0059 灰になるまで
この世で最も醜い光景がある。
胸を痛める光景がある。
それは正しく、今セルドア・マークベルク大統領の前に広がっている光景である。2柱に別れた「龍」は、お互いに食い殺し合いながら、自分こそが最強と言わんばかりに「力」での衝突を繰り返していた。
昨日まで考えの違いはあれども、一線は越えてこなかった。最終的なゴールは決まっていた。だが、違うゴールを見つけ出してしまった「龍」の争いは、熾烈な市街戦となって現れていた。
全ての「龍」が、「戦う力」を持っている訳ではないし、その「意志」があるのかどうかもバラバラだ。その中でも、最も弱い人間達は、穴蔵に引っ込むよりも、安全な地域へと脱出を始めた。「難民」と呼ぶべき人々が、次々と日本へと雪崩れ込んでいた。
もう終わりだ。この国も、この戦争も、そして、ここでの生活も。これからは、他国に移り住むしかない。ここに居たら、何時「反乱分子」とされるか、あるいは「革命家」と言われた末に殺されるのだ。
嘘をついても、何時かはバレる。北海途にて暮らしている限り、このどちらかで無ければ生きていけないのならば、逃げるというのも一つの手だ。
セルドア・マークベルク大統領は、治安維持と秩序の回復を行うべく、3分の2が手元に残った軍組織により、暴徒鎮圧と流通・経済の回復に取りかかっていた。市民生活の保護と再建をセルドア大統領が請け合い、その間の地域の安全確保の護衛の為に、「ダンテの大将」ことゼハーダンテ・カッシュ大将率いる北海途宇宙軍が反乱軍とその支持者から市民を守っていた。
この間まで、一緒に暮らしていた同胞同士が、銃で撃ち合い、刃物で刺し合い、時としてはグーで殴り合う者も居た。2柱に別れた「龍」の共食いは、敵国と戦う時以上に苛烈勝つ熾烈な内容となっていた。
「ダンテの大将」ことゼハーダンテ・カッシュ大将と、セルドア・マークベルク大統領は、お互いに水を飲みながらの会合を開いていた。御題目は、ズバリ「戦後」の話である。それを聞いて、「ダンテ」は大人しく聞く。
「もう戦争どころではありません。ここまで混乱した後で、軍組織の再建と経済の再建を共に進めるのは不可能です」
「軍の再建は勿論、民需再生から始めなければならん。そんな事をしながら戦争をするなんて器用な真似は、私を含めて、誰にもどうする事も出来ない」
「そこで、「戦後」の題目として、何を話すというのですか」
「仲介役として、宇宙統一機構・日本が一番適任であると思っている。癪ではあるが、背に腹は代えられない」
「元々、日本の開拓地だったのですから、別に何ら理不尽でも不条理でもありません」
「借金もしなければならないだろうし、「難民」も取り戻す努力をしなければならない。全て「0」から、いや、「-」からの再出発だ。何なら、今すぐにでも日本の助力が欲しいところだが、沖那波も同じ事態に陥っているとすれば、暫くは前線を放り出しても、国防上の危険はない筈だ」
「しかし、前門の反乱軍に、後門の沖那波宇宙軍という図式にならなかったのはもっけの幸いです。犠牲者には気の毒ですが」
「……しかし、皮肉な結末だ。外敵をして勝ち負けを繰り返していく内に、軍再建計画で民意を得られずに内乱でもって身内から滅ぼされるとは」
「それで、閣下は戦後の北海途を如何に復興させるおつもりでしょうか」
「辞める」
「そう仰ると思っていました。元々戦時内閣なのですから、戦争が終わったら解散するのは自然の理です。それで、辞職したら如何するのですか」
「ゆっくり休みたい。もう何もしたくない。あるいは、これは最低の贅沢で、最悪な我が儘かもしれないが、もう私が出来る事は全てやりきった。後は悠々自適に、コテージで酒でも飲みながら、ゆっくりじっくり暮らすつもりだ。お前こそ、どうするつもりだ」
「私は、軍に残ります。誰かが後始末をやらなければならないとすれば、それは私が引き受けます」
「そうか、しっかり頼むぞ」
……変わったものだ。あの天を突かんとする「覇気」と「誇り」の塊みたいな若者は、もう居ない。ここに居るのは、燃え尽き症候群にて灰になりかけた若者が居るだけだ。しかし、それを責める事が、誰に出来ようか。確かに、戦争には勝てなかった。戦後復興も、日本頼みになるしかないだろう。もうその頃には、セルドア・マークベルク大統領は、心身共に燃え尽きて、灰になってコテージにて飲んべえの青年になるのは目に見えている。
でも、もう良い。これ以上の事を頼めば、セルドア・マークベルクは消耗しきった末に「死」を迎えるかも知れない。いや、その時は「死ぬ」。
「龍」となった市民を相手にするのは、もう疲れたという感じである。そうでなくても、急拵えの戦時内閣であり、その覚悟もそれ程ない内に政務に就かされたのだ。「龍」が2柱に別れて争う中で、市民を巻き込んでの内戦に陥っている中で、彼は一体何の為に自分の人生を生きているのか。
開拓暦148年12月2日。北海途政府は、沖那波との戦争の仲介役を日本に頼むべく、特使を送り込んでいた。北海途に特使を送るのはまだ早い。少なくとも、内乱がお互いに終わる頃には、本格的な和平交渉の始まりとなる。これで、「北沖戦争」も終結が見えてきた。
がしかし、北海途での内乱も長期化の傾向が見え始めていた。反乱軍が、首都星を中心とした地域にて勝手に「独立国」の樹立を宣言してしまったからだ。このまま、お互いに望む形で、犠牲を少なくしての騒乱の終わり、と言う訳にはいかなくなっていた。流血沙汰は、まだまだ終わりそうにはない。




