0043 新戦場
宇宙での戦争は、著しく進化し、そして矢張り著しく退化していた。宇宙空間を飛び交う放射線や宇宙線、兵器が爆発した際に飛び散る破片、まき散らされるデブリ、それらが齎す問題は、太陽機関によるバリアでもって解決されていた。だが、それらを防ぐ強力なバリアは人類が持っているあらゆる飛び道具を無効化させていた。放射線や宇宙線、それに高速で飛んでくる破片やデブリを防げるバリアと言うのは、レーザー兵器、レールガン、銃弾等々、飛び道具の全てを防いでしまう。
では、どうやって宇宙空間で戦争するのか。出した答えが、原始的な武器での闘争。鈍器、剣、槍、斧、ハンマー、これらの武器を持った戦姫、機甲、巨神がお互いに殴り合うと言う時代錯誤な光景が繰り広げられていた。バリア同士がぶつかり、中和されてしまうくらいの接近戦でなければ、戦争が成立しないと言う皮肉な情景が、そこには広がっていた。
沖那波宇宙軍は、王光貞少将と共に惑星テラースに降り立ち、その星の空気を肺一杯に吸い込んで、吐き出していた。ここは良い星だ。元々人間が住める環境では無い星を、魔改造と呼ぶに相応しいテラフォーミングにて住める星にした空気も、良いと言えば良いのだが、矢張り「実家」と言うのは寄るだけでも安心してしまうものである。
作戦班の面々は、そんな光貞少将と共に母星に対するノスタルジーに付き合う余裕なんぞこれっぽっちも無かった。年明けには、北海途宇宙軍が、この星を奪還しに来るのだ。もし敵もこちらと同じ知能があれば、こちらより多くの兵力を集めて攻めて来るのだろうから、同数かあるいはこちらより多い戦力を揃えて攻め込んでくるのは目に見えている。
その場合、何処でどうやって戦うのか。宇宙空間で戦えば、多大な犠牲が出る。下手をすれば負けるだろう。作戦班の面々は、その問題について話し合われていたが、王光貞少将はバッサリとその議論を斬って捨ててしまう。
「宇宙で戦う必要は無い。地上で戦おう。そうすれば、地の利が得られる。地上で戦う訓練もされているだろうから、あんまり混乱はなくとも、こちらが混乱しない限り負ける事は無いだろう」
別に目から鱗は落ちなかったが、それでも驚いては見せていた。作戦班の面々は、この星の何処でどうやって敵を迎え撃つのか、どんな手段で戦うのか、その方向で議論を再開していた。
「ダンテの大将」は、北海途宇宙軍の作戦班での議論にて、こんな発言をしていた。
「宇宙空間での戦闘だけでなく、惑星テラースに置ける地上戦のシミュレーションも並行して行うこと」
最初、これを聞いた作戦士官や佐官は、首を傾げたが、すぐにその意味する所を理解していた。次の戦場が、地上になる可能性があると言う事だ。もしそうなれば、七面倒くさい事態になる。北海途宇宙軍は、現場で戦う兵隊達には地上戦の訓練はさせていたが、自分達は宇宙空間での戦術や戦略しか学んでいなかったのだ。
360度、何も無い空間での戦闘と、180度しか空間がない、場合によっては極めて視界が悪い、条件も酷い地域での戦闘が想定される地上戦を、今更やれと言うのか。作戦班の面々は、この突然の路線変更に頭を抱えていた。
「ダンテの大将」ことゼハーダンテ・カッシュ大将は、その現場の混乱を知ると、自ら作戦班の面々が侃々諤々の議論を行っている作戦指揮室に乗り込んできた。
「何処で戦う事になろうとも、戦いの基本は多勢に無勢、敵より多くの兵隊を動員して、尚且つこれを正しく扱う事だ。敵が地理的条件にて有利に立とうとしても、我々が対応を間違えなければ勝てる筈だ」
「……しかし、「ダンテの大将」、我々の中で、惑星テラースを知っている人間は殆どいません」
上官であるゼハーダンテに対して、堂々とあだ名で呼んでしまう部下に対して、一切怒り散らさずに「ダンテの大将」は告げる。
「敵が地理的優位を確保しようとしたら、選ぶ地形は山か森か、あるいは川の多い地域だと思われる。これら全ての条件を全部兼ね備えた地域が、1つある」
そんな便利な土地が、何処にあるのか。誰もが注目する中で、「ダンテの大将」は告げる。
「レイド・サム諸島。アスラン大陸の東の果てにある島々だ。かつては「山の国」と呼ばれていた島々で、大軍も動かしづらく、森もあれば川もある。戦場に調度良い地域だ」
その説明を聞いて、全員がキョトンとしてしまう。レイド・サム諸島? 東アスラン大陸? 一体何処のどの島の話をしているのか。慌てて惑星テラースの地図を持ち出して、場所を確認する。
なる程、ここは確かにやり辛そうだ。何よりも、狭い。大軍を動かそうとすると、何処かしらの山なり森なり川なりにぶつかってしまう。上手くやらなければ、同数かそれ以上の戦力を揃えたとしても、一方的に叩かれる可能性がある。
「今はもう住民も殆どいない。放棄された街が廃墟となって残っているくらいだ。これも矢張り敵にとって地理的優位を高める結果になるだろう。敵もそれを知って、ここに布陣するだろう」
「賭けたって良いですか? 「ダンテの大将」」
「ええ、必ずここに軍を構えるでしょう。無論、事前に偵察を行った上で、敵の所在を確認してからの判断になりますが」
「ダンテの大将」は、かつて彼の親友、セルドア・マークベルクが士官学校にて完勝したシミュレーションを思い出す。相手が誰であろうとも、あのシミュレーションにて立証された兵站の重要性と防御優位の原則に間違いが無ければ、どちらが勝つことになるのか。それは天のみぞ知るところであろう。
王光貞少将のアイデアをきいた沖那波宇宙軍の作戦班の面子は、驚いてみせる。こんなペテンみたいな作戦、上手く行くのか。
「もし敵が猪武者であれば、ちょっと辛いだろうけど、相手が知恵の回る軍人であれば、すぐに追い出せる」
それはそうだろう。だが、敵軍の撃破こそが戦争の推移を決するというドクトリンには逆らう結果ではないのか。
「どのみち、今この星にいる戦力では、正面きって戦っても勝てないよ。人的資源も物的資源も限りがあるからね。悲惨な消耗戦になったら、勝ち目なんて無い。あわよくば勝ったとしても、犠牲が多ければ意味は無い」
「……決戦には、まだ早いというのですな」
「決戦ねぇ、あんまり感心しないなぁ、そう言うのは」
はて、感心しないとは如何なる意味か。首を傾げる作戦班の面子に対して、王光貞少将は答える。
「一戦して全てを決める、と言うのは戦争と言うよりはスポーツに類するものだよ。大体、決戦なんてするまでもなく、戦う前に勝敗なんて決まっているんだよ。時の運だの天佑だの、そんな物に頼ったら負ける時だよ。戦争は人間にしか出来ないんだからな。神様なんて、関与するまでもないよ」
王貞道少将は言い切ると、最後に付け加える。
「祈って勝てるのなら、幾らでも祈るんだけどな」




