0055 龍の叫び
開拓暦148年2月29日。沖那波と北海途を構成している惑星にて、同時に大規模な反戦デモが起きていた。お互いの国民が何を訴えているのか。「平和」、ではない。「徴兵反対」「徴用反対」「増税反対」「物流・小売りの正常化を」と言うのが、その訴えである。
ここまでの流れで、双方共にその軍組織の半分が失われて、それを埋め合わせる為に大規模な軍再建計画が持ち上がっていた。無論、誰もが反対した。そして、その誰もが同時に自分達の有権者、即ち市民にこの情報をリークしていた。これまで、何かと我慢を重ねてきた。その中には、「食べ物」に対する我慢、そして隣人・家族の死に対する我慢も含まれている。この上、更に生活に直結する負担を強いられるのに、双方の市民は納得できなかった。
元々、沖那波も北海途も、宇宙統一機構・日本が開拓した広大な宇宙空間の一区画に過ぎなかった。それが、日本よりも巨大かつ強い組織になってしまった為に、経済的かつ軍事的な衝突を繰り返し、何時しか「北沖戦争」と呼ばれる争乱に雪崩れ込んでいたのだ。つまり、「民族的」でもなければ「宗教的」な背景もない、そして実は「経済的」な理由でもない。単純に「地域紛争」の一言で片付けてしまっても構わない理由にて始まった、国家間の「私闘」に近い戦争に過ぎない。
影響がこれまで限定的だったのは、軍人だけがこれに戦っていたからに過ぎない。「全面戦争」をしていると言う実感の無い環境がそうさせていたのだ。何しろ、戦場は住民も殆ど居ない惑星テラース周辺に集中しており、本土決戦は1度だけ、「トールハンマー」作戦に関係する戦いがあるだけであり、しかもその作戦を北海途は阻止している。
戦場が自分達の生活には関わらない地域での戦争であり、国家総動員も行っていない。その必要が無かったからだ。しかして、実際に自分達が主役となる総力戦なんぞ、誰も望んでいなかった。そんなのは、惑星テラースの地上にて生きていた頃の名残の筈であった。それが、どうしてこうなるのだ。こう言う事にならない為に、税金を払って、言う事を大体は聞いてきたのでは無いのか。
沖那波、北海途の市民は怒った。SNSで炎上させるのでは飽き足らず、現実に「デモ行進すべし」とする意見が多く出た結果、呼びかけに応じて億単位の人間が参加する、大規模なデモ行進となっていた。
それは正に、街を、視界を、道を全て埋め尽くす怒濤の行進であった。ムカデと言うよりは、嵐であった。この世で最も強い存在が目覚めた瞬間であった。元々動機づけも曖昧だった戦争に、生活を脅かされる謂れはない。パンも無ければ娯楽も無い癖に税金だけはガッポリ頂く国に存在価値などあるのか。このデモ行進は、究極的に突き詰めるとそう言う動機づけにて集められていた。
沖那波の議事堂周辺を埋め尽くす、この世で最も強い生き物がとぐろを巻いて、怒りを発していた。観る者を圧倒するその光景は、テレサ・ミルウェイ首相を筆頭とする戦時内閣の胸を締め付けていた。自分は頑張った、なんて言葉はこの際、言い訳にすらならない。頑張るのは当たり前である。この地位に就いた頃から、その道は決められていた。
それはそれで良い。この世で最も強い生き物が欲しているのは、分かり易い。即ち、「反戦」ではなく、「負担軽減」なのである。戦争そのものは、実は反対も何もしていない。だからこそ、問題であり心配の種でもある。
「軍内部にてクーデターの可能性があるかもしれない。充分に注意せよ」
同じく、大統領府の周囲をぐるりとこの世で最も強い生き物が取り囲んでいる中で、セルドア・マークベルク大統領は、戦時内閣に告げていた。こんな状況下で、よくもまぁそんな冷静な分析が出来るな、と感心しつつも、聞くべき部分はしっかり聞く。何故軍内部のクーデターの可能性があるのか。
「このデモを口実に、政権奪取を試みる強硬派や和平派が動かないとは限らない」
確かに、失政は反乱の絶対条件である。それを理由にして、内乱なんて起こされたら、それこそ「戦争」どころではない。クーデターを起こされたら最後、休戦、あるいは停戦の運びになるに違いない。
それでも、セルドア大統領はあのデモ行進についてネガティブな感情は持たなかった。自分だって、第三次テラース攻防戦、「ロンギヌス」作戦が失敗した時には、怒りのあまり執務机を何度も殴りつけて、大穴を開けてしまっていた。捕虜交換なんてしても、こちらは敵の捕虜なんて殆ど居ないのだし、そもそもタダで返せなんて言われて返す阿呆は居ない。
セルドア大統領は、改めて大統領府の窓からこの世で最も強い生き物を眺める。あれは、アスラン大陸にて信じられていた「龍」という神話上の生き物に近い。一度逆鱗にふれれば、「龍」は全てを燃やし尽くすだろう。これまでの犠牲は仕方が無いとして、これからの生活が犠牲になると思えば、逆鱗に触れるという物だ。
そして、メディアは連日連夜、この騒ぎを報じ続けていた。公共放送は無味乾燥とした味付けにてニュースを提供したが、民間放送の方はこれを各社の社風でもってこれを報じていた。中にはドキツい辛口、味覚が痺れそうな甘口に至るまで、何でもあった。それもそれでいい。メディア毎に解釈が異なるのは、民主主義の標榜する理想の1つ、「多様な価値観の許容」が正常に機能しているのであって、むしろ良い傾向である。
王光貞大将は、要塞惑星テラースの司令所にて、沖那波の各惑星にて巻き起こっているこの世で最も強い生き物が戦う様子を眺めていた。これからどうなるのか、あんなデモ行進が惑星間国家にて巻き起こっているのであれば、軍内部の動きもキナ臭くなってくる。この惑星に居る部下達でさえ、なかなか安心できない。無能な戦時内閣に怒りを抱いているという意味に置いては、あのこの世で最も強い生き物と思う所は同じである。
ただ、その戦時内閣の首相が自分の元交際相手であると言うのが、王光貞大将にとっては辛いところである。
「荒れるぞ、これからは」
この一言を聞いた部下達は、その理由を上官に問う。
「今後は部下に対する監視を少し強めにした方が良い。あからさまにやるよりも、然り気無くやった方が良い。もし堂々とやるようになったら、その時は味方の造反を招くかも知れない」
味方の造反。これは怖い表現だ。ついこの間まで一緒に肩を並べていた仲間達を疑えと言うのか。
「近々、反政府思想に染まった造反者が集まって、政権奪取を図るかもしれない。可能性は充分にある。民意を背にした「龍」は怖いぞ」
開拓暦148年4月8日。デモ行進はようやく収まった。「龍」は天に帰ったが、納得している風には一切見えない。戦時内閣は、取り敢えず法案は「凍結」と言う形で妥協案を見せたが、「廃案」ではなく単純な「凍結」なのだから、何時でも「解凍」する準備は出来ているだろう。
そろそろ軍の介入も有り得るのでは無いか。そんな不穏な空気が、沖那波と北海途の両政府に満ちていた。それが、この「北沖戦争」の最後の戦いへ向けての進軍ラッパであった。




