0053 運命が振り向く
北海途宇宙軍第1陣が惑星テラースの地上に降り立ってから、既に2週間の日々が過ぎた。その間、巨神が使う巨大な槍が、建設した基地に投擲される。機甲が使う大剣が投げ込まれる。上空を戦姫がゲリラ的に侵入、周回する。そんな事ばかりが起きて、北海途軍の精神はヤスリで削られる様に消耗していた。敵は何処で何をしているのか。
第1陣の作戦班の考えは、悪い意味で割れていた。敵の司令部を一挙に叩くべきだ。いやいや、敵の司令部はそれと思しき設備だけで、既に20箇所以上が確認されている。この星そのものが司令部であり、中枢とされる場所は存在しないと見るべきである。ではその20箇所全てに同時に攻撃をかけるべきだ。いやいや、それでは戦力分散となる。20箇所の全ての地域を1か所ずつ攻撃したとしても、手間と時間がかかりすぎる。しかし、このまま何もしないのが一番の悪手ではないのか。このままでは物資も持たないし、精神も限界が来てしまう。いやいや、であれば第2陣と交替すれば良いではないか。後方にて待機しているのだから、心身ともに健全な状態で戦えるではないか。
延々と続くと思われた議論は、ある日突然、ブツリと途切れる。惑星テラースの衛星軌道上に、無数の物体が確認されたのだ。やがて、後方にて待機中の第2陣や司令部との通信が妨害され、第1陣は無数の物体の正体を確認して、やがて顔面蒼白となる。
無数の物体とは、宇宙機雷であった。それだけでなく、ジャミング装置、地上攻撃用衛星、あるいは偵察衛星、これまで何度も戦場となって汚されて、その度に掃除されてきた筈の惑星テラースの衛星軌道上には、無数の兵器が静止衛星として、あるいは周回衛星として、完全にカバーされてしまっていた。
それと同時に、第1陣の基地の周囲を取り囲む様に敵軍が、沖那波軍が出現、これを完全に包囲下に置き、兵糧攻めの構えをとっていた。
恐るべきは、沖那波宇宙軍の実質総司令官となった王光貞大将の智略である。彼は、倍の戦力で攻め込んできて、物量で押し潰そうとしてきた敵を分断して、1対1の戦いに持ち込んでしまったのだ。第1陣の司令部は、青ざめた表情で残された補給物資を確認する。
「1週間! 1週間分しかないのか!」
「ダンテの大将」ことゼハーダンテ・カッシュ大将は、絶望的な叫び声を上げる。兵站計画は完璧であるが、それを届ける手段が無ければ倉庫で腐るだけだ。そんなのは存在しないも同然である。
「落ち着いて下さい、司令官閣下。機雷や衛星の除去により、完全に安全を確保すればいいではありませんか」
「駄目だ、全然駄目だ。間に合わない。1週間の間に、あの規模の惑星の軌道上を完全に安全にさせるのは、どうしても2週間と数日はかかる。そうでなくても、こちらとの連絡手段が断たれた今、お互いにどう言う状態なのか、全く出来ていない」
「では、どうなるのですか」
「……降伏するしかないな。まさか、死肉を囓ってまで戦えと命じるわけには行かない。囓る肉が残っていればの話だが」
「ですが、そうなったら現在の軍事バランスが完全に覆ります。次の戦いで数的優位を確保するのが不可能になります」
「分かっている。だが、強行突破しても同じ程度の損失を出すのは目に見えている。勝ち目の無い戦いで死なせるよりも、降伏する権利を行使させるべきだ」
話をしていた作戦士官は、臍をかむ。「ダンテの大将」の、この意識の高さは吉なのか、凶なのか、この場合はどちらなのかは分からない。しかし、お互いに分断されて、友軍の半分が同数の敵の包囲下に置かれていて、水と食料が1週間しかない現状を考えたら、もはや降伏しかない。
クソ、こちらが迂闊だった。うっかり地上に基地を建設して、短期決戦を望んだのが運の尽きだった。宇宙から包囲して長期戦の構えを取っていれば、こんな事にはならなかった。兵站を笑うものは兵站に泣く。このドクトリンを、「過激」かつ「極端」に示された末の「敗北」である。
敗北。そう、敗北だ。いくら何でも、ここから挽回策をとって一発逆転を狙うのは無駄な努力だ。発生する犠牲と手間暇を考えると、これ以上の傷口を広げる前に大人しく撤退するべきであった。
「撤退、ですか! 何もしないで、このまま逃げ帰れと言うのですか!」
「それが正解だ。仕方が無い。責任は私が取る。せめてこの第2陣、残された半分の戦力だけでも無事に持って帰るんだ」
「それでは、この作戦の意味は。ここまで来た意味は!」
「無意味になった。でも、それは貴官らの責任ではない。最終的に第1陣の行動に認可を下した本官の責任だ。良いか、これが最後のチャンスだ。次の戦いで、取り敢えず数の上で互角の勝負が出来る様にするには、兎に角、この場は退くしかない。これ以上の犠牲は出せない。出す訳には行かない」
司令部の作戦班に所属する作戦士官及び佐官は、全員渋い面を浮かべる。全責任を取ると「ダンテの大将」がそう言っているが、お咎めがないのは現場で戦う立場である兵隊だけで、彼らに指示を出す作戦班の士官や佐官は責任を免れない。左遷か、予備役編入か、降等か、何かしらの処罰は受けるはずだ。
しかし、この場にて感情的になって最終的な敗北を迎えるわけには行かない。個人の感情で判断や行動をしてはならない。士官学校にて徹底的に叩き込まれた「理不尽」と「不条理」に対する耐性を発揮して、作戦班の面々は決断を下す。
白旗を掲げた北海途軍の第1陣の司令官、マックウェル・サートス中将が沖那波宇宙軍の前に現れたのは、それから8日後の事であった。限界まで自分達のとれる手段を考えつくした末に、降伏しかないと言う結論に至ったのだ。そうでなくても、飢えと渇きに耐えられる人間なんて居ない。
こんなつもりじゃなかった。2倍の戦力比でもって、籠城する敵と根比べとなる筈であったが、一瞬の油断が、運命を決していた。ベストを尽くさない奴に、運命は容赦をしない。その原則もまた、この場にて完全に適用されていた。
かくして、王光貞大将は文字通り一戦もしない内に、「戦争は兵站」と言う原則を「過激」かつ「極端」に表現した末に、一兵の犠牲もないままに完勝したのである。
セルドア・マークベルク大統領は、誇張でも何でもなく、拳の皮が剥がれて血が出るまで執務机を殴り続けていた。「ロンギヌス」作戦の完敗は、それ以前の「トールハンマー」作戦の完勝を帳消しにしてしまうだろう。「ダンテの大将」の呼び名で慕われているゼハーダンテ・カッシュ大将にも、何らかの懲罰を加えなければ、軍組織に対する信賞必罰の原則に違反してしまう。
2対1の戦いで、余裕を持って戦える筈が、各個撃破を受けて半数を失うとは。これで、こちらが確保した数的優位は完全に覆された。次の戦いでは、負けない戦いが出来るかも知れないが、それで勝てなければ意味が無い。
矢張り、自分が現場に携わらなかったのがいけないのかも知れない。次は必ず自分の指揮下で戦わせる。そうでなければ、次もし負ければ、その時は自分もまた戦犯として裁かれて、良くて刑務所送り、悪ければ死刑だ。
次こそは、勝つ。勝たなければ、良くて停戦条約、あるいは講和条約、最悪の場合は無条件降伏である。




