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006 第一次硫酸島防衛戦

 「戦争」の基本は兵站にある。特に島での攻防戦では、島側、つまり守る側の兵站で全てが決まる。制空権も制海権も失った時点で地上戦にて勝利したとしても、何れは武器弾薬は勿論、食べ物も飲み物も底を突いたら終わりだ。

 その肝心の制海権であるが、今すぐレイド・サム国の艦隊が出撃してどうこうと言う段階までは準備できていない。もっけの幸いは、ソメリト合衆国の大海洋艦隊が戦力を三分割してしまったので、制海権の再奪取は可能な所まで来ている。

 制空権としては、今の所はまだ優劣がついていない。レイド・サム空軍の主力戦闘機「銀我」は、世界でも一線級のステルス戦闘機である。しかし、この島に配備されている「銀我」はたった32機。先述した通り、制海権はほぼ無いに等しく、制空権も絶対ではない。

 現在のソメリト合衆国海軍の主力戦闘機、F55VTOL戦闘機は空母では無くとも強襲揚陸艦でも扱える。こちらの偵察で把握した敵艦隊の強襲揚陸艦は5,6隻である。1隻につき6機程度扱えるのであれば、こちらよりもやや優位程度である。

 守備隊司令部の参謀達の意見は、割れに割れた。積極的に攻撃する派と、防御一択で持ち堪える派である。山之神ゴロク作戦少尉は、後者寄りではあるが、常に防御一択と言う理屈には反対していた。

「我々には長期間、籠城戦を続けられるだけの補給物資はありません。基地施設も1度壊されたら、再建する手段もありません。地下設備に装備や人員を隠して持ち堪えたとしても、制海権が取り戻せるまで悠長に待てるだけの状況ではありません」

 では、どうする? どうすれば、この硫酸島を守りきれる。

「島嶼戦の基本として、制海権と制空権を握った上で、孤立した島の守備隊を叩くのがセオリーです」

 それくらいは分かっている。で、そのセオリーをどう崩すつもりだ。

「200年前の「テラース」最終戦争にて、砂漠の狼と言われたダロス皇国陸軍メケルス元帥は、戦術をじゃんけんにしました。パーにはチョキ、チョキにはグー、グーにはパーです。我々も又、これに倣うべきです」

 それで、勝てるのか。

「それは私も知りたいくらいですが、少なくとも馬鹿正直に正攻法を用いるよりは、時間は稼げると思います。このまま実りのない議論を繰り返すよりは、だいぶマシだとも思います」

 ハッキリ言うな。で、どうやってじゃんけんをするつもりだ。

「じゃんけんで最強の手とは何だと思います? それを使うべきです。グーにもチョキにもパーにも勝てる、最強の手です」


 キリル・ネストルーデ戦姫軍曹は、今までこんな光景、見た事が無かった。自分が見た事がないだけで、昔何処かで見られた光景かも知れないが、少なくともキリルは見た事が無い。

 巨神2体を先頭にして、その後方に戦姫、機甲兵器、歩兵が並んで待機している。

 まずい。これは甚だまずい。こちらは「先ずは制空権から」と言う理由で、戦姫1個大隊にF55戦闘機が20機だけしか連れてきていない。巨神はこのC部隊には1体しか割り当てられなかったので、艦隊護衛に残してしまっている。

 キリル・ネストルーデ戦姫軍曹は、先頭を飛んでいく中で、現場指揮官に具申する。この際、自分のキャリアなんぞ関係ない。このまま正面から馬鹿正直に突っ込んでいったら、こちらは大勢死ぬ。

「馬鹿な。このまま進む。落ちこぼれは後ろに下がれ」

 落ちこぼれだろうと何であろうと、言うべき事は言わねばならぬ。このままでは大勢死ぬ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥ではないか。

「それで、このまま逃げろと? あの妙ちくりんな部隊構成については、確かに不気味ではあるが、それが逃げる理由になるのか」

 逃げ遅れて死人を出すよりよほどマシでは無いか。

「……無理だな。予定通り、F55戦闘機により制空権を奪い、戦姫部隊によって地上軍を掃滅する」

 ……この分からず屋め。死にたければ自分1人で首でも絞めろ。わざわざ他人を巻き込む必要は無いぞ。

「いい加減にしないと、背任罪で軍法会議にかけるぞ」

 ……知らない。

「彼氏の情けで護衛枠ではなく、攻撃班に回してもらえたのに、偉そうな態度だ。後ろに戻って彼氏としっぽり濡れていろ」


 ソメリト合衆国海軍のF55戦闘機が前方に広く展開すると、機甲軍を構成する人型二足歩行ロボット兵器が、2体の巨神を盾にして、F55戦闘機に弾幕を張るように手に持っている機関銃で前方180度に弾をばら撒く。次々と戦闘機が、全高9メートルの持つ機関銃の銃弾で撃ち抜かれている中、戦姫部隊はこれを阻止する為に守備隊に向かって飛んでいくが、全高20メートルの巨神2体がガッツリとガードを固めて、そこから先に踏み込ませようとはしなかった。その隙に、「銀我」戦闘機が逆落としの様に急降下してきて、次々とソメリト合衆国海軍の戦姫部隊をロックオンし、20㎜機関砲にてその身体を砕かれていく。


 守備隊も、攻撃部隊も、この状況を信じられないという風に見つめていた。これは決して「弱者の反則戦法」として忌むべき代物ではない。反則だろうと卑怯だろうと、お互い様である。

 山之神ゴロク作戦少尉もまた、その内の1人である。自分としても完全な自信があった訳ではないので、こうも作戦がはまるとは思っていなかった。最も、完全に新しい、革新的なテクノロジーを使った訳でも無ければ、敵の心理を読んで奇策を弄した訳でも無い。先人の知恵を少しばかり借りて用いただけである。

 今後は、何かと面倒な立場に追い込まれるかも知れないな。

「何か困ったらこいつに任せよう」

 と言う風潮が出てくるのは、間違いないだろう。それは作戦少尉としては役得なのであるし、これで階級が上がれば、給与も増える。今でも充分貰えているし、趣味以外に浪費した事なんぞ無い。生活は質素倹約と言うよりは、無芸小食に徹しているだけである。

 やがて、硫酸島はその元の静寂を取り戻していた。ただ、沿岸分にてソメリト合衆国の戦姫部隊の骸の血の匂いに誘われて、続々と鮫が集まり、目を背けたくなる光景が広がっていた。


 生存したのは、F55戦闘機が5機と、戦姫が18人のみ。対してこちらは戦果無し。大敗北である。攻撃部隊の指揮官も、その生存者リストに入っていた。こう言う時、上官は上手く味方や敵の目を盗んでコソコソと逃げてくるものである。だから指揮官レベルまで生き延びられる。

 C部隊司令部に置いては、キリル・ネストルーデ戦姫軍曹の判断に関する議論が交わされていた。即ち、「ひとまず退却」が正しかったのか、あるいは「全軍進撃」しか手はなかったのか。これに関する議論である。その議論によっては、生き延びた隊長の処分が決せられる。

 メイ・サイザーランド作戦中尉は、あえて何も言わなかった。弁護もせず、追及もせず、ひたすら自分の愛する女性を見つめていた。議論は徐々に隊長を批難する方向に向かっていったが、その終盤になって、メイは一言だけ告げる。

「もしお前が指揮官だったら、矢張り撤退していたか?」

「はい」

「それで、どうした?」

「後方にて敵より3倍の戦力を整えた上で、攻め直します」

 このメイ・サイザーランド作戦中尉とのやり取りにて、隊長のキャリアと、この議論には終止符が打たれていた。

「キリル・ネストルーデ戦姫軍曹、次の部隊長は貴殿に任せる。守るも攻めるも、自由に判断しろ」


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