0044 猪武者
開拓暦145年1月17日。北海途宇宙軍は、惑星テラースを奪還するべく出撃していた。現場の総司令官としてマクベスル・ネッディルート大将が赴任し、後方にて宇宙軍総指揮官のゼハーダンテ・カッシュ大将が最高責任者として控えている。
対する沖那波宇宙軍は、惑星テラースのアスラン大陸の極東にある島々、レイド・サムと呼ばれていた島国のあった島々に布陣している。お互いに総戦力は互角か、北海途軍が若干有利という情勢である。沖那波宇宙軍は、総司令官にファルスト・タンク大将を筆頭に、作戦班には戦争の切っ掛けとなった奇襲作戦を立案した王光貞少将以下多数のホープを抱えている。
さて、戦いだ。と言う前に、「ダンテの大将」との愛称で知られる総指揮官は、惑星テラースの軌道上に敵の軍勢がいないかどうかを入念に偵察させていた。何故かと問われて、「ダンテの大将」は答える。
「もし自分が敵の指揮官であれば、地上に降りたところで、伏兵を宇宙に向かわせて、地上と宇宙で挟み撃ちにするつもりだった」
幸いにして、それは取り越し苦労に終わった。そう安心して、惑星テラースの大気圏に続々と降下していく。それから数日後に、彼らはこの世に自分達より賢い奴が、否、「過激」で「極端」な奴が居る事を知るのである。
さて、沖那波宇宙軍は、この山や森や川が入り組んでいるレイド・サム諸島に降り立ってみて、これから戦争だと意気込んできたものの、敵は一向に現れない。宇宙空間での戦いをメインに訓練された軍隊は、環境が全く異なる地上での戦いに、かなり動揺していた。
「敵影無し」
との報告に、「ダンテの大将」は嫌な予感を抱いていた。マクベスル・ネッディルート大将もまた、嫌な予感を胸に抱いていた。何処かに潜んでいる伏兵が、宇宙との兵站線を断ち切るのか。
その不安に苛まれる中で、沖那波宇宙軍はようやく姿を現した。超次元跳躍航行、ハイ・ワープでもって、通信可能なギリギリの宙域にて待機していた部隊が、続々と惑星テラースの軌道上にて展開し始めていたのだ。
「こう言う時、如何するべきか」
危機に陥った際に、どう動くかで、その人間の資質というのが見えてくる。と、色んな所で言われているが、この場合はそれを極めていた。事前にその可能性を察知してはいたが、ここまで「過激」で「極端」な方法をとられると、「常識的」で「理性的」な人間には対処不能な事もある。
マクベスル・ネッディルート大将は、自分達が挟撃されつつある事実を知った直後に、1つの質問を部下にぶつけていた。
「敵の数は? どの程度の数が惑星軌道上にいる」
こちらの約半分。との解答を受けて、マクベスル大将は危険な賭けに出る。これで成功すれば、彼は稀代の軍指揮官として祭り上げられるだろう。失敗したらどうするかは、考えなかった。
「宇宙の敵と、地上の敵、双方を各個撃破する」
マクベスル大将は、全軍を宇宙へと向け直す。隊列を組んで、宇宙へと向かう。北海途宇宙軍が、全軍宇宙へと出た頃合いになって、地上からは隠れていた残り半分の沖那波宇宙軍も上がってくる。
後はもうスピード勝負である。北海途軍が各個撃破するのが先か、あるいは沖那波軍が包囲殲滅するのが先か。
「馬鹿な、何と言うことをしてくれたんだ」
「ダンテの大将」は、事の経緯を後方より知って歯ぎしりする。各個撃破をするにしても、もっと条件の良い環境でやらなければ、これでは単なるギャンブルである。
どうなるのか。マクベスル・ネッディルート大将はそこまで無能な指揮官ではない。状況が悪ければ逃げ出すくらいは出来る筈だ。
「やれやれ、最悪な事態だ」
沖那波宇宙軍の作戦班を率いる王光貞少将は、思わず呟く。「猪武者」であればこそ、敵はこの危機を「各個撃破」の好機として捉えてしまったのだろう。追い出されれば最高だったのだが、戦闘になれば犠牲も発生する。惑星間国家と雖も、人的資源には限りがある。そう何度も大規模な戦いを出来るだけの損失には耐えられない。
双方の宇宙戦艦は、続々と格納庫から機甲部隊や戦姫部隊を発進させて、宇宙空間に展開させた。結局、宇宙空間での戦いとなったが、戦況は北海途宇宙軍を完全に包囲下に置いている沖那波宇宙軍が有利である。
矢張り、「各個撃破」するのには時間が足りなかった。タッチの差ではあったが、「各個撃破」をするのには兵力も足らず、時間も足らずで、沖那波宇宙軍は北海途宇宙軍の人型ロボットや戦姫を得物で叩き潰していった。
先鋒を務めるのは戦姫、これを支援するのが機甲、戦艦の護衛が巨神、と言うドクトリンはまだ有効であった。ジリジリと自軍の戦力が磨り潰されていくのを見て、手遅れになる前に最悪の事態を免れるべく、マクベスル・ネッディルート大将は全軍でもって包囲網を突破すると言う指示を出して、一番包囲網の薄い箇所に全兵力を叩き付ける。元々同数対同数の戦闘故に、そして早い段階で失敗に気が付いて軌道修正に入ったが故に、包囲網突破は上手くいった。
敵軍の撃破こそ逃したが、惑星テラースは未だに沖那波宇宙軍の支配地として確保されていた。
セルドア・マークベルク大統領は、この敗報を聞いても尚、現場指揮官を更迭はしなかった。
「北海途宇宙軍は、こんなものではない。まだまだやってくれると私は信じている」
と言うのが、セルドア大統領の演説の一節であるが、内心、セルドア大統領は現場指揮官を更迭したくて仕方が無かった。大事な初陣にてこの体たらく、撤退の判断が早く、そしてそれが成功したからこそ犠牲も可能な限り少なくて済んだが、「ダンテの大将」ことゼハーダンテ・カッシュ大将の直談判にて、それを回避していた。
「この程度の敗北は、今後も何度でも経験するでしょう。その度に指揮官クラスの人間を更迭していたら、キリがありません。減俸程度で済ませるべきです」
セルドア大統領は、その提案を受け入れて20%の減俸の処分で済ませていた。無論、「ダンテの大将」自身も10%の減俸の処分を受けていた。
王光貞少将は、そのまま惑星テラースにて仕事したい気持ちであったが、首都星へと一時帰還せよと言う命令を受けて、嫌な予感はしていたが、戦意高揚のプロパガンダとして戦勝祝いのイベントに駆り出されていた。
それと同時に、中将への昇進も内定していた。もう作戦を考える立場ではなく、部下のアイデアを聞いて、それを採用するかしないかと言う立場にまで出世してしまった。20代の中将なんて、過去にいただろうか。
なんだか、自分が自分ではなくなっていく感覚が、そこにはあった。ここにいるのは、広報が作ったキャラクターであり、生身の人間では無い気がしてならない。一体、これが自分の目指した「将来」と言う奴なのであろうか。
王光貞は、自分の為にも何か変化が欲しいと思っていた。環境を変えて、今後予測される過酷な環境の中で生きていく糧とする。
「……結婚でもしようかな」
イベント地獄から解放されて、また自分の受け持ちである惑星テラースに戻る宇宙船の中で、そう呟いていた。相手が誰になるのかなんて、この時は一切考えずにいた。
こうして、「北沖戦争」の2幕目、第一次テラース攻防戦は幕を下ろした。そこまで派手な戦闘では無かったが、この一戦目での結果が、その後の戦いに影響を与えたのは、誰もが認めるところである。




