0041 命の誓約
セルドア・マークベルクは、元々幸せだった訳でもなければ、経済的に裕福であった訳でも無い。ただ、父も母も自分の仕事に、北海途大統領とその秘書官としての激務に追われて、この長男の面倒を長女のマリナ・マークベルクに丸投げしていた。決して愛していなかった訳でもないし、むしろ目に入れても痛くない気持ちであったし、事実幼いセルドア少年には、両親の愛は届いていた。そんなセルドア少年の人生の岐路は、11歳の時に訪れていた。
大統領の任期を全うして、今は与党の名誉顧問として働いている父に、隣家に誰かが引っ越してきたと尋ねると、父は趣味のチェスゲームを遊びながら答える。
「ああ、そうらしいな」
とだけ言って、後はゲーム機でチェスゲームに明け暮れる。父はプラベートの時間は絶対に確保する性格なだけに、あまり騒ぎ立てるのもなんだと思って、実際に会いに行った。
それが、セルドア・マークベルクの生涯の友となる男、ゼハーダンテ・カッシュであった。マリナ・マークベルクは、ゼハーダンテに言う。
「ダンテ、これからも宜しくね」
ダンテ。それがゼハーダンテ・カッシュに新しく名付けられたあだ名である。ダンテは、この新しい隣人と共に、青春時代を過ごす筈であった。セルドア少年が、北海途軍幼年学校の制服を着て、ダンテの前に現れたのだ。
戦姫としてのお勤めを全うした母からの勧めで、彼もまた軍人、それも花形と言われる「作戦士官」を目指すと決めたのだ。誘われたダンテもまた、二つ返事でそれに応じていた。両親もまた反対せずに、むしろ歓迎すらしていた。
ダンテは、学校では成績優秀で、交友関係も悪くは無かった。ただ、一つだけ彼の心に陰を落としているのは、愛猫との別れであった。「ジル」と名付けた愛猫は、ダンテの寵愛を一身に受けて、ある日突然、その生命を終えていた。急病による、あっと言う間の別れであった。どうしようもなかった。
「ジル」とは哀しい別れをしなければならなかった。でも、今度はそんな別れは許さない。絶対に、最期まで隣に居るんだ。ダンテは誓う。
幼年学校での生活は、人間に対して「理不尽」と「不条理」の耐性を持たせる事を主目的としたものであるが、これは仕方が無い、理屈としては正しいのだ。いつスクランブルがかかるかどうかなんて分からない戦場にて、「眠い」「疲れた」「辛い」と言って手を止めたが最期、取り返しの付かない結末が待っているのだ。
かくして、「理不尽」と「不条理」を乗り越えたセルドア・マークベルクとゼハーダンテ・カッシュは、「作戦考察科」を希望して、「作戦士官」へのキャリアを積んでいく所まで来た時、セルドアがとんでもない事件を引き起こしていた。
学校で評判の秀才と対戦シミュレーションを行った結果、セルドアが完勝してしまったのだ。そのシミュレーション内容を聞いたダンテは、思わず「この人らしいな」と呟いてしまっていた。
セルドア率いる青軍は、迫り来る赤軍に対して、防戦すらせずに一心不乱に逃げ続けていた。追いかける赤軍は、補給線が途絶えがちになった時、引き返そうとしたのが運の尽き、待っていましたと言わんばかりに撤退中の赤軍の後背を突いて完勝、学内に置けるセルドアに対する印象を根底から覆してしまっていた。
「お前にも見せたかった、あの時の相手の面を」
意地悪なセルドア・マークベルクはそう言うものの、ダンテは危惧するところが1つあった。セルドアのこの台詞は、別に思い上がりではなく、結果に相応しい自信の現れである。周囲もこの才能を評価している。もし「有事」とあらば、ダンテはセルドアと共に前線に送られるだろう。
大人しく後方で作戦の立案、運営、実験、演習を繰り返すだけの日々では、もうこの巨大な才能は動かない。軍人と言う枠にははまらない才能が開花していたのだ。そうなった時、ダンテに一体何が出来るのだろうか。まだまだ過去よりも未来の多い年頃の自分達に、一体何が出来るのだろうか。
ダンテはここまで考えたところで、自嘲気味に思う。度し難い、嫌味な妄想であった。マリナ・マークベルクに、「ジル」に誓った誓約を胸にして、この人に付いていくだけだ。
かくして、2人は士官学校を卒業、作戦少尉として北海途宇宙軍へと配属されたのである。セルドア・マークベルクとゼハーダンテ・カッシュ、共に20歳の出来事であった。それと同時に、2人はこの世について、1つの教訓を賜ったのである。曰く、「人生、何が起こるかは分からない」。2人は、その事実を苦々しく認めざるを得なかった。
開拓暦144年12月25日。「宇宙統一戦争慰霊祭」と銘打ったイベントにて、参加したのは北海途政府の大統領以下閣僚クラスの主だった大臣や官僚達、その中にはセルドアの父も混ざっていた。慰霊祭が行われる惑星テラースに向けて護衛も無しに同惑星に向かっていた中で、「敵からの攻撃を受けている」と言う応援要請を最後に通信途絶。後に撃破されたと判明していた。
開拓惑星が寄り集まって組織された北海途の住民達は、それがどう言う意味を持っているのかを、すぐに理解していた。戦争だ。ここ数年、緊張高まる沖那波との戦争が起こるのだ。この卑劣な不意打ちにより、長い間平和が保たれていた宇宙は、再び動乱の嵐の中に放り込まれるのだ。
しかし、一体誰が戦争を指揮するのか。戦うのは軍人に任せておけば良いが、その銃後にて政治全般を取り仕切る閣僚、官僚、そして大統領、その全員を失った今、一体誰を大統領に、指導者にして戦えば良いというのか。
手を拱いていれば、「敵」は次の一手を打ってくる。出来るだけ早く、そして確かな人間を用意しなければならない。が、果たしてそんな人材がいるのか。
いた。
「獅子王」と呼ばれたマルスト・マークベルク元大統領の長男であり、士官学校の演習にて秀才を破って伝説となった、今年になって20歳になったばかりの、セルドア・マークベルクである。今は軍人として作戦班に配置されているが、近々組閣予定の戦時内閣の大統領として、例え若すぎても構わずに、むしろそれを武器にして戦って欲しいとして、与党は野党とも協議した上でこれを了承させて、直接本人にそのオファーを話していた。
「……考えさせてはくれませんか」
父を失ったばかりであるセルドアに、突然のオファーは精神的な混乱を来していたが、交渉に訪れた与党議員は引き下がらなかった。
「そんな余裕は1個もありません。今すぐに荷造りをして、首都星にて執務に就いてもらいます」
セルドア・マークベルクは、混乱する。良いのか、これで。こんな形で惑星間国家の指導者になるなんて。もし平時であれば、こんな理屈は通らなかったに違いないが、今は緊急事態である。
「……では。、非才の身ながら、お引き受けします」
こうして、人類史上最年少の大統領が誕生した。




