0040 「過激」で「極端」
元々、王光貞の志は「軍隊」にはなく、基本的に「考古学」にあった。「歴史家」と言うと、自分に都合良く過去を解釈して、信者のお布施や野次馬のお捻りを頂く生活をしている、と言う捻くれたイメージから、光貞の人生設計から弾かれていた。
もっと過去へ、もっと遡っていきたい。光貞は自分の興味の範囲内での学問には貪欲であった。しかし、元来の感性が捻くれている王光貞のキャラクターを、世間がどう受け止めているのかは理解出来ていた。「冷笑癖のある皮肉屋」「協調性のない駄目人間」「両親の手に負えない偏屈者」。1度根付いたキャラクターと言うのは、その人の人生の足を引っ張るものであり、光貞は仕方なく士官学校の歴史編纂科への受験を両親から強制されて、なんとか合格していた。「なんとか合格」であるが、これはペーパーテストの結果が問題なのではなく、面接試験での試験官の印象が最悪だったからである。
王光貞は、歴史編纂科にて、ひたすら過去を学び続けていた。それは、精密かつ複雑で高い玄人向けのプラモデルを一心不乱に造り続けている様な印象を、見るものに与えた。そして、彼は1つの結論に至った。
「軍人に勉強は必要ない」
と言う、身も蓋もないものであるが、この考えを披露された校長は、続きを促す。
「「超空間飛躍技術」にて、ワープゲート無しで人類の生活圏を端から端まで短時間で移動できるのであれば、作戦なんて不要じゃないですか。そもそもの話、「テラース最終戦争」にて、戦争の勝敗を決するのは工業力とそれを支える社会システムの有無である、と言う結論になっています。それから後の「テラース解放戦争」、「宇宙統一戦争」、どちらも複雑で難解な作戦なんて立案すらされていません。作戦が必要だった時代は既に終わり、我々に求められているのは「数」と「質」を整えて、効率よく戦い抜く事、つまり「経済的」に考える事が要求されており、そうなるとそこには根性論も精神論も付け入る隙の無い、理屈詰めの世界が広がっているのみです」
なる程、で、貴官としてはこの士官学校で学んだ知識を何に生かすつもりなのかな。
「いや、だから、勉強なんて必要ないんです。少なくとも、ここ士官学校で学ぶべき事の半分は不要です。小難しい作戦なんて立案しても、部下や状況が計画通りに動いてくれる確証はありません。むしろ大混乱の挙げ句に手痛い敗北を蒙るのは明らかです。かと言って、単純に訓練だけ積んで真っ正面から馬鹿正直にぶつかっても、今度は作戦そのものが不要となり、状況は単なる消耗戦となり、大量生産・大量消費に耐え抜ける国が勝ちますが、そうなると軍人よりも国民の力が試されます。我々がここで学ぶべきなのは、士官学校だの作戦士官や佐官だのは、既に戦争の主役ではない事実を確認して、一番何が大切なのかを知るべき最初で最後の機会だったと知るべきです」
とどのとまり、「無知の知」と言いたいのか。
「本官は、極端な事実を述べているという自覚はあります。でも、事実は事実です。受け入れられなければ、沖那波宇宙軍士官学校は、近い将来、頭でっかちな時代遅れの「偽軍師」を軍の現場に、後方に、至る所に輩出するのです。皆、その事実を受け入れるべきです」
軍人よりも労働者の方が偉くて重要である。とする君の意見は、君のオリジナルなのかね?
「いえ、それはまた違う話です。オリジナルか二次創作なのかは、クリエイティブな仕事で論じるべき問題です。軍人にクリエイティブな感性は必要とされていません。軍人はもっと現実的で、もっと客観的で、そして論理的にならなければなりません」
……君、王光貞だね。
「何故分かったのですか」
噂で聞いている。「とんでもない奴が歴史編纂科に入学した」とな。
「嫌ですか?」
いや、むしろ興味深い。そこで1つ、折り入って話があるんだが。
と、言う事で、王光貞はその日付で「作戦立案科」に転科させられていた。校長はこのひねくれ者を心の底から買っており、何かと頭でっかちになりがちな作戦士官の卵となっている若者達に強烈なお灸を据えたい時に用いていた。
しかし、「考古学」にこそ志がある光貞本人は、この転科を心の底から祝えずにいた。ここから先、一体どうやって考古学者になるのだ。歴史家は嫌だから考古学にしたのに、これでは公共放送にて解説者に呼ばれる様な専門家タレントになってしまうではないか。
思想や論調だけでも「過激」で「極端」な彼は、「危険なエリート異端児」として士官学校を卒業し、以来沖那波宇宙軍作戦班に奉職し続けていた。そして、准将にまで昇進する切っ掛けとなった事件が起こる。作戦大尉待遇で、その日その日をのらりくらりと過ごしていた不良軍人は、ある日、ダラダラと自室で趣味の歴史書を呼んでサボっていた所を連れ出されて、「沖那波宇宙軍総合演習」のシミュレーションに参加させられていた。
本人がイヤイヤなら、周囲もイヤイヤである。なんでこんな奴と組まされるのか。なんでこんな奴を相手に演習なのか。場の空気を散々ぶち壊した挙げ句に、王光貞作戦大尉の指揮する青軍は、赤軍を完膚無きまでに打ち倒してしまった。
それは、別に何か奇策があっての話ではなかった。それは正しく、「過激」かつ「極端」と言う彼自身の生まれつきの性格に根差す結果であった。青軍は、自分の根拠地にて1歩も動かないまま、防御に専念していた。赤軍は、これに色々な方法で攻撃を加えるのだが、青軍は動かない。やがて攻勢限界点に赤軍が達したその瞬間、一挙に反撃に転じて赤軍に復旧不可能なダメージを与えて、そのまま本拠地は勿論、首都星にまで攻め込み、無条件降伏まで持ち込んだのだ。
別に特別な工夫も知恵も、それにコツも無い。「過激」で「極端」なまでに基本的な兵法である。青軍も、赤軍も、シミュレーションの結果を見て目を見張っていた。目を見張られている方は迷惑そうである。
如何してこんな作戦を立てたのか。興奮気味に尋ねる仲間に、光貞作戦大尉は答える。
「教科書通りのつまらない作戦ですが、私の頭ではこれが限界です」
偶々、これを聞いた上官が、この発言を甚く気に入り、その場に居た全ての作戦士官候補生達を前にして宣言する。
「必要なのは、こう言う考え方だ。我々は、曲芸師ではない。そんなのは式典でしか役に立たないんだ。流行に合わせて今風でポップな「芸術」ではなく、何の変哲も無いが確かで堅実な「仕事」なのだ。この精神を忘れるな」
早く自分の部屋に戻って、本の続きが読みたいと思いつつも、このくらいは給料の内だと思って、黙々と「教材」としての立場を貫いていた。
その翌日、大尉から少佐への昇進の辞令を貰い、士官候補生から本物の士官へと位を上げていた。これから何かと面倒な事に巻き込まれるだろうなぁと思いつつも、その日その日の仕事をこなしていく内に、何時しか20代にて准将にまで昇進してしまっていた。
こうして、「危険なエリート異端児」は、「劇物将軍」と言うあだ名を頂戴しながら、軍の出世コースをワープさながらに高速でのぼり続けていた。
そして、開拓暦144年12月11日、開拓惑星の連合体である沖那波の政府は、軍の作戦班にて不可能に近い作戦の立案を要請して、戻ってきた立案書を見て、なる程、今の軍部には「劇物」が居るな、と何処か得心して、その立案書に「採用」のスタンプを捺印していた。
後は細かい部分での作戦案の「詰め」の作業に取りかかる。この段階に入ると、王光貞准将でさえも、真面目に作戦班の一員として動き回る。後に「参謀要らずの指揮官」と呼ばれる「危険なエリート異端児」は、まだその片鱗しか見せていない。




