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004 戦死者第一号

 レイド・サムと言う島国は、アスラン大陸と呼ばれる地域の東の最果てにある国であり、200年前の「「テラース」最終戦争」と呼ばれた大戦にて、当時世界最強の名高いソメリト合衆国との戦いで「判定負け」になるまで戦った国である。

 それから200年以上もの間、レイド・サムが全力をあげて力を入れたのが、外交的解決と経済活動の活発化であった。「「テラース」最終戦争」にて全世界を支配したソメリト合衆国は、全世界に軍事基地を建設し、「安全保障」を理由にして軍隊を常駐させていた。今更、その強大無比な軍事力に、同じ軍事力で立ち向かうのは「勇気」ではなく「自暴自棄」に等しい。

 レイド・サムは、ソメリト合衆国が戦後に行った施策を逆手にとって、むしろこの施策を極端なまでに再解釈して、合衆国に損をさせて、自分達は左団扇で金儲けにのみ邁進していた。他の国々も続々とこれを模倣しており、ソメリト合衆国が気が付いた頃には、同国の資産や資金は、殆どが外国に吸い上げられている状態にあった。

 ソメリト合衆国は、2つの選択肢を惑星「テラース」の国々に突きつけた。曰く、「服従」か「死」かである。冷静な人間の目には、どう見ても勝ち目のない戦に首を突っ込みかけている状態であったが、硫酸島へと向けた大海洋艦隊が、偵察行動中であったレイド・サムの戦姫を刺殺、事実上の戦争状態に陥ったとの報告が、「アッシュハウス」と呼ばれる灰色の館、大統領府に届けられていた。


 第80代ソメリト合衆国大統領、ネイサル・サモタージュは、緊急の会議を召集していた。予定のあった大臣も居たが、事態を知るや否や全部キャンセルして、この会議に臨んでいた。

「この後に及んで、レイド・サムとの戦争は不可避になった。そもそも紛争省の想定では、レイド・サムはこちらの大海洋艦隊の動きに対して、態度を軟化させて最終的には武力蜂起を断念するか、あるいは先に攻撃してきてこちらに大義名分が出来る。と言う想定をしていたと聞いていたが、一体これはどう言うことだ。このままでは、我が国が戦争を欲している様に解釈されてしまう」

 ネイサル大統領は、タバコは紙も電子も水も吸わない、もしかしたらアルコールにも縁がないのではないか、と思われる程のヒョロリとした細長い体躯が特徴的であった。大凡、世界唯一の軍事大国の長とは思えない印象であるが、こう見えても支持率はそこまで悪くは無い。

「紛争大臣から、何か異論なり反論なりがあるのなら、聞いておきたい」

「恐らく、偶発的な接触による、咄嗟の反応をしてしまったのだと思います。訓練を繰り返すと、身体が素直に反応してしまいます。「敵」が見えたら、それに即反応する為に訓練されているのです」

「つまり、落ち度はレイド・サムにある、と言うのか。しかしな、現に向こうは戦死者を出して、こちら怪我人の1人も出していない。これでどうやって我々の正義を持ち出せば良い。この事態からプロパガンダを捻り出すのには、苦労するぞ」

そこで、外政大臣が口を挟む。

「大統領、今すぐにこの事実を公に公開し、戦死者への哀悼の意を表して、実行者を処罰するべきです。それが、国家100年の大計です」

「2期目の私には、次の選挙は無いから何をしても良いだろうが、護民党は許すかな」

「大統領権限で、今すぐにでもやる必要があります。今の世界秩序を保つ為には、どうしても必要なのです。政党の利益の為に国が瓦解するのは何としても避けるべきです」

 次には、紛争大臣が声をあげる。

「我が国の軍事力は、急速に疲弊しています。それも戦争にではなく、価格競争にて負け続けているからです。鉄鋼業、精密機械、化石燃料、あらゆる産業が外資系企業の安価で高品質な製品に負けています。その為、外国との商売が出来なくなれば、軍需産業はあっと言う間に成り立たなくなります。世界唯一の超大国と言っても、経済も軍事力も空洞化しており、1度大規模な敗北を喫したら、立ち直るのは困難です」

 ネイサル大統領は、深くため息をついて言う。

「200年前の最終戦争とは訳が違う、と言うのか。あの頃のタフな合衆国は存在しないというのか」

 会議室が、重く静まりかえる。その沈黙が指し示す事実を、ネイサル大統領は受け止める決意が出来そうで、出来ない。第80代ソメリト合衆国大統領である自分が、「狸」では無く「羊」であると言う事実を受け入れるのには、相応の「勇気」と「覚悟」が必要なのだが、ネイサル・サモタージュ大統領には、どちらもあと1歩足りていなかった。

「……他に、何かアイデアはないか」

 この期に及んで、何を言うか、このもやし男。と誰もが口には出さずに居る中で、1人の部下が会議室をノックして入ってくると、紛争大臣に耳打ちで、とある事実を告げる。紛争大臣は、表情こそ変えなかったが、震える手で部下に下がるように伝えて、大統領に報告する。

「大統領閣下、レイド・サムの総理大臣が、アスラン大陸各国に向けて、ソメリト合衆国の侵攻作戦により犠牲者が出たとして、これを宣戦布告として……」


「……これを宣戦布告として、我が国は敢然と立ち向かわなければならなくなりました。200年前の「テラース」最終戦争に置いて、我が国は条件付きの降伏という形で敗北を喫しました。それは、当時の我が国が殆ど味方もない状態での戦争を余儀なくされたからであります。よって、我が国はアスラン大陸に住まう諸国に提案します。共にこのアスラン大陸にて生きる者同士、手と手を携えて共通の侵略者と戦おうではありませんか。この200年、かの国は世界の警察として、様々な理不尽・不条理・無思慮な要求を出してきました。今度は我々が、ソメリト合衆国に対して「否」と伝えるべきです。数は力です。1人よりも2人、いや、10人も集まれば、どんなに強大な「敵」であろうとも対抗できます」

 祖松田ヒトシ総理大臣は、首都・大京にある国会議事堂にて、上院・下院の議員が詰めている中、一世一代の「道化」を演じていた。なるべく自分達が「被害者」である事を強調し、「仲間」になれば損はさせないと言う含みを持たせて、200年分の支配の怨みを返せと煽る。この程度の道化も演じられずに、「狸」と「狐」が化かし合う政治の世界にて総理大臣にまで上りつめられない。

「今日この日、我が国はアスラン大陸の国々との共同戦線、東アスラン同盟の樹立を宣言し、これに参加を希望する国々に対して、何ら条件を設けずに受け入れる所存である事を宣言します。あの硫酸島守備隊で発生した戦死者第一号の霊に報いるのには、こうするより他ありません」

 何故に祖松田ヒトシ総理大臣がここまで強気に出られるのか。それは、強気に出なければ政権が持たないからだ。単純に野党各党との選挙戦で不利になる、だけではない。明らかに相手に非があるのに、何時まで経っても「謝罪」も「弁明」も無いのであれば、現政権の存在価値を問われる。何の為に税金を払っているのか、と言う問題にも発展しかねない。

 別に個人的な事情は無い。総理大臣にあるのは「人事権」のみ、とまで揶揄されるレイド・サムの民主政治に置いては、自分の次女が戦死者第一号となった家庭の事情は、一切考慮するに値しない。ヒトシ総理大臣は、そう言う意味では理想的な政治家であったのかもしれない。


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