0058 セカンド・キャリア
辞めよう。
この戦いが終わったら、今の仕事、辞めちゃおう。自分は既にこの戦争で過分な地位を頂いた。実体として、もうこの国の軍備は勿論、経済もボロボロになっている。これ以上戦えば、待っているのは「崩壊」のみである。
辞めよう。もうこれ以上、自分が出来る事は無い。帰ろう。家に。無い場合は、これから適当に建てれば良い。自分の志は、もう此処には無いのだ。
王光貞大将は、要塞惑星テラースより全軍を率いて首都星を直撃するコースを取っていたが、その途中にてえげつない光景を次々と見せつけられていた。クーデターを起こした反乱軍は、非協力的な市民を次々と物理的に消していく事に抵抗感を抱かないらしく、その結果が有人惑星にて見受けられていた。
確かに、この世で最も強い存在、怒れる大衆は、「龍」は強い。1度感情に火が付けば、全てを呑み込む「力」となる。反乱軍はそれに対して、「暴力」でもって報いていた。経済的にもダメージを与えようとしたのか、現在の貨幣を全て使用不可として、軍票を配布して経済を回そうとしたようだが、結果として壊滅的なインフレーションが発生して、パン1個買うのに「紙」の軍票を籠いっぱいに盛って買い物に行かねばならず、尚且つ店に長蛇の列に耐えねばならず、それでも買えるかどうかは分からない。
反乱軍は、正規軍の進軍に合わせて、戦力を首都星に集めている。どうやら、市民の中から使えそうな人間を拉致同然に連行して、それなりの戦力になっているらしい。偵察班からは次々と容易ならぬ状況にあるとして、反乱軍の規模は大きくなり続けている。
「「虐殺」、「ハイパーインフレーション」、「拉致・連行」、犯罪行為のオンパレード、あんな連中が本当に「平和内閣」なんて作るつもりなんでしょうかね」
デバッカー・サレント作戦中尉は、その地獄絵図を処置しながら、総司令官の王光貞大将に言う。一体、誰が望んでこんな地獄を作っているのか。「龍」を「力」で制しようとしたら、必ず「龍」は報復する。それが分かっていながらも、こうも「龍」を甚振りぬいているのか。反乱軍は、一体何に「反乱」しているのか。
「兎に角、今は秩序の回復が先決だ。「戦後」になってからするべきかもしれないが、正規軍に、我が軍に民意が傾く様にするのだ」
「「戦後」、もう終わるのですか」
「当たり前だ、これまでは殆どの戦闘が惑星テラースにて集中していた。市街戦だとか戦略爆撃だとか、銃後の社会への攻撃は殆ど無かったか、あるいは試みられたが失敗した。つまり、お互いに国力の許容範囲内にて戦争していた訳だ。しかし、今度の内戦で、国内の産業・治安・経済がグチャグチャにされた。もし今後もやろうとしたら、国会総動員なんてやっても、動員する人・物・金を用意するところから始めなければならない。根っ子から、ではなくて、土壌となる土から整えなければならない。敵も、北海途も同じ状況にあるとすれば、お互いにゲームオーバーだ」
「ですが、仲介役がいなければ」
「日本がやれば良い。これまでは、宇宙統一機構の名ばかりで「武力」も「発言力」も「政治力」も、どれも無かったが、この内乱で我が国も北海途も、力を失った。元々、我が国も北海途も、日本が開拓した惑星間国家だ。借家栄えて母屋斃れるだったのが、もう立場は元に戻った。日本主導で、お互いに国の再建に従事しなければ、もう保たない。骨まで残さずに消え去るのみだ」
「それで、納得するのでしょうか。市民は」
「その市民の不平不満が、この反乱騒ぎの原因だ。第一、納得するもしないも、戦争の継続は経済的にも軍事的にも、政治的にも不可能だ。戦争の原因は、「民族的」「宗教的」「歴史的」なものではないのだから、解決は出来る筈だ」
「……もし、もし出来なければ」
「この世の終わりだね。市民は翌日から草食べて飢えを凌ぐ世界の到来だ。冬になったら暖を取るために山の木々を勝手に伐採して燃やして、夏は海辺に行って口に入れられる物なら何でも口に入れる。そこまで追い詰められたら、もう戦争なんてする必要は無い」
「で、どっちの勝ちなんでしょうか」
「日本だね。一戦もせずに、一銭も支払わずに、これまでの上下関係を引っくり返したんだ。北海途も沖那波も、もう以前の力は無い。パワーゲームもマネーゲームも政治ゲームも、全部終わり、ゲームオーバーだ」
「そうなったら、司令官閣下はどうするつもりですか」
「辞める」
「……え?」
「辞める。軍を辞める。日本が主導する国家再建事業には、私は必要とされないだろう。惑星テラースで考古学の研究をするのが、私の夢だったからな。軍人は元々希望していなかった。それが何を間違えたのか、いつの間にか大将にまでなってしまった」
「しかし、予備役に入るのでは」
「これは私の勝手な見立てで、個人的な感想であるが、沖那波と北海途が戦争を出来るくらいにまで復興するのには、半世紀か、短くても20年か30年はかかる。その頃にはもう予備役だろうとなんだろうと、戦争の現場へのお呼びはかからないよ。20年や30年経てば、使っている武器も組織も様変わりしているだろうから、単なる老害だよ。大体、これまでの戦いで、1000人分の滅私奉公は果たしてきたんだ。私の出る幕はもう無いよ」
「しかし、閣下が居なくなったら、誰が軍を再建すれば良いのでしょうか」
「その将来的ビジョンだけは授けてから辞めようと思っている。安心してくれ」
「なら、本官も辞めようと思います。戦争が出来ない沖那波に未練は無いので、日本に渡って伝記作家にでもなろうと思います」
「ほう、貴官には文才があるのか?」
「まぁ、SNSに載っける日記を再編集して、加筆すれば、当面の生活費は印税で賄えるんじゃ無いかと思っているんですがね」
「面白いじゃ無いか。やりたまえ」
「閣下には、サイン入りの初版を送りましょう」
「そいつは有り難い」
「しかし、軍上層部が納得するでしょうか」
「納得するもしないも、この状況で戦争なんて出来ないのは、偉い立場に居ればすぐに理解出来る。何なら、軍そのものの存在も消されるかも知れないね。あるいは、名前だけ残して別物にして、組織を骨抜きにしたまま残すか」
「確かに、どちらにせよ、我々の様な「劇物」は邪魔になりますな」
「まぁ、お互いに全力を尽くそうか。楽しい「戦後」を送る為にも、反乱軍には負けないようにしないとな」
「……これで、負けるのですか」
「単純な数だけでも「力」になるからな」
「では、「平和内閣」に戦後を任せますか?」
「いや、広告攻勢といくか。メディア戦争に出れば、反乱軍は市民の支持を完全に失うだろう。何なら、戦う前に烏合集散の末に消えるかも知れない。その方が望ましいがな」
「首都星での華々しい市街戦。市民を道連れにした自爆行為。最悪の結末ですな。いくら何でも、反乱軍はそこまで追い詰められたとしたら降伏するんじゃないですか?」
「そうであって欲しい。だが、可能性だけを問題にすれば、そうなる未来図は決して絵空事ではない。だから恐ろしい」
「確かに、人間は追い詰められたら、何をするか分かりませんからな。首都星での市街戦、うん、確かに悪夢そのものです。字にするだけでも怖いです」
「その為のメディア戦争だ。徹底的にやるぞ。いつも通りにな」
開拓暦148年11月1日。沖那波宇宙軍は大規模なメディア戦争を展開していた。「龍」を手懐けるのに刃物は要らぬ。メディアが主力とは言え戦争なのだから、無論、誇張・拡大解釈・脚色、何でもやれる事はやる。この世で最も強い存在が、正規軍に靡くのに時間はかからない、筈だったのだが、反乱軍は正規軍を「平和の敵」として、同様にメディア戦争に打って出てきたので、この内乱、長引く危険性があったし、事実として内乱は長期化の様相を呈していた。




