0038 未来と過去
王光貞は、宇宙服を着て、宇宙船から眼前に広がる宇宙空間を見つめる。作戦士官から始まって、遂には元帥まで登り詰めて、今はただの王光貞となった男は、じっと宇宙空間を見つめる。星が連なる無限の宇宙の中で、光貞は星になってしまった人々について想いを馳せる。
5年に渡る、北海途と沖那波の宇宙戦争は、惑星テラースを中心とする宇宙にて激しく戦われて、今は「停戦条約」によって「冷戦」と呼ばれる状態にて、睨み合いが続いている。光貞は、「北沖戦争」と呼ばれるその戦争が始まる前から、沖那波の軍人として禄を食んでいた。
軍人としては、どうしようもない男だった。規則は破る、仕事はサボる、オマケに酒好きときて、もしその頭脳と統率力が無ければ、とっくの昔に軍を追い出されていたに違いない。元々彼の志は考古学にあり、軍人は食うための手段に過ぎなかった。逆にそれが良かったのかも知れない。「お国の為」とか「出世の為」とか、お下劣な発想とは無縁の王光貞は、結局32歳で元帥になると言うホップ・ステップ・ワープとも言える出世を果たしていた。それは、名誉にも出世にも興味の無い人間だからこそ成功した事例であった。
王光貞は、宇宙服越しに、宇宙を感じる。別に宇宙に興味は無い。好きでも嫌いでも無い。でも、この空間にて戦って死んでいった仲間達を思うと、光貞の様な「不良」でも感傷に浸ってしまう。その中には、光貞が愛した女性も居る。自分を慕っていた部下達も居る。仲間も大勢居る。何の因果なのか、自分はまだ生きている。これも「運命」という奴であろうか。
「停戦」の命令を受けた時、光貞の胸の内にて、様々な感情がぐるぐると巡ったのを覚えている。今日は、調度その「停戦条約」が結ばれてから1年経った、「停戦記念日」と呼ばれる祝日とされている日、開拓暦151年6月24日である。
「たったの1年か。あれからまだ、たったの1年しか経っていないのか」
セルドア・マークベルク元大統領は、惑星・北海途の山に建てられたコテージにて、グラスに酒を注ぎながら、あの熱く・苦しく・燃え滾る5年間を思い返していた。
もう一度やれと言われても、二度とやろうとは思わなかったし、メンタル的にも無理であった。あの5年間の戦いにてセルドアが失ったものは、部下や仲間達だけではない。もっと身近で、もっと大切な部分が摩耗していたに違いなかった。
元々、セルドア・マークベルクが大統領として北海途の指導者として選ばれたのは、選挙の結果ではなくて、緊急措置的な意味合いが強い。そうでなければ、幾ら「軍神」と持て囃された優秀な軍人と雖も20歳で大統領になんて選ばれない。前任者は後任の為に何もしないままに殺された。あの「完璧な奇襲作戦」が無ければ、セルドア・マークベルクの今は無かっただろう。
今もまだ25歳。過去より未来を多く持つ年齢ながらも、「疲労」を理由に選挙の立候補を取り下げたのは、未だに正しい選択であったと思っていた。またやれと言われても、出来る筈が無い。
姉は今頃、何処で何をしているのだろうか。彼の姉、マリナ・マークベルクは、弟の親友と共に家庭を持っているのだろうか。ゼハーダンテ・カッシュ。セルドア・マークベルクの半身とも言える友は、「停戦条約」が締結されてから半年後に求婚されて、騎士から王子様へと精神のチャンネルを切り替えていた。
そして、セルドア・マークベルクは、この山のコテージにて若くして隠居生活を満喫していた。5年前、自分にとって、この世界と宇宙はもっと広く、もっと楽しい空間である筈だった。栄達するのだって、無論興味が無い訳では無かった。もし自分が大統領になったら、やってみたい政策は無かったわけじゃ無い。
「英雄」。そうだ、自分は「英雄」にはなれなかった。「英雄」なんて居ない。そんなものは、フィクションの存在だ。逆に言うと、「英雄」が居ないフィクションは、そこまで面白くない。客が感情移入し易いように、善と悪に登場人物を振り分けるのは、物語を作る上では避けて通れない行程である。
なかなか思い通りにはいかないものだ。人生も、戦争も、政治も。予想外のスタートから始まり、矢張り予想外のゴールを迎えた、5年間の戦いの記憶が、セルドア・マークベルクの脳裏にフラッシュバックとなって蘇る。
開拓暦144年12月11日。人類の版図は爆発的に広がっていた。宇宙統一機構・日本は、その機能を縦横無尽に振るい、外へ、さらに外へと生活圏を広げ続けていた。何時しか、日本は沖那波と北海途、2つの開拓圏の中継地点としての機能しか持たなくなっていた。
日本の統治機能が衰える中で、沖那波と北海途は次第に軍事的・経済的な衝突を其処彼処にて交えるようになり、この日の内に、沖那波宇宙軍は、北海途に対する「中枢への決定的な奇襲作戦」の立案を作戦班に要請していた。
この瞬間こそ、「北沖戦争」と後の世に伝わる戦争の始まりであった。




