0047 難敵
包囲している側が疲弊するのであれば、包囲されている側も同じく疲弊する。補給物資は充分にあると言えども、未来永劫籠城し続けるわけにも行かない。惑星テラースのレイド・サム諸島に潜む沖那波軍と、これを惑星ごと包囲している北海途軍。お互いにそろそろ限界が見え始めていたが、先に限界点に到達したのは、北海途軍の方であった。
今回、惑星テラースに侵攻するのに当たって用意した軍は、敵の2倍の戦力である。つまり、兵站も敵の倍の負担となるのだ。その負担を担うのは、北海途の市民である。彼らの税金は、湯水の如くこの兵站に消えていった。
かと言って、真っ正面からぶつかろうにも、レイド・サム諸島は攻めるに難し守るに易しと言う地形であり、2倍程度の戦力では通用しない。沖那波軍の補給物資、特に食糧の備蓄にも限りはあるだろうが、北海途の市民は何時までも待ってはくれない。この負担に耐え抜けなければ、虚しく撤退という事態になる。
何よりも、現場にて膠着状態になっている北海途軍の士気が問題であった。前線にて指揮をしている「ダンテの大将」ことゼハーダンテ・カッシュ大将と、その更に遙か後方の首都星にて指示を出すセルドア・マークベルク大統領は、胸の内にて嫌な予感を抱いていた。
開拓暦145年12月23日、それは的中する事になる。前線へ物資を届ける輸送船団が、敵の襲撃を受けて壊滅したと言う報告が齎されたのだ。それに合わせて、惑星テラースにて籠城していた沖那波軍が次々と宇宙へと飛び立ち、輸送船団を壊滅させた部隊とで、北海途軍を挟撃する形に持ち込もうとしていた。
サラティー・サラド・王戦姫少尉は、特別勇猛果敢と言う訳では無い。戦い方も使う武器も、ほぼ教科書通りである。だが、教科書に載っているやり方というのは、効果的だからこそ載っているのであり、わざわざ扱いづらいやり方を載せている教科書はない。それは参考書や専門書の類である。
サラティー戦姫少尉は、大剣を振るって、敵の戦姫をなぎ払う。1人か2人には致命傷を与えたのか、腕が明後日の方向に曲がったり、手が潰れたりしている。敵の戦意は恐ろしい程低い。数を減らすべきなのは今こそである。大剣を振るって、逃げ腰の敵を次々となぎ払う。
「ダンテの大将」は、その混乱の中で冷静であった。テラース方面の敵と、こちらの後背を討ってきた別働隊は、同規模である。つまり、今は数の上で1対1、完全に同等である。こちらが上手く立ち回れば、犠牲を少なくして敵の挟撃から逃げだす事も可能だ。
「落ち着くんだ。まだ負けていない。次の戦いの為に生き残るんだ。降伏なんて、絶対にしない。皆で、生きて故郷の土を踏むのだ」
ゼハーダンテ・カッシュ大将は、全軍にその言葉を通信網で伝える。それでどうにか軍の瓦解は阻止出来た。皆、誰もがその場に踏み止まる。自分達の置かれた立場と、敵の数を見て、北海途軍の士気は急速に戻っていく。まだだ、まだ負けていない。
「敵軍の一番陣が薄い部分を見つけて、突破する。全軍、吾に続け!」
戦況を見つめながら、王光貞中将はなかなか敵にも優秀な指揮官がいるものだと、他人事の様な感覚で感心していた。全軍、吾に続け。そんな台詞を口にして、しかもそれで全軍の落ちていた士気を取り戻し、全軍崩壊を防いだのだ。そして、今正に挟撃から抜け出そうとしている。
「追いかけますか?」
と、作戦佐官が聞いてくるが、光貞中将は正直迷っていた。出来るならば、今の内に徹底的に叩いておきたい。次もまたこんな美味しいシチュエーションに出会せるとは限らない。今が最高のチャンスなのだ。
……駄目だ。敵の抵抗は強い。このまま逃げるに任せるしかないな。これ以上の追撃は不要だ。
「終わりだな」
王光貞中将は、素直に認めていた。次に戦場にて相見える時は、何処でやる事になるのか。矢張り、この惑星テラースなのだろうか。また連中はここへ来るのだろうか。
「……来るだろうな」
この星は、そう言う運命にある。沖那波と北海途、そして今は急速に衰退している宇宙統一機構・日本を繋ぐ、中継点がここだ。もう住民も殆ど居ない。ここは戦場として打って付けの星だ。逆に、ここ以外では難しい。
北海途軍は、沖那波軍の陣地の薄い部分を見つけ出して、そこへと釘を打ち込む様に突っ込んでいく。やがて、かなりの犠牲を出しつつも、最小限の損害で戦場より離脱、超空間飛躍技術、ハイ・ワープでもって撤退していった。
ただ、最後まで撤退戦を指揮した北海途軍のマクベト・フェンスィタン中将は、戦姫が宇宙戦艦の艦橋に投げつけた大剣により生じた孔から宇宙空間に放り出されて、戦死した。「ダンテの大将」は、その報告を聞いて、言葉では表現できないような表情を浮かべていた。哀しみ・怨み・憎しみ・悔しさ・後悔・自己嫌悪、これらの感情が一気に顔に表れて、グシャグシャにかき混ぜられていた。
こうして、第二次テラース攻防戦もまた、沖那波軍の判定勝ちと言える結果に終わった。北海途軍は全軍瓦解の危機から脱して挟撃という最悪の状況を脱して、被害を最小限に食い止めた。だが、主目的であった惑星テラースの占領には失敗した。
セルドア・マークベルク大統領は、納得しがたい感情が、頭と胸の内を支配していた。敵にしてやられた。しかも、こちらの方が投入兵力も多いのに敗れた。いや、投入兵力は互角だった。お互いに今出せるだけの戦力を出したのだ。
だとすれば、作戦失敗の責任は発案者に全て降りかかる。つまり、セルドア・マークベルク大統領自身である。それは仕方が無い。だが、現場の兵の不甲斐なさに、セルドア大統領の忍耐力は限界まで来ていた。
出来れば、自分自身が陣頭指揮したい気分である。まさか、こんな気分で年を越さなければならないとは、最悪な新年である。だが、事態はより最悪な方向へと進んでいく事になると、彼は勿論、その取り巻きの老議員、青年議員から構成される閣僚達は覚悟していた。
つまり。
「本土決戦だな」
王光貞中将は、戦闘が終了するのと同時に開いた作戦班との会議にて、開口一番に言い放った。本土決戦、やられる側にとっては、考え得る限り最悪な状況である。逆にやる側にとっては、正念場である。もし成功すれば、戦争は終わる。
だが、今やればすぐ勝てる、と言う甘い見通しをする事は出来なかった。あの撤退戦での敵の粘りと勇戦は、評価に値する。正直、今すぐ敵の本土へと攻め込むのはリスクが大きすぎた。例え後方に居る軍部や政府がノリノリで本土決戦の計画を練っているとしても、絶対に阻止するつもりであった。あまりにも時期尚早である。
「どんな言い訳が良いかな。何かしら、時間稼ぎになる良いアイデアはないかな」
王光貞中将は、冗談である様な台詞を、冗談では無い表情で言う。次に来る命令を、彼は正確に予測していた。確かに、作戦は大当たりだった。当初2倍の戦力比があったのを、引っくり返しての勝利である。だが、これは戦争のドクトリン、「防御優位」と「補給」の問題を「過激」かつ「極端」に解釈した上での結果である。こちらが攻め込むのであれば、より多くの物量と兵站が必要である。まだまだ、ギリギリ限界まで敵を追い詰めてからの本土決戦でなければ、返り討ちにされるのは目に見えている。
もし敵にもこちらと同等か、あるいはそれ以上に「過激」で「極端」な思考の持ち主が居れば、今度はこっちが負ける。賭けたって良い。
その「過激」で「極端」な思想の持ち主のセルドア・マークベルク大統領は、「ダンテの大将」ことゼハーダンテ・カッシュ大将に対して告げる。
「敵の次の出方次第では、本土決戦になる。そうなったら、勝てるか?」
「敵の指揮官次第です。あとは、こちらの采配の問題もあります。どの道、険しい戦いになるでしょう」
「そろそろ勝って見せないと、戦時内閣とは言え、2度も負けてしまうとなると、市民も黙ってはいない」
「では、次の戦いでは勝ちましょう。それしかありません」
「その時は、俺が陣頭指揮をとる。負ければ終わりだからな」
開拓暦145年は、こうして暮れていく。お互いに自分達の未来を予測して、その半分は当たる。




