。沖那波はやったらしい。やって勝ったものの、再建には半世紀かかると言われている。それを北海途もやると言う事の意味を、この際、考えなければならない。
もう、この戦争はお仕舞いだ。そして、今後もお互いに戦争は出来ない。宇宙統一機構・日本の「指導」のもとで、国家再建に注力しなければならない。だが、再建できるかどうかも怪しいところだ。日本だってお人好しで仲介するわけではない。沖那波と北海途の政治力と軍事力を骨抜きにするに違いない。
それはそれで良い。もしこのまま意固地になって戦争を続ければ、明日には全市民が草でも木の皮でも、何でも煮て食べなければならない事態に陥りかねない、いや、現にそうなりつつある。
3日。不可能な数字ではない。頑張れば、犠牲を顧みなければ出来る。セルドア大統領と「ダンテの大将」は、首都決戦を容認し、全兵力でもって首都星を包囲し、宇宙への脱出路を断つと、巨神部隊、機甲部隊、戦姫部隊を地上に降下させる。
革命政府は、地下に潜る事も出来た。逃げる事は不可能であったが、身分を隠したり、レジスタンス活動も出来た。それらを行わずに、正規軍相手に真っ正面から攻撃を受け止めたのは、称賛に値しそうで事実は真逆である。首都決戦が如何なる結末を国家に齎すのか、それを沖那波での首都の市街戦から学んでいる筈なのに、事実はこれだ。
上層部がこうであるのだから、現場はより深刻である。避難もしない、出来ない市民に対して、反乱軍も正規軍も、全く意に介さずに戦う。踏み潰しても、盾にされて諸共突き刺しても、斬撃に巻き込んでも、何とも思わずに戦い続けた。元々、そうする様に訓練されてきた。もし民間人が周りに居たとしても、構わずに戦い続けるのは、当たり前の話である。敵と殺し合っている時に、いちいち民間人が現れたからと言って戦う手を止めたら、その時は自分が殺される。兵士として、あまりにも間抜けな死に様である。そんな事を奨励する軍隊は存在しない。そうなる前に決着が付く様にするか、上層部の役割である。
だからこそ、実際に戦う兵隊の狼藉は、軍の司令官の責任である。人間とは元々、自分が生きる為に行動するものであり、それを「エゴイズム」と誹られる謂れはない。だったら、お前が行ってみろ、お前が斬ってみろ。返り血を全身に浴びて、自分も実際血を流している中で、尚も「人間らしい」と言える行動をとれるのかどうか。
人間と戦争は共存できない。最も非人間的な行いであり、これに適応したら最後、2度と日常には戻れない。PTSDを含む精神的な傷を負って、社会に戻ってこれなくなり、時として訓練通りに身体が動いてしまい、民間人を殺す事だってある。
文字通り、くるぶしまで血に浸かる様な戦いを終えた時、革命政府の指導者を連行していく姿を最後に、首都決戦は終わった。
セルドア・マークベルク大統領は、「ダンテの大将」ことゼハーダンテ・カッシュ大将と共に壊滅的な打撃を受けた市街地を見て、この戦争の終わりを見つめていた。革命政府の指導者を捕縛して連行したのは、あの通知を受けてから70時間後。つまり、あと2時間遅れていれば、沖那波宇宙軍の手を借りているところであった。
「終わった」
セルドア大統領は、そう呟く。自分の戦いも、北海途の戦いも。これ以上、戦争を続ける訳には行かない。早い内に戦時内閣を解散して、総選挙を行って新体制を構築しなければならない。最も、選挙に投票してくる市民が、どれだけ居る事やら。住民の2,3割は犠牲になっただろう。
次の内閣が出来るまでの繋ぎ政権。それが自分達の今の役割である。特使にも「クーデター鎮圧」の急報を入れて、沖那波宇宙軍の参戦と言う最悪の事態だけはなんとか避けられていた。
「ダンテ、俺達は何を間違えたのかな」
「全部だと思います」
「だろうな。俺もそう思う。お互い、英雄にはなり損なったな」
開拓暦149年2月10日。お互いの特使が、ようやく交渉の場についていた。宇宙統一機構・日本は、沖那波と北海途に対して告げる。
「我々統一機構は、両国に対して、その主権と自由意志を尊重しつつも、今日の大流血を齎した主な原因として、双方に軍事力の所有を認めたことにあると判断し、講和の第一条件と、双方の武装解除、軍備永久放棄を提案するものとします。もしこれがいれられない場合、次は我が日本の軍隊が、軍事介入しての講和を行うものとする」
特使達は、然もありなんと頷く。こうなる事は、お互いがこの交渉の場に入る前の打ち合わせにて話し合い、確認した後で、別の切り口を探っており、この場にてそれを試してみる。
「了解しました。では、講和は致しません」
口をあんぐりと開けて驚く日本の特使に対して、双方の特使は応える。
「我々は、一時的な戦闘の停止、停戦条約を結ぶつもりです。講和の条件は受け入れられませんが、停戦条約に置いても軍備永久放棄を要求するのであれば、この場での交渉は無かった事に」
双方の特使は、日本の特使の顔を見て、自分達が「勝った」と悟っていた。この場にて戦争が終わって欲しいと思っているのは、日本も変わらないのだ。それに、日本が武力介入をしようとしているのは、単なるブラフと見てもいい。
休戦だろうと停戦だろうと、兎に角、終われば良い。終戦に向けての動きを止めるわけには行かない。
結局、日本は条件を幾つかつけて、停戦条約を認めていた。軍備の制限、憲法上での戦争の放棄である。その後も仔細について次々と詰めていき、長い時間をかけて、開拓暦150年6月24日、戦争は終わった。軍組織は崩壊し、産業界にも多大な損失を齎し、結局、どちらも勝てないままに、「北沖戦争」は終結した。




