0046 精神攻撃
沖那波宇宙軍テラース方面軍作戦班の会議室は、十人十色に割れていた。要するに、混乱していた。敵が2倍の勢力を揃えており、この星を包囲下に置こうとしているのは事実であり、これを阻止するべく宇宙にて戦うか、あるいはこのまま防御を固めて援軍を待ち受けるか。強引に分けると、その2派、積極策と消極策の二手に別れていた。
王光貞中将は、この両派の意見を最初から最後まで聞いた。どんなアイデアだろうと、どんな意見だろうと、立場は違えども最後まで聞いた上で自分の意見を言うところが、彼が「不良軍人」と呼ばれつつも統率力に長けていた理由の1つである。
そう、最初から最後まで聞いたのだが、光貞中将の言葉はそれらの内容を一切受け入れないアイデアを披露していた。その前に、取り敢えず双方の意見の問題点を指摘する。
「宇宙で戦えば、戦力比がそのまま勝敗を決する。であれば、2倍の戦力差がある現状では自殺行為だ」
「確かに補給物資、特に水と食料は充分に持久戦が可能なほどに整っている。しかし、敵だって兵站線が途切れない様に補給計画は万全を喫しているだろうから、兵糧攻めだけでは難しい」
とした上で、光貞中将は自分の考えを示す。
「どうだい、ここは1つ、お互いの考えを折半しないか?」
それは危険じゃないか。と言う声があがった。それは危険なギャンブルである。もっと堅実な作戦を立てるべきでは無いか。
「まぁ、詳しいプロセスはこれから細かいところまで詰めていくとして、ざっくばらんな話で、お互いに納得のいく折半をしたいと思うんだ」
積極派と消極派は、そこで矛を収める。そう言う話であれば、乗らない手はない。それに、この20代の中将はこちらの話を0から10まで全部聞いた上で、「折半する」と提案してきたのだ。納得のいく話には、これから持っていくとして、二派に分断された会議室はどうにか1つに纏まった。その部分だけ切り取っても、王光貞の人を纏める器は、皹1つ入っていない。
一方、こちらは「ダンテの大将」ことゼハーダンテ・カッシュ大将が後方から監督する北海途宇宙軍は、前線指揮官にマクベト・フェンスィタン中将をすえて、観測した沖那波宇宙軍の規模を確認した末に、その2倍の戦力を揃えた上で、惑星テラースを今正に包囲しようとしていた。
更に後方より、首都星から報告を待つ作戦立案者であり戦時内閣の大統領であるセルドア・マークベルク大統領が居るが、詳しい指揮・指導は「ダンテの大将」に全権を委ねている。「防御優位」の法則を破るのには、敵より多くの兵力を揃えて、これに対する補給体制を完璧にすべし。この法則に則って立てた「第二次テラース攻防戦」と後世に言われる作戦の骨子である。
「敵は今度こそ、宇宙空間での戦闘を避けて、地上での防御に徹すると確信している。であればこそ、今回の我々の方針もまた、敵との戦闘を極力避けた上で、敵の兵站線を断ち切って飢えて渇くのを待つべきである。それこそが、この作戦の骨であり、基本的な方針である。これに反するのであれば、辞表を提出するべし」
強めな表現を多用したのには理由がある。敵の卑劣な奇襲作戦により、こちらは政府閣僚の中枢を失って、予備人員で打線を組んだ戦時内閣であるが故に、現場の軍人がこちらの指示や要請に従ってくれるようにするのには、そうするより他にない。何かと話のネタにされやすい戦時内閣の脆弱性は、軍に対する政府の統率力を大きく削がれていた。
「ダンテの大将」もまた、その問題を大きく意識した上で、ここまで強い言葉を使っていた。そうでなければ、これ以上コケにされるのでは、命令違反と言う最悪の結末も考えなければならない。そうなったら、今度は減俸どころでは済まされない。「ダンテの大将」は、その時重大な審判を下さなければならなくなる。
「惑星テラースを包囲下に置いて、これを突破しようと躍り出れば全力で戦い、持久の構えに移ったら飢えるまで包囲下に置く」
それが、セルドア・マークベルク大統領の示したアイデアである。これで失敗すれば、沖那波宇宙軍からの北海途への侵攻作戦と言う悪夢だって現実になりかねない。その緊張感を持って事に臨んで欲しい。
それだけが、事の結末を左右すると言っても過言ではない。部下がちゃんと政府の方針に従ってくれるかどうか。与野党の合意の末に出来上がった戦時内閣であるが故に、何かしら勝ち星をあげなければ、実績さえあれば部下達は付いていくだろう。
かくして、開拓暦145年8月1日、「ダンテの大将」が率いる北海途宇宙軍テラース方面軍が、その分厚く、大きな布陣を見せつけるようにして、惑星テラースを包囲下に置いていた。対する王光貞中将率いる沖那波宇宙軍テラース方面軍は、例によって、レイド・サム諸島に潜んだまま動こうとしない。ひたすらモグラの様に地中に潜ったまま出てこようとしない沖那波軍、そのまま地中にて餓死させようとする北海途軍。事態は我慢比べの様相を呈していた。お互いに神経をヤスリで削られる様な日々の中で、「ダンテの大将」が最も怖れていた状況が現実となっていた。
その日、レイド・サム諸島の直上に位置する北海途軍の警戒網から、一報が届いていた。
「敵状に不穏な空気あり」
とだけであり、何ら具体性も無ければ真実味も無い一報であったが、既に籠城戦に入って三ヶ月。その間、補給も途絶えず、交代制を維持して包囲網を崩した事は一度も無いが、「何もしない」で「待つだけ」と言う仕事は、否、状況と言うのは、人の精神が急速に病んでしまう怖ろしい代物である。
近くに待機していた部隊が、これを拡大解釈して、すわ「敵軍来る!」と判断して、地上に降下してきたのは、開拓暦145年11月21日の事である。第二次テラース攻防戦の第1幕が上がろうとしていた。
この時、地上に降下したのは宇宙戦艦5隻、機甲45機、戦姫89人、巨神8体と言う、全体からすると小規模な数であったが、彼らの摩耗した神経は、敵に対して突撃するのが一番のストレス解消策となって、「バンザイ突撃」宜しく感情任せな攻撃となっていた。
「……どうやら、忍耐の限界が来たらしい。一部の部隊が、こちらに向かっている様だ。何が理由かは分からないが、向こうの斥候が誤報でも齎したんだろう」
「それで、どうなさいますか」
「どうも何も、打って出るしかないだろう。地上に布陣されて、軌道エレベーターとか作らされたら厄介が増える」
「はっ、どの程度の部隊で」
「全軍で、だ。全軍で迎え討つ」
「それでは、こちらの陣容が察知されてしまうのではないですか」
「仕方が無い、どうせ袋に潜ったネズミだ。戦えばバレるものだ」
「では、これより前線にて戦って参ります。あなた」
「了解、徹底的にやってくれ」
「貴殿はどう言うつもりで、こちらの命令を無視したのだ。しかも、部隊の7割を虚しく失い、敗退したのであれば、軍規をもって綱紀粛正を正さねばならない」
「ダンテの大将」が、珍しく怒り心頭、言葉には怒りが滲み出ている。ゼハーダンテ・カッシュ大将、一生の不覚である。現場指揮官のマクベト・フェンスィタン中将は頭を下げたまま、「ダンテの大将」に自分の不始末を謝し続けていた。
「本官の責任です、どうか部下には寛大な措置を」
「ここで寛大さを示して、一体誰が喜ぶ。誰が救われる。しかも、これは命令違反だ。厳粛に裁かねばならない」
「ダンテの大将」は、生きて戻ってきた現場の隊長に審判を下す。
「身辺を整理して、首都星へ向かう事。処分は追って出す」




